第5話 フレンドレベル:大親友

「ごめん、明日のコミュニティディ行けなくなった。また今度。」

金曜日の夕方、仕事中にレイさんからLINEのメッセージが届いた。

内心がっかりしつつ「了解です。お仕事ですか?」と短く返信した。


帰宅し8時ごろ再びLINEの通知が届いた。

「珠洲に帰ることになったの。日帰りで」

「何かあったんですか?」

ビールを飲みつつ直ぐに返信をする。

「実は祖母が入院したんだ」

「えっ、それは大変ですね」

「そんなに深刻な状況ではないらしいんだけど、年が年だしね」

「わかりました。お気をつけて」

「ありがとう」

と、ほぼリアルタイムなスピードでLINEのやり取りは終わった。


今までレイさんからおばあさんの話は聞いたことがなかった。

想像するに80歳から90歳ぐらいの年齢か。

僕の祖父母はもうみんな他界してしまったが、心配だろうな。

ちょっと考えてからLINEを打ってみた。

「よかったら僕も一緒に珠洲まで同行させていただけませんか。

勿論お見舞い中やご実家に寄っている間は、ポケモンGOでもして時間を潰していますので」


しばらくしてレイさんから返信が届いた。

「珠洲まで車で2時間ちょっとかかるよ。それに珠洲でコミュニティデイって、金沢と違って全然ポケモンでないよ」

「大丈夫です。一度奥能登行ってみたかったし」

「うーん、じゃ一緒に行く?運転中私も暇だし。

コミュニティデイは期待できないかもしれないけど、病院の前には新しくできた珠洲図書館があるし、あなたなら本さえあれば満足しそうだし」

「はい、お願いします」


僕は新しい街に行くと、仕事柄の町家や珍しい建物を見学したりもするが、大きな本屋や図書館に行くことも多い。

初めてみる本屋や図書館の品ぞろえを見るだけで時間を忘れる。

今回は観光ではないけれど、その点を少し楽しみとして早めに床に就いた。


土曜日朝ポケモンGOを立ち上げると、レイさんとのフレンドレベルが「大親友」になっていた。

毎日欠かさず仲良し度を上げていたので、レイさんとフレンドになった日から90日目。

ポケモンGOの世界ではもうこれ以上フレンドレベルは上がらない上限だ。

ゲームの中で大親友になったボーナスを沢山受け取り、身支度をして僕の家近くのレイさんと出会った公園に出向く。

レイさんは赤い車で、公園まで迎えに来てくれた。

車は金沢の山側環状線から北に向かう。

途中から8号線に合流し、その後能登半島に通じる無料の自動車専用道路「のと里山海道」に乗る。

あとは能登半島の先端を目指してひたすら北上していく。


のと里山海道は能登空港の終点まで信号がなく、ほぼノンストップで奥能登まで行くことができる。

途中道路の拡張工事が何か所かで行われていた。

のと里山海道は最初は片側二車線の広い道が続くが、途中の中能登の山道に入ると一車線区間となる。

一車線区間では対向車が車線をはみ出してしまって起きた痛ましい事故が何回もあった。

そのため県をあげて二車線化を進めている最中だ。

「少しだけ山道で混みましたね」

渋滞というほどではないが一車線の山道に入ると制限速度より10キロほど遅い速度での運転となった。

「これでも道が整備されて、私が小さいころに比べたら30分ほど珠洲に早く着けるようになったのよ」

とレイさんが教えてくれた。

道すがら、珠洲では過疎化が進み空き家が増える状況など、自然が多いというだけの単純ではない話をレイさんから聞いた。


車内ではレイさんと行ったライブで唄っていた、杉野清隆さんのCDが流れる。

レイさんは僕が買ったCD以外も持っていて、それらを交代でかけながら車は進む。


 車走らせて 走らせて 走らせて

 君と海まで

 暑い太陽が 太陽が 太陽が

 ジラリジラリと


 ボンネットから蜃気楼が 溢れ出したら

 君の満月の様なほっぺが 赤くなった

 それならいいよ 真夏が来たってこと

 当たり前のように カーステレオが鳴る

 『風のヒコーキ』 杉野清隆/メロウ


しばらくカーステレオから流れる音楽に耳を傾けていた。

「やっぱり歌詞がいいですね、どの曲も」

「うん、歌詞カード思わず繰り返し読んじゃう。

そういえばこの前貸してくれた下町ロケットの『ゴースト』と『ヤタガラス』も面白かった」

「でしょ?」

「特に社長が女性設計士を紹介するシーンは最高!鳥肌立った」

「本当に。前編のロケットビジネスと、後編の農業の話を結び付けるあたりとかも綿密に考えられていて」

「うんうん、単なる勧善懲悪の人情話というだけではない緻密さが面白かった」

「登場人物の個性もそれぞれ際立っていて」

話は途切れず、あっという間に珠洲の市内に到着した。


金沢から珠洲まである一時期だけ直通の電車が走っていた。

2005年に廃線となっており、今は穴水という奥能登の入り口の町が電車の終着駅だ。

昔珠洲駅だった場所は「すずなり」という道の駅となっている。

観光案内やお土産の販売、バスの停留所となっているとのこと。

すずなりには昔の駅の名残で、小さなプラットフォームと駅名標(えきめいひょう)が見えた。

すずなりを左に曲がると、右手に大きな病院、左手に珠洲の新しい図書館が田んぼの真ん中に現れた。

レイさんは病院の駐車場に車を停める。

冷房の効いた車を降りると、むあっと暑い空気に包まれた。

それでも金沢の蒸し暑さとは若干気配が異なる。

珠洲は近くの海から吹く風の影響か、体感温度も低くまだ過ごしやすい。


「じゃ悪いけど、病院と実家に行ってくる。3時間くらい経ったら迎えにくるんで、用事が終わったらLINEするわ」

「了解です。僕のことは気にせず、ゆっくりとしていてください。金沢行きの高速バスもありますし」

「そこまで遅くならないと思うけどね」

車のドアを閉め、お互い反対方向に歩を進める。

「あと、ポケモンのコミュニティデイしたくなったら、ここから山に向かったところの湖のほとりに大きな公園があるわ。

もしくは街中に戻ってラポルト珠洲という会館があって、横の公園に比較的ポケモンがでるんで行ってみたらいいよ。歩くには少し遠いけど」

「わかりました。では後ほど」

と言って別れ、僕は珠洲図書館に向かった。


新しい図書館は立派な建物だった。

本の貸し出しは、複数冊本を重ねたままでもセンサーに置くと一度に全冊貸し出しできる。

足元では自動掃除機が真新しい床を掃除をしていた。

金沢の図書館より断然進んでいる。

田んぼの見える座敷に座って本を読んだり、新しい図書館の本棚を眺めていると、コミュニティデイの時間が迫ってきた。

今回のコミュニティデイはスルーしようと思っていたが、滅多に取れない色違いのポケモンをやっぱりゲットしておきたくなるのがポケモントレーナー。

スマホで先ほど教えてもらったラポルト珠洲の位置を調べると、ここから徒歩で30分ぐらいだった。

観光がてら歩いて進む。


海と山がすぐ近くに両方見える。

漁業で栄えていた昔の港町の趣と、レイさんが言っていた通り、閉店したお店が多い寂しさもある。

ただ思っていたより、ポケモンGOのジムやポケストップは点在していて、時折足を止めて湧き出したポケモン達を捕まえる。

初めての街をポケモンGO片手に散策するのは楽しい。

ラポルト珠洲の横の公園は確かにポケストップが密集していた。と言っても3個ほどだが珠洲では多い方なんだろう。

地元の中学生ぐらいの男の子がヘルメットを被って、自転車の脇で懸命にポケモンを集めていた。

全国津々浦々ポケモンGOがいきわたっているなぁ、と思いながら僕もポケモン達をゲットした。

大方のポケモンを取り終えてから、近くの珠洲市役所の前を通り、春日神社という歴史を感じさせる大きな神社でもポケモンをゲット。

ついでに、と言ったら神様に失礼だが、賽銭箱にお賽銭を払い手を合わせる。

自分や家族や仲間の健康、そしてレイさんのおばあちゃんの健康を祈った。


春日神社を出ると市役所の前の「飯田わくわく広場」というところで足湯に浸かる。

日差しはそこまで強くはなかったが、汗をかきつつ沢山歩いた身には、足湯の熱さが心地よい。

足湯に浸かりながらもポケモンをゲットしていると、コミュニティデイの時間が終了した。

終了と同時に一斉に沸いていたポケモンが消え、いつもの見慣れたポケモン達に切り替わった。

ふー、と一息つく。

コミュニティディで色違いのポケモンも4体取れたし、レイさんにもフレンドのポケモン交換機能を使ってプレゼントできるだろう。

その時LINEの通話の着信音が鳴った。レイさんだ。


「はい」

「遅くなってごめん!」

時計を見ると病院の駐車場で分かれてから、4時間近く経っていた。

「いえいえ、結局ポケモンしてました。色違いも取れました」

「今どこ?」

「えーと飯田わくわく広場というとこで、足湯に浸かっています」

「じゃそこに迎えに行くので待ってて」

「お願いします」

ハンカチで足を拭き終わるころ、すぐにレイさんの車が到着した。


「速いですね」

「実家は直ぐ近くなの」

レイさんは浮かない顔をしている。

「おばあさん具合悪かったんですか?」

「ううん、思ったより元気で安心した。けど困ったことになって。父と兄が、友達と来ているなら一度紹介しろって聞かなくて。申し訳ないけど簡単に挨拶だけして貰える?」

珍しく困った顔をしたレイさんにお願いされた。

「い、いいですよ。もちろん」

「ごめんね。玄関で軽く挨拶したらすぐ帰るから」

これは弱ったぞ。。。

なんて挨拶しようか。

恋人ならお付き合いさせてもらってます、と真面目に挨拶できるが、ポケモンGOの友達です、なんていい大人が答えるのも間抜けだし。。。


弱ったが、車は空いた海沿いの道をスイスイ進み、5分ほどで大きな家の前に停まった。

外門から、風よけだろうか大きな松が4本は見えた。

レイさんが駐車場にバックで車を停める。

「立派な家ですね」

「古いけどね」

門を開けると、手前に離れだろうか比較的新しい建物が見え、奥には古い母屋の玄関が見えた。

玄関の横には「三月」と達筆で書かれた表札がかかっている。


「お父ちゃん、レイちゃん戻ってきたよ!」

家の中に声をかけて、小学生になったばかりぐらいの男の子とそれより小さい男の子が勢いよく駆け寄ってきた。

「レイちゃん!」「レイちゃん!」

とレイさんに二人がまとわりついた。

大人気だ。


玄関を開けると、奥から人が出てくる気配があった。

漁師らしく日焼けした、細身だががっしりとした男性が現れた。

僕は緊張に包まれる。

「おおっ、よー来た。まっ上がれ上がれ!」

「ちょっとお父さん、玄関で挨拶するだけって」

「何言っとるんや。さぁどうぞどうぞ」

と、有無を言わせぬ勢いで奥へ導く。

レイさんは子供にまとわりつかれたまま、手でお父さんを止めようとしたが、お父さんはずんずん廊下を進んだ。

奥の海辺の部屋に案内された。

開け離れた大きな窓からは海が見える。

家の裏庭から小さな防波堤を挟んですぐ海、と言える近さだ。

テトラポットの間から見える波は穏やかだ。

右手には船小屋が見える。

時折海の気配を含んだ風が、家の中に舞い込む。


「よー、きてくれた」

大きなテーブルの海側の席には、お父さんを若くしたような男性が座っていてにっこり笑って僕に声をかけてくれた。

「兄の隆太です。よろしく」

「か、川井 直です。よろしくお願いします」

自分の名前をかんでしまったのは始めてだ。

「ほら、お前らも挨拶せぇ」

レイさんに貼りついたまま、子供たちは僕に向かって自己紹介をした。

「はるきです!小学一年生です!」

「ともきです!!年長です!!」

真っ黒に日焼けした兄弟が元気よく挨拶してきた。

「よろしくお願いします」

こんな時子供に対して気の利いたことを言えればいいが、緊張も相まって大人に対するような返ししかできないのが情けない。


「父と、、、母です」

レイさんがドカッと座ったお父さんと、奥から刺身皿を持ってきたお母さんを紹介した。

「よろしくお願いします」

これまた気の利いたことも言えず、同じことを繰り返した。

「こちらこそ。よーきてくださったね」

お母さんがお皿をテーブルに置きながら、にっこりと会釈してくれた。


大きく重厚なテーブルには、ナスの煮物や煮魚が並んでいた。

そして日本酒の「宗玄」の一升瓶と、飲みかけのコップも二つ並んでいる。

お父さんとお兄さんはもう飲んでいるようだ。

「今夜は泊まっていけ」

「何言っているのよ!?お父さん!」

「川井さんは明日用事があるんか」

「いえ、ないです」

レイさんが肘で僕の脇腹を結構な勢いで小突いた。


「なら、泊まっていけ。部屋だけは沢山あるんでな。魚も用意した」

レイさんのお母さんが置いてくれた刺身皿に、綺麗に盛られた刺身が輝いている。

進められて座った僕の手にすぐさまコップが持たされ、お父さんがなみなみと宗玄を注いでくれた。

「川井さんは飲めるんだろ?」

コップが満たされたあと、若干順番は逆な気がするが、お父さんが聞いてきた。

「ええ、少しは」

「ちょっと待って。川井さんはビール党で、日本酒はそんなに強くないの」

「そうなのか、悪いが今ビール切らしていての。嫁さんが買い物に行っとるさけ、帰りに買ってこさせるわ」

「いえいえ日本酒でも大丈夫です。宗玄も先日飲ませて貰って飲みやすいお酒で大好きです」

気を使ってくれたお兄さんがスマホを取り出し、手早くLINEのメッセージを送信した。

「本当に今日は帰るんだから、あんまり飲ませないでよお父さん、お兄ちゃん」

「まぁまぁ、せっかく遠いところからお越しくださったんだがら、今日は泊まっていきなさいよ」

お母さんが、レイさんに声をかけた。

レイさんと雰囲気が似ている。


「孫たちも喜ぶし、ひいばあちゃんもお前が明日もお見舞いに来てくれると嬉しいやろ」

「そりゃあ私もうれしいけど、、、」

「じゃ泊まっていきなさい」

「ナオ君、いい?」

申し訳なさそうにレイさんが聞いてきた。

僕は頷いた。

本当に明日も用事がなかったし、この状況下で断るメンタルもない。

「じゃ決まりだな。ゆっくりしてけ」

「はい。突然お邪魔して申し訳ございませんが、よろしくお願いします。

「そう畏まらずに。足も崩せ」

お言葉に甘えて、正座を解いた。


レイさんのコップにも日本酒が、お母さんと子供たちにはコップにジュースが注がれるとみんながグラスを手に持った。

「川井さんの来訪と、ばあさんの病気の回復を祈って乾杯や、乾杯!」

「かんぱーい!!」

レイさんのお父さんの挨拶に、子供たちがひときわ大きな声で答えた。

緊張で喉が渇いていたので、思わずコップ半分近くの日本酒を一気に飲んでしまった。

しまった。水じゃなかった。。。

「おっ、いい飲みっぷりじゃないか。どうぞ」

とお兄さんが日本酒を注いでくる。

「ちょっとお兄ちゃん、少しでいいわよ。ナオ君、この人たち『ザル』なんで同じペースで飲まないでね」

「レイ、俺にも酌してくれ」

コップを開けたお父さんが、レイさんにコップを差し出す。

渋々レイさんは宗玄の一升瓶を持った。

「もう。本当にこの人たちは飲む理由が欲しいだけなんだから。人を酒の肴にしないで欲しいわ。」

ぶつぶつ言いながらも、お父さんのコップにお酒を注いだ。

そしてやけ気味に自分のコップにも手酌し、素早く飲み干した。


「はい、川井さんどうぞ」

台所からお母さんが今度は鱚(キス)の天ぷらを持ってきてくれた。

「ありがとうございます」

やっぱりレイさんにそっくりだ。


「ほねせんべい食べていい!?」

子供たちが鱚の天ぷらの横に添えられている、よく揚げられた魚の骨に手を伸ばした。

「いいが、先ずはお客さんが先だろ」

お兄さんが言うと、はるき君が僕にはいっ、と骨せんべいを手渡してくれた。

「よく噛むとなかなかいいつまみになるんだ。食べてみな」

カラッと揚げた骨を一口噛むと、骨の髄から出ているのか海の味が口内に広がった。

「美味しいです」

「だろ?獲れたてやからや。身の方も食べてみ。刺身も食べ」

揚げたキスの身の方はふんわりとしていて美味しい。

刺身も新鮮で抜群に上手い。

これは確かにお酒が進んでしまう。


「レイちゃん遊ぼ!」

途中レイさんは子供たちに連れてかれ、隣の部屋からキャーキャー楽しそうな子供の声が響いてきた。

その間僕は自分の設計の仕事の内容を話したり、レイさんのお父さんたちから漁師の仕事や、珠洲の現在の状況のお話を色々聞かせて貰った。

お父さんの珠洲弁が聞き取れないことも多々あったが、笑いながら楽しい時間が進んだ。

レイさんのお父さんもお兄さんも本当にお酒に強いようでガンガン飲んでいて、僕のコップが空いた瞬間に宗玄をなみなみ注いでくる。

だんだん景色が朧気になってきた気がする。。。



海からの風にのって、男達3人の笑い声が絶えまなく聞こえてくる。

甥っ子たちと遊びながらも聞き耳を立ててみると、お父さんとお兄ちゃんが漁の話を大げさに、話術巧みに話しているようだ。

そのうち子供たちは、テレビのポケモンの時間だ!と現金にも私のもとをさっと離れ、茶の間にあるテレビにくぎ付けになった。

ようやく甥っ子から解放され、盛り上がっている海辺の部屋に戻れた。


「ちょっとちょっと!?何飲んでいるのよ!?」

テーブルのグラスには、宗玄のロックがライム割りで並んでいた。

口当たりがよくて飲みやすく、ぐいぐいお酒が進んでしまうのだ。

私も何回か失敗している。。。

「このお酒、お、美味しいです!ご、ごちそうにもなっていますです!」

やばい、ナオ君の眼が座っている。顔まっか。呂律も回っていない。

「はいはい。もうナオ君はもうおしまい。お父さんたちもそろそろお開きにしてよ。明るいうちから飲みすぎよ」

ナオ君からグラスを取り上げようとすると、「自分は大丈夫であります」とグラスをサッと掲げた。

なにナオ君!?いつの時代の人だお前は!

「大丈夫じゃないでしょ。もう!言っているそばから注がないでよ、おにいちゃん!」

私のスキを見て、さらに酒を注ごうとする兄をにらみつけた。


「まぁたまにはいいじゃねぇか」

お父さんが言った。

「俺は気に入ったぜ」

「僕もお父さんが大好きです!」

何故か握手し合う二人。

本当にこの酔っ払いたちは、、、困った。困ったぞ。。。


「俺はな、まだ俺が元気なうちに新しい漁船を買って、孫たちにも立派な漁師になって貰おうとしているんだ」

「なに勝手に、はるき達を漁師にしようとしているのよ!」

お父さんの戯言に、兄は横でピーナツを食べながら満更でもない様子で頷いている。

「ナオ!お前にはユメはあるのか!」

「突然何を言ってるの!?」

お父さんは既に呼び捨てになっている。

ナオ君は私の声には反応せず、威勢よく「あります!」と答えた。

続けて「自分で改修した町家に住みたいと思っているのであります!」と力強く言った。

初めて聞いた。そんなことを考えていたのか。


「それからその町家でどうしたいんだ?」

横から兄が声をかけた。

「はい、できればいつの日かはレイさんと楽しく暮らしてみたいです!!」

、、、

突然何を言っているんだ、コイツは!!

「もう、本当にやめてよ!何言ってるの。ナオ君、もう寝なさい」

「もちろんレイさんがよかったらでありますが!」


「おい、レイお前はどう思っているんだ」

急に父が冷静な目で私を見つめ、静かに言った。

兄も私を見つめている。


「私は、、、前向きに考えてみるわ、、」

考える暇もなく言葉が出た。

「おーよかったな!ナオ」「おめでとう!ナオ!」

「ありがとうございます!!」

3人の男たちは抱き合って涙を流さんばかりに喜びあっている。

何なのよ!この展開は!!本当にもう!。

アホみたいに喜び合う男3人にあっけに取られていると、ふと後ろに気配を感じた。

いつの間にか座っていた母が、「よかったね、レイ」と嬉しそうに私に言った。

「よくないわよ!何なのこれは。このシチュエーションは、、、本当にもうこいつ等は、、、」


まっ、いっか。



時計の秒針が正確に時を刻む音が小さく聞こえる。

喉が渇く。頭が痛い。。。ここはどこだ、っけ?

割れるように痛む頭で周りを見た。

豆電球が着いた部屋の布団の上だ。

頭を横に傾けただけで、ガンガン頭が痛み気持ちが悪くて吐きそうになる。

枕元にはコップの水と洗面器が置かれていた。

そっか、レイさんのおうちに上がって、お父さんたちとお酒を飲んだんだ。

途中から覚えていない。いや、ほとんど最初の方から覚えていないかも。。。

何かあったっけ。。。楽しかった気もするが、今は最悪だ。

この大き目のパジャマはお兄さんのだろうか。。。

水を一口飲むと、気を失うように再び眠りについた。


「そろそろ起きたら」

乱暴にカーテンを開けながらレイさんが言った。

「おふぁようございます。。。」

「ゆうべはずいぶん楽しそうでしたね」

怒っている。。。やばいレイさん怒っている。

「あのぉ、、、昨日僕何かしでかしました。。。?」

「知らない。。。」

目も合わしてくれない。間違いなく怒っている。。。

「あの、その、、、」

「後で教えてあげるわ!」

怖い声色でふすまがビシッと閉められた。

ひえー!


おぼつか無い頭で何とか着替えて、ふら付きながらも茶の間に行くと、もうみんなは朝ごはんを終えているらしく、僕の分だけの朝ごはんが残っていた。

聞くとお父さんとお兄さんはいつも通り3時に起きて通り漁に出て、今は漁協に行っているそうだ。

覚えている限り二人とも僕の倍以上飲んでいたはずなのにタフだ。。。

食欲は全くなかったが、用意していただいたおつゆに口を付けた。

「ん?美味しいです」

「よかった朝獲れたクロダイのお澄ましよ。市場に出せない小さいのだけどね」

昨日は挨拶できなかった、お兄さんの奥さんの清美さんが言った。

弟のともき君とそっくりな気さくな人だ。

食欲がなくてとても食べられないと思っていたが、クロダイのお澄ましは完食できた。

汁だけではなく、クロダイの身も美味しい。

少しだけご飯も食べることができた。


今朝のレイさんの態度とは反対に、三月家の皆さんは僕にフレンドリーに接してくれた。

しばらくするとお父さんとお兄さんも漁協から帰ってきた。

レイさんは怒ったままだ。

「そろそろ帰る」

「なんだ、もう少しゆっくりしたらどうだ。ナオ君もまだしんどそうだぞ」

「もう帰る!」

「おーこわ」

おどけてお兄さんが肩をすくめた。

発泡スチロールのクーラーボックスには、新鮮な魚を詰め込むだけ詰め込んでお土産として貰った。


「また来いよ」

「レイちゃんすぐきてね!」

お兄さんやその息子たちが元気に言った。

「ナオ君、レイを宜しくな」「よろしくね」

お父さんとお母さんが改まった感じで僕に挨拶してくれた。

「色々お世話になりました。こちらこそよろしくお願いします」

僕は深々と頭を下げた。


三月家の人たちに見送られて、レイさんは車を出した。

甥っ子たちがいつまでも車に向かって手を振っている。

「かわいい子たちでしたね」

「うん」

そこだけは別れが寂しそうに、レイさんが素直に頷いた。

車は昨日来た道を戻り病院に向かった。

病院の道すがら、レイさんが「もう一度お見舞いしてから帰るけど、ナオ君もおばあちゃんに挨拶してく?」と聞いてきた。

「いいんですか?ご挨拶させていただいて」

「うん。けど実はおばあちゃん一年ほど前からぼけしまって、今は私のことも家族のこともよくわからない状態なの」

「、、、そうですか。けど挨拶だけはさせてください」

「肺炎のほうは比較的軽い症状だとはお医者さんはいうけど、もう92歳だしいつ何時悪くなっても不思議ではないといわれているの。手短にお見舞いしてから金沢に帰るわ」

「はい」


そうこう話しているうちに珠洲総合病院についた。

向かいの新しい図書館に比べると、病院は少し古びた感じがする。

レイさんに案内されるまま、3階の病室につく。

4人部屋だが、今は他にお見舞い客もおらず静寂に包まれていた。

窓際のベッドの横の椅子に腰かける。


「おばあちゃん、レイだよ。また来たよ」

レイさんがおばあさんの耳元で囁いた。

おばあさんはうつろな目をレイさんに向ける。

「こちら、川井さん。川井ナオさん」

そう言って僕を紹介してくれた。

「初めまして。川井 直です」

レイさんに変わって僕も耳元でおばあさんに言って頭を下げた。


おばあさんは少しだけベッドから体を起こし、手を差し出す。

その皺の刻まれた細い手が、ゆっくりと僕の手を握った。

「孫を、レイを宜しくお願いします」

小さな声だがはっきりと、おばあさんは僕にそう言った。

「おばあちゃん!?わかるの!?私がわかるの?」

信じられない、といようにレイさんが声をあげた。


おばあさんにはそれには答えず、代わりにレイさんに向かって

「レイ。優しそうな人でよかったね。仲良く暮らすんだよ」

レイさんの目には涙が溢れている。

「あなた、レイをよろしくね。お願いします」

おばあさんは僕の目を見て、少し頭を下げた。

「こちらこそよろしくお願いします」

僕がそう言うとおばあさんは安堵の表情を浮かべて、握った手を放しベッドに体を預けた。

そして小さな寝息を立て始めた。

しばらく僕とレイさんはその寝顔を見つめていた。


「びっくりしたわ」

帰りの車のハンドルを握りながら、レイさんは先ほどの病室でのことを思い出しているようだった。

「ホントですね。けど挨拶できてよかったです」

「うん、お婆ちゃんも挨拶できて嬉しそうだった」


車は珠洲市街を抜けて、山道に入った。

ここからのと里山海道までの道のりはずっと山道だ。

僕たちは、最初の公園で出会った頃の話をした。

僕はてっきりその時のことをレイさんは覚えていないだろうと思っていたが、グラードンをゲットしてガッツポーズをとったシーンをしっかり覚えていて、からかわれた。

それから僕たちの間に起ったことを思い返した。

フレンド交換したこと。

クロスバイクやプラスを教えて貰ったこと。

EXレイドで起こった事故のこと。

色違いのミュウツーを取りに行ったこと。

カレー屋やライブに行った夜のこと。

僕の設計した町家を巡ったこと。


「昨日の朝『大親友』になったから90日ちょっと前か。確かにここ3か月ほどで色んなことがあったわね」

「はい。今回の珠洲も色々ありました。そういえばそろそろ昨晩僕何かやらかしたか教えてください。。。」

小さな声で、レイさんに聞いてみる。

「まったく覚えてないの?」

「はい。。。」

「本当に?」

「ええ、、、」

「ふうん。。。」

沈黙が流れる。


「んー、どうしよっかなぁ。じゃあさぁ、『色違いのライコウ』交換でくれたら話してあげる」

「えっ!?それはダメです。一体しかないですもん」

「じゃ話さない」

いじわるな感じでレイさんが返した。


ライコウとはポケモンGOで出てくる犬の姿をした伝説のポケモンだ。

勇壮な姿で色違いがひときわ格好良い。

「せめて色違いのエンティで。。。」

「いやよ私も持っているもん」

「色違いのサンダーはどうです」

「あんまり色の違いがわからないから、いらなーい」

「じゃ色違いコラッタは!?もっていなかったでしょ?」

「いらない。かわいくないし」

「ポッポはどうですか?」

「欲しくなーい」

「じゃ、ピンクの『ニューラ』は?レイさん欲しがっていたでしょ」

「うーん、もう一声!」

「そんなぁ、、、じゃあ宝物の金色の『イワーク』も付けますので。。。」

「どうしよっかなぁ」

会話は尽きることなく、車は進んだ。


珠洲から金沢に向かってのと里山海道を走ると、能登半島を斜めに横断する。

その間はずっと山道だ。小さなトンネルも多い。

山道を抜けると、いきなり視界が開け、西日に輝いた日本海が見えてきた。

珠洲の三月家で見た能登半島に囲まれた穏やかな「内浦」の海と比べ、今見えてきた日本海に直接面した「外浦」の海は粗い波面を見せている。

泡立った波が西日を受けて一面光り輝いていた。

同じ石川県でも内浦と外浦では波の見せる気配が大きく異なることを、僕はこの時初めて知った。

僕の生活もレイさんと会う前と会った後で大きく変わり始めた。

初めて知る世界も多く、人としても成長できたようにも思える。

降り注ぐ光の波面を見ながら、これからもレイさんと一緒に新しい世界を見れるといいな、と心の中で思った。

そしてそのことをレイさんにも、勇気を出して素直に伝えてみることにした。


 トンネルの向こう側

 汗ばんだ缶ジュース

 君と僕の隙間を 風のヒコーキ


 西に沈む夕日から 東の青空まで

 僕らの旅は今まさに 始まったばかり

 それならいいよ このまま何処までも

 当たり前のように カーステレオが鳴る

 『風のヒコーキ』 杉野清隆/メロウ


カーステレオから穏やかな歌声が流れる。

車の少しだけ開けた窓から、海の匂いを含んだ潮風が僕たちを優しく包んだ。

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