第7話 キラ交換

ポケモンGOでフレンド同士でギフトを送るなど「仲良し度」を上げると、稀に「キラフレンド」になることがある。

キラフレンドになった状態で「ポケモン交換」を行うと、一度だけ「キラポケモン」になって、交換したポケモンは普段より強化しやすくなるのだ。

定例となった朝7時ハンのレイさんへのギフトの送付を行うと、レイさんと初めてキラフレンドになった。

キラフレンドになると実際にポケモンGOの画面の中でも、レイさんのアバターがキラキラと輝いて表示されている。

今晩レイさんにプロポーズ!と決意した朝。

これは幸先がよいかもしれない。

今日は土曜日だがレイさんは仕事で緊急のトラブルがあったということで、昨日の夜に召集がかかり休日出勤だ。

仕事のレイさんには申し訳ないが、僕としては日中作戦を練ることができて都合がよい。

幾度とメモを書き直して、今晩に向けて一人リハーサルを行った。


夜は前に僕がレイさんを誘った、木倉街の金澤町家の居酒屋を予約した。

いつもはカウンターだが、この日は小上がりにある小部屋を用意して貰う。

早めに入店した僕に対して、約束の時間より30分ほど遅れて到着したレイさんは珍しく機嫌が悪かった。

理不尽なトラブルに巻き込まれて、その対応に追われていたらしい。

レイさんは仕事の愚痴を人に言うタイプではないが、時折何やら考え事をしている。

寄りによってこんなタイミングで。。。


今日は僕が奢ることは事前にレイさんには言ってあって、少し奮発してお店に値段だけを伝え、お任せのコースを注文した。

刺身や焼き魚を中心に板さんの工夫を凝らした料理が運ばれてくる。

どれも美味しく舌鼓を打っていると、レイさんの機嫌も少しづつ戻ってきた。


九谷焼の器に入った茶碗蒸しが運ばれてきて、後はデザートです、と中居さんが個室の襖を閉めた。

そろそろ言わないと、せっかく個室を予約した意味がなくなる。

お猪口に残っていた宗玄をグイっと飲み干して、レイさんに話し始めた。


「先日見た町家のことなんですけど、、、」

「うん」

「思い切って譲って貰おうかと思っているんです」

「そうなの?」

レイさんは少し驚いた顔をした。


「ええ、かなり素敵な町屋でしたので」

「そうね。銭谷さんも喜ぶでしょうね」

手酌でもう一杯宗玄を継ぎ足し、一気に飲んだ。

「実は僕には夢があって、、、」

「自分が設計した町家に住んでみたいんでしょ?」

「えっ!?」

「そこで私と一緒に暮らしたいんでしょ?」

「な、なぜそれを、、、」

「珠洲の実家で酔っぱらって言ってた」

「そうでしたか、、、」


珠洲でお父さんたちとしこたま飲んで、やらかしたあの晩。

もしかしたら酔ってレイさんに対して何か失礼なことを言ってしまったのかと思い、怖くて結局何があったかを聞けなかったのだが、そういうことだったのか。。。

それなら三月家の別れ際に、お父さんやお母さんの「レイを宜しくお願いします」とちょっと改まった挨拶も納得できる。


「本当に覚えていなかったのね」

「すみません、、、」

「まぁそこがナオ君らしいけどね」


レイさんはようやくいつもの笑顔で言ってくれた。

「はい、じゃ話を続けて」

想定していたシナリオが脆くも崩れて、背中に幾筋も冷や汗が流れ落ちる。

「え、はい。よかったらレイさんも改修した町家で一緒に暮らしていただけないかと」

「つまり?」

「よかったら結婚していただけないかと、レイさんさえ宜しければ、、、」

なんとも締まりのないプロポーズになってしまった。


「いいわ」

「えっ、本当ですか!?」

「今後もよろしくね」

「よかった!こちらこそよろしくお願いします!」

お互いぺこりと頭を下げた。


「珠洲のあと、父さんや兄が電話でうるさくて。まだ結婚しないのかって」

「そうだったんですか、、、すみません」

「そんなときに町家を譲ってくれる話が舞い込むなんて、タイミングがよかったのかもね」

「実はもしかしたら設計事務所の所長がこうなることを見越して、僕に話を回してくれたのかもしれないのです」

「いい所長さんね」

「はい」

「まぁそこがあなたの人徳かもね」

「人徳ではないと思いますが、周りがほんといい人ばかりで」

「そっか」


レイさんと僕は茶碗蒸しが冷めないうちに食べ始めた。

お祝いね、とレイさんはもう一本徳利で宗玄を追加注文した。


「ところで銭谷さんの町家の入り口のお店だった部分、どう改修するつもりなの?」

「あれからいろいろ考えているんです」

僕は鞄の中からデザイン帳を取り出した。

数ページ捲ってレイさんにラフデザインの案を何枚か見せる。

「おっ、たくさん描いたのね」

「はい。カウンターを僕の設計作業を行うフリースペースにしても面白いし、カウンターの前の土間にクロスバイクを何台かおけるメンテナンススペースにしてはどうかと考えています」

「それいい!家の中でクロスバイクをメンテナンスできるって素敵」

「レイさんがゆくゆくはロードバイクにも乗ってみたいって前に言っていたので」

「ふむ。さすが建築士さん、よく覚えてらっしゃる」


そこからまた数ページをデザイン帳を捲る。

「で、土間の玄関から茶の間へ上がる境目には、小上がりのスペースを付けて段差を減らして」

またページを捲る。

「二階に続く階段は広く大きくして、その階段下には収納用の和風棚で設置して、、、」

と僕がここ数日家に帰ってから描き溜めていた案を、レイさんにプレゼンのように紹介した。


「うんうん、ずいぶんイメージ沸いてきた」

レイさんも楽しげだ。

「台所と水回りの位置はもう少しこうした方が使いやすいと思うんだけど」

「なるほど。そうですね。そうなるとこの書斎の位置をココにして」

中居さんの「この後予約はないのでゆっくりしていてくださ」との言葉に甘えて、デザートを食べ終わって、お皿を下げて貰った後もこれから始まる「未来の設計図」を二人でずっと語り合った。

二人の生活のラフスケッチが、どんどん綴られていく。

イラストの中の町家で暮らす、二人の笑い声が聞こえてきそうな楽しいアイディアが止めどなく溢れ出してくる。

これが実現できるか、そもそも本当に町家を譲っていただけるかはまだ分からない。

けど二人で夢想するこの瞬間が、永遠に続けばと心の底から思った。


お店を閉める時間になったとの案内でお会計を済ませ、店の皆さんにお礼を言って店を出た。

盛り上がって零時近くまで語り合ってしまった。

「レイさん本当にありがとうございます」

「こちらこそ。町家のレイアウト考えるの楽しかった」

「僕も楽しかったです。今日の話を受けてまた考えてみます」

「私もじっくり考えてみるわ」


香林坊のタクシー乗り場に向かい、タクシーに乗った。

「まだ指輪とか何も用意していないので、今度一緒に買いに行きましょう。僕はそのあたりは疎くて」

「私も詳しくないけどね。じゃあ、今日は記念にキラ交換しよう。朝キラフレになっていたし」

「いいですね」

お互いスマホを取り出し、ポケモンGOを起動した。


ポケモン交換のためフレンドの画面を開くと、お互いの姿が金色に輝いている。

「じゃ、レイさんが前から欲しがっていた『色違いライコウ』あげます」

「いいの?一体しかないって言ってたのに?」

「いいです。どれでもいいです」

「じゃあ私は、、、『色違いのミューツー』でいい?」

「えっ、いいんですか?レイさんも一体しか持ってないのに」

「いいの。また出会えるでしょう。今後もずっと一緒にいるんだし」


滅多に現れない人気の伝説のポケモンも、半年や一年のスパンを経て、再登場することが多い。

そのスパンで考えれば、今珍しいポケモンでも、いつの日にかゲットすることができるだろう。

「では、交換しますね」

「はーい」

お互いのスマホの中でポケモン達が一旦タマゴの中に入ってネットワーク越しに移動し、それぞれの画面に交換されたポケモンが光り輝いて表示される。

僕のスマホに表示された金色に煌めく「色違いのミューツー」も、僕たちを祝福してくれているように感じた。


タクシーはレイさんのアパートの前についた。

「じゃおやすみなさい」

「おやすみー」

「僕の両親にも話しますんで、今度僕の家にも来てください」

「そうね、忙しくなりそうね」

「はい、また連絡します」

「了解」

練り上げたプロポーズのシナリオは脆くも崩壊したけど、お互いの未来を楽しく語ることができたこの日を僕は一生忘れないだろう。


翌日銭谷さんには電話で連絡をし、町家を譲り受けたい旨を伝えた。

主人も喜びます、と夫人が電話口で快諾してくれて安堵した。

後日改めて直接お礼を言わせていただく旨をお伝えし、電話を終えた。


週末の土曜日の午後にレイさんが僕の家に来てくれて、二人で僕の両親に報告することになっている。

レイさんが僕の家に来るのは初めてだ。

そしてこんなに緊張するレイさんを見るのも初めてだった。


「レイさんでも緊張することがあるんですね」

「あのね、人をなんだと思っているのよ。当たり前でしょ」

「じゃ入りますよ」


家の玄関を開け、玄関で待っていた両親にレイさんを紹介した。

「三月 れいです。よろしくお願いします」

「わざわざどうもありがとう。さっ、上がってください」

「失礼します」

緊張した面持ちのレイさんと一緒に、母に促されて客間に上がった。


母がケーキと紅茶を運んできて、僕が改めて結婚の報告を行った。

事前に両親には話しており、両親も全く反対はせず喜んでくれているので問題はない。


レイさんの自己紹介や、こちらの家族の紹介が一通り終わった。

「まさかナオが恋愛結婚ができて、こんな綺麗でしっかりしたお嫁さんが貰えるとは夢にも思ってもみなかったわ」

ニコニコして母が言った。

「いえ、全然しっかりしてはいないのですが」

「しっかりしたお嬢さんよね、あなた」

普段から寡黙な父は頷いた。


「この子小さい頃だけモテたんだけど、大きくなってからはさっぱりで」

そんなこと今言わなくてもいいですお母さん。。。

「小さい頃は本当に可愛かったんだけどね。そうだ、あなたアルバム持ってきてよ」

黙って父がアルバムを持ってきた。今見なくてもいいのに。。。


「ほら、可愛いでしょ。これは金沢ヘルスセンターに行った時の写真かな。もう建物は無くなったけど」

母が開いたページには、口の周りソフトクリームを髭のようにべったりつけたまま、にっこり笑ってソフトクリームを食べている4歳ぐらいの僕が写っていた。

「あら可愛い」

レイさんも思わず笑った。

それから幾枚かアルバムを捲り、若かりし頃の父母と、僕と弟が写った昭和を感じさせる写真をみんなで眺めた。


十何年ぶりにこうやってアルバムを見返してみると、父も母もずいぶん年を取った。

写真の中で子供の僕や弟を抱える若い父の姿も、計算すると今の僕より年下だ。

そんな年までずっと実家でお世話になってしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

結婚したら大野の町家に住みたい旨も既に両親には伝えてある。

二人はそのことについても快く了承してくれていた。


話の流れで今度は僕たちが考えた町家のラフスケッチをみんなで見た。

「羨ましいわぁ。私たちの時代ではこんなに自由に設計することなんて選択肢になかったもんね」

母がしげしげとラフスケッチで書かれた間取り図を見ている。

「この家も使い勝手がいいけど、やっぱり年を取ると少しづつ使いづらくなってきたし」

母の言葉に、先日の銭谷さん夫妻の姿が被る。

あの町家に比べればこの家はずいぶん住みやすいだろうけど、それでもこれから年老いていく両親のことを考えると心配になる。


「僕の方が落ち着いたら、この家のバリアフリーも考えてみるよ」

僕が言うと母はよろしくね、と言ってくれた。

「レイさん、この子はちょっと頼りないけど、こんな風に優しい子には育ったと思うから、これからもよろしくお願いしますね」

母が頭を下げる。

「こちらこそ不束者ですがよろしくお願いします」

とレイさんも頭を下げた。


レイさんが顔を上げると、父が一冊銀行の通帳を僕に渡してくれた。

「お前が社会人になってから家に納めてくれたお金だ。お母さんが使わずに貯めておいてくれた。これを貸すので新しい生活の資金にしなさい」

「えっ、一応僕も貯金あるし」

「これから家以外にも何かとお金がかかる。受け取っておきなさい」

「ありがとう父さん」

「ナオ、今は夫婦対等にお互いを支えあう時代だ。お前もしっかりレイさんを支えるんだぞ」

「うん。今までありがとう」

「レイさん、ナオを宜しくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」


4人それぞれ頭を下げて、僕の家での結婚報告は終わった。

この後引き続き珠洲に行って、三月家の人に挨拶に向かう。

僕の両親から三月家へのお土産を受け取って、そのままレイさんの車で出発した。


「あー緊張したー!」

車を運転しつつも、緊張から解放されたレイさんは晴れ晴れした表情をしている。

「お疲れ様。終始母が僕をディスり続けたような気もしたけど、、、」

「そうかな。いい感じのご両親で安心したわ」

「お疲れさまでした」

「なんにせよ無事終わってよかった」

「これからは僕が緊張します。。。」

「けどナオ君はうちの家族と初対面じゃないし、前にずいぶん打ち解けていたじゃない?男たち同士で」

「なにか尖った言い方ではありますが、、、」

「今度は記憶なくさないでよね」

「ええ。。。飲みすぎないよう注意します」


今晩は珠洲の三月家に泊まらせていただくことになっている。

レイさんのお母さんからの情報によると、お父さんとお兄さんは楽しみに待っているとの事。

今度はお手柔らかに頼みたい。。。

まだお会いするのは二回目なので緊張する。

レイさんからの話だと、三月家の皆さんも結婚に関しては、反対どころか待ち侘びているとのことで、そこは安心だと思われる。

が、もしも急に反対されたら、などと否定的な想定も一瞬頭を過った。


カーステレオから、いつもの杉野さんの歌声が流れている。


 夏が終わったみたい

 すごく雨が降った

 夜が透き通ったみたい

 胸が苦しくなって


 僕ら始まったばかり

 ひどい嵐の中

 夜が透き通ったみたい

 胸が苦しくなって

 『夏が終わったみたい』 杉野清隆/メロウ


秋も近づき、夕暮れも早くなってきている。

本格的に暗くなる前に到着しようと、珠洲への道のりを急いだ。


「レイちゃん来たよ!」

レイさんの珠洲の実家の駐車場に停めた瞬間に、甥っ子のはるきくんと、ともきくんがやってきてレイさんにしがみ付いた。

「こらこら、荷物運べないじゃないの」

注意しつつもレイさんの顔は緩んでいる。

「ボクが運ぶ!」

「ボクが運ぶの!」

子供たちがレイさんの荷物を取り合った。


「ただいまー」

「いらっしゃい」

レイさんが玄関を開けると、お父さん、お母さん、お兄さん、お兄さんの奥さんの清美さんが出迎えてくれた。


「遅い、遅いぞ。待ちわびたわ」

お父さんがレイさんの荷物を受け取りながら言った。

「本当にせっかちなんだから。どうせお兄ちゃんと先に飲んで待っていたんでしょ」

「まぁまぁ、漁師の一日は早いんじゃ」

レイさんにお兄さんが応えた。

確か深夜3時から漁に出ると言っていたので、起きるのはその前と考えると9時ごろには寝ないといけない。


僕は案内された二階の部屋に行って荷物を置いた。海が見える部屋だ。

波が定期的にテトラポットに打ち付けられて、規則正しい波の音が聞こえる。

珠洲の内浦では朝日が海から登るので、夕陽は山側に沈む。

夜の深い藍色と、夕陽が雲に反射した赤色が混ざり合って、独特の色合いで空を染めていた。


茶の間に降りると、前回同様、というかそれ以上のご馳走が大きなテーブルに並んでいた。

お父さんとお兄さんは先ほどレイさんが言った通り、もう飲んでいる。

前回も豪華な食事だったが、今回は牡蠣やブリなどが盛大に盛り付けられていた。

さすが漁師のおうちだ。

「豪華ですね」

とレイさんに言うと、

「ここら辺の田舎の人は、お客を最大限におもてなしする『ヨバレ』という文化があるの。ただそれにしても豪華ね」

「なんたって、レイちゃんの結婚の報告だしね」

清美さんが追加の料理を運んできてくれつつ、答えてくれた。

「ありがとう。うわっ、タコのお刺身美味しそう!」

「今朝蛸島で獲れたてのやつ。美味しいわよ」

「蛸島?」

「うちからも見えるんだけど、この前ナオ君も行った珠洲図書館のまだ先にある小さな島で、タコつぼのような、タコの頭の様な形をしているの。そこで沢山タコが獲れてるのよ」

「へぇ面白いですね」

レイさんが教えてくれた。


「早くみんな座れ座れ!」

お父さんが号令をかけると、みんな席に座った。

「じゃグラスに注げ」

大人のグラスには、サッポロ黒ラベルのビール瓶からビールが、子供達のコップにはリンゴジュースが継がれた。

「じゃあナオとレイの結婚を祝して、かんぱいじゃ」

「待ってくださいお父さん、まだ川井さんは結婚の挨拶していないですよ」

レイさんのお母さんが止めてくれた。

「おおっそうやった。ナオ、挨拶じゃ。起立!」

「ちょっと、お父さん!」

とレイさんも止めてくれたが、一同の視線が僕に集中する。

えらい展開になってしまった。。。

グラスを持ったまま立った。

「えー、本日はレイさんと僕のためにお忙しい中集まっていただき、、、」

「かてーぞ、ナオ!」

既にちょっと赤ら顔のお兄さんが合いの手を入れる。

「かてーぞ、ナオ!!」

甥っ子のはるき君とともき君も、お父さんをまねて言った。

「こらっ」

と清美さんにお兄さんと一緒に子供たちもたしなめられた。

「川井さん、すみません。お気にせずにどうぞ」

清美さんに謝られて余計恐縮する。

「お、お父さん、お母さん、、、レイさん、娘さんと結婚します。結婚させてください」

と頭を下げる。

「おぅ、よろしくな!」

「よろしくお願いします」

お父さんとお母さんが応えると、みんなも拍手で祝福してくれた。


「挨拶も終わったことだし、みんなグラスを持ったか」

改まってお父さんがグラスを持った。

「ナオ、レイ結婚おめでとう!二人の前途を祝して、かんぱーい!」

「かんぱーい!!」

ひときわ子供たちが大きな声を上げて、みんなで乾杯した。

グラスを置いて、もう一度大きな拍手で祝ってくれた。


豪華な料理はどれも本当に美味しかった。

魚はお父さんたちが漁で獲ってくるし、野菜は近所で畑をされている方から頂けるとのこと。

お米も近所の農家の方から玄米のまま直接買って、食べる分だけ精米機で精米しているとのことでご飯も美味しい。

魚との物々交換で暮らしているんだ、とお兄さんが笑って言った。

山で採ってきたという山菜を煮た料理も抜群に美味しかった。


「結婚したら金沢に住むんだってな」

お父さんが僕にビールを注ぎつつ聞いてきた。

「ええ、金沢の大野町という海沿いの町で、町家を譲っていただけることになりまして」

「そっか、レイはこのまま珠洲には帰って来ないのか」

「私もナオ君も金沢で仕事もあるし、仕方ないじゃない。珠洲だと仕事ないしね」

「まぁな」

少し寂しそうにお父さんは言った。

「これからは、もう少し頻繁に帰ってくるわ」

「いいんだよ、二人で元気に暮らしてくれさえいれば」

「大野の家が完成して住めるようになったらいつでも遊びに来てください」

「おぅ、その時はよろしくな」


「ボク金沢に行ったらマクドナルド食べたい!」

「ボク牛丼!」

金沢から車で2時間以上離れた奥能登には外食チェーンはなく、食べるためには車で1時間以上走らなければならない。

子供たちはいつもテレビのコマーシャルで見ているお店に行きたがっているとのことだった。

セットについてくるおまけに憧れているらしい。

金沢は都会ではないが、郊外の大通り沿いには地方都市によくあるお店はそこそこ充実している。

確かに便利だが、物々交換で暮らせるココ珠洲での暮らしの方がよっぽど豊かな気がする。

目の前に並べられた豪華な料理を見るとそう感じずにはいられなかった。


宴も進み、お父さんとお兄さんは宗玄に切り替えた。

僕も少しだけおすそ分けいただく。

「ナオ君、今日は記憶が無くなるまで飲まないでね!」

レイさんに睨まれると、

「早くも尻にひかれてるんじゃないぞ。ナオ、何事も最初が肝心だ!」

とお兄さんは立派に言ったが、

「あなたも明日早いのであんまり飲まないでくださいね」

にっこりと清美さんに言われ、お兄さんはうんうんと小さく頷いていた。


「それにしてもこの前、自分で設計した町家でレイと暮らしたい、と言っていたのを早くも実現するとは、おめーもなかなか実行力がある男だな」

お父さんはライムを絞り、宗玄を割りながら僕に言った

「いえいえ。結構偶然というか、成り行きというか、周りの人に助けられてというか」

「まっ、そこがナオの運というか、人徳なのかもな」

お父さんがレイさんと同じようなことを言った。

「なんにせよ、レイを宜しく頼むわ。ちょっと気の強いところがあるが、おめーなら喧嘩もせずに楽しくやってけるだろう」

「誰が気が強いですって?」

お母さんと台所で洗い物をしていたレイさんが茶の間に戻ってきた。

「なっ?つえーだろ」

お父さんが苦笑いすると、もう一度「よろしくな」と言った。

「こちらこそよろしくお願いします」

と僕は挨拶した。

お父さんが茶の間にかけられた時計に目を向けるともう9時だった。

料理の後片付けも終わり、男性陣も乾き物をつまみに宗玄を呑んでいる。

風呂から上がった子供たちは、パジャマに着替え眠そうに歯を磨いている。


「よし、お開きにするぞ。みんな集まれ!」

お父さんが集合をかけると、子供たちは歯磨きを終え、お母さんや清美さんも台所から戻ってきた。

「では改めて、レイとナオの結婚と、そしてみんなの健康と明日の大漁を願って一本締めだ」

三月家ではよく一本締めをするのか、眠そうな子供たちも自然に手を開いた。

「よーお!」

パン!!、と気持ちのよい一本締めで宴会は終わった。


そこからお風呂に入らせていただき、綺麗になった体でほろ酔いのまま床に就いた。

よく干された、日なたの匂いがするふっくらとした布団の中で今日あったことを思い出した。

寡黙な自分の父と、正反対の性格のレイさんのお父さん。

会うのは二回目なのに息子のように気さくに扱ってくれて、早くも三月家の一員になれたようで嬉しかった。

直ぐ近くから聞こえる、繰り返される波の音を聞いているうちにいつの間にか眠りについていた。


翌朝は遠くで聞こえる漁船のエンジン音で目が覚めた。

昨日は10時過ぎにはもう寝ていたので、ぐっすり寝たのにまだ5時前だ。

イカ釣り漁船の明かりだろうか、薄暗い海の上で幾つかの光が見える。

ぼんやりその光景を見ていると、次第に空が明るくなってきた。

右手には軍艦島と呼ばれる見附島のシルエットが見え、左手の方をよく見ると、珠洲の町の先にお椀型の小島が見える。

あれが昨日レイさんが言っていた「蛸島」なのだろうか。

その蛸島の背後から真っ赤な太陽が昇ってきて、見る見るうちに空を赤く染めあげた。

海に反射した太陽が、真っ赤な一筋の道のように波面を照らしている。

雲一つない空を背景に、刻一刻と太陽はその姿を変えながら、次第に赤色から黄金色へと色合いを変化させた。

太陽を反射し黄金に輝く海の上で、漁船のシルエットが影絵のように浮かび上がる。

その美しい自然と人間が織りなす風景を、飽きることなく見続けていた。


おはようございます、と朝ごはんの支度をしてくれているお母さんと、清美さんに挨拶をした。

前に泊まった七月の時は朝から既に暑かったが、九月となった今では朝晩は金沢より随分気温が低く、気持ちの良い朝だ。

しばらくすると賑やかにはるき君ともき君とレイさんが外から戻ってきた。

「神社でポケモン捕まえてきたよ!」

と興奮気味に清美さんに子供たちが報告している。

清美さんのスマホを使って、子供たちも時折ポケモンGOをプレイしているとのことだった。

「レイちゃんレベル40になったんで、ポケストップも申請してくれた!」

「よかったわね。お母さんよくわからないけど」

清美さんが子供たちに答えた。


先日からポケモンGOの世界で使われる「ポケストップ」が、レベル40のユーザー限定で自分で登録できるようになったのだ。

僕のレベルはまだ38なので、レベルのマックスである40になるにはまだ数か月かかりそう。

レイさんは一足早くレベル40になっていた。

アイテムが取得できるポケストップが近くにないと、ポケモンGOは非常に遊びづらい。

僕は普段金沢駅でポケストップを回し、ボールやキズ薬などを集めているが、ポケストップが少ない地域だとそういった地道な作業が大変だ。

ポケストップの申請は、別途審査があるので本当にポケストップになるかまでは時間がかかるが、今後はどんどん田舎でも遊びやすくなっていくことだろう。


朝ごはんを食べしばらくすると、お父さんとお兄さんも漁から帰ってきた。

今回もお土産に沢山魚を貰って、三月家を出発した。

珠洲総合病院に寄って、おばあさんに結婚の挨拶をする。

肺炎から色んな症状が併発し、レイさんのおばあさんの入院は長引いている。

おばあさんは弱ってきており、前回お見舞いしたような奇跡的なことは起きず、今回のお見舞いの間ずっとお休みになられていた。

それでもレイさんはおばあさんの手を握り、しっかりと結婚の報告をしていた。


帰りの車の中で町家の設計や、結婚式をどうするかを話し合った。

「僕はあまり結婚式にイメージがなくて、レイさんにお任せします」

「そう?実は私もあまり盛大に結婚式を挙げたいとは思っていないの。内輪で簡単でいいんじゃないかな」

「それでいいんですか?」

「うん、ドレスとか着て記念に写真は撮ってもいいかな、って思うけど、式場を借りてまではしなくていいわ」

「そうですか、、、まぁ僕も町家の改修にもお金をかけたいと言うのもありますが」

「そうね。どうせなら私もそっちにお金をかけたいわ。ちゃんと残る物で、未来に必要なものにお金をかけたい」


そういえば前に所長が「価値観が会うのが一番大事」と僕に言ってくれたことがあったけど、こういったことも含めてレイさんとは人生の価値観が似通っている気がする。

「同感です。ただ全くしないというわけにも行きませんし」

「うん、私も仲のいい同僚や幼馴染や友達にはちゃんと挨拶したい。そんなに人数は多くないけど、別々に挨拶するのは大変だし」

「なにかこじんまりとできるといいですね」

「うん、それも金沢らしい場所でおもてなしもできたらいいけど」

「そうですね、、、なら前に二人で行った『観音坂の古民家カフェ』はどうですか?金沢を一望できますし」

「いいわね」

「あそこのマスターなら、お願いすれば貸し切りにして貰えると思います」

「場所的には最高かもね」

「僕も設計に少しは関わっていますし」

「そっか。けどそういった面で言えば、もっとナオ君がしっかり設計に関わった場所の方がよくない?」

「木倉街のお店もいいですね。ただ大部屋がないので、、、」

「いっそのこと、大野の町家で結婚式もしてしまうのってどう?」

「えっ!?」


そう言われてみれば、今から自分でほとんどを設計する予定の大野の町家は、僕たちの新しいお披露目にこれ以上相応しい場所はない。

ただラフデザインは進めているが、まだ本格的な施工のスケジュールは考えていなかった。

「なるほど、ただ完成がいつになるかまではまだ全然考えていなかったので。。。」

「籍だけ入れて、結婚式は後でもいいんじゃない?」

町家ができるまでは今のレイさんのアパートで暮らそうと話していて、町家はまだ先でもよいかと呑気に考えていたが、よく考えればそうもいかない。

「そうですね。ただ頑張ってできるだけ早く完成できるよう考えてみます」


その後も町家と結婚式の話をしていたら、車はあっという間に金沢に到着した。

通常の結婚式の準備はほとんど不要になりそうだが、それ以上に町家の設計作業を本格化する必要に迫られてきた。

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