第3話 フレンドレベル:仲良し

寝坊した!

EXレイドの土曜日の朝。

10時までに招待されたジムに行かねばならないのだが前日仕事が遅く、それから本を読み始めたら止まらずに起きたらもうすでに9時半近くになっていた。

急いで顔を洗い簡単に身支度をして、いそいそとクロスバイクに跨る。

家から10分もあれば招待されたEXレイドが行われる公園には間に合う。

支度をしていたらギリギリの時間になってしまった。

幸い今日は五月晴れ。雨じゃなくてよかった。

いつもより急ぎ気味でクロスバイクを漕いだ。


公園が見えてきた。

多くの人たちがEXレイドを待っている。

レイさんは、、、いた!いつもの赤いクロスバイクの傍らに、細身の背中と長い黒髪が見える。

周りの人の様子だと、まだレイドは始まっていないようだ。

その時僕の後ろからこの細い道には合わないスピードで、黒いワンボックスカーが僕のクロスバイクを追い越した。

運転席が見えると、50歳ぐらいの男性がこともあろうか、片手でスマホを操作しながら運転している。

視線はスマホに注がれ、前は見ていない。

公園に向かう親子連れが目の前の道を横断しているのに、まったく気づいていないようだ。

心臓の鼓動が高鳴った。

「危ない!!」

咄嗟に自分でも驚く大きな声を出た。

レイさんと親子が振り向く。

子供の顔に驚きと恐怖が浮かぶのが、遠くからでもはっきり見えた。


次の瞬間レイさんが親子を両手で突き飛ばした。

親子が芝生の上に転がった。

そしてレイさんの体が大きく跳ねた。

「レイさん!!」

衝突音と車の急ブレーキの音が響く。

周りは悲鳴と、怒声が轟いた。

青ざめた顔の運転していた男性が、車のドアから転げ落ちるように降りてきた。


そこからは色んなことが立て続けに起こった。

すぐさま救急車が到着し、レイさんは意識を失ったまま運ばれた。

警察もすぐに駆けつけた。

鳴り響くサイレンの音で、人だかりができる。

僕は事件の一部始終を見ていた唯一の人間ということに加え、彼女の知り合いでもあるということで、警察の現場検証や事情徴収に長時間付き合うこととなった。

その間僕は「レイさんにEXレイドパスさえ送らなければ」という後悔の念にさいなまれてた。

レイさんの無事を祈りつつ。


翌日警察から聞き足りないことがあったからと、家に事故の確認の電話があった。

「先日ご協力いただいた、みつきれいさんの事故の件で少しお話を、、、」という一言で、レイさんの本名が「みつき れい」であることを初めて知った。

金沢大学附属病院に入院していること。

意識は回復し、左腕の骨折以外は特に問題がないことも教えてくれた。

僕が知り合いと伝わっていることで、病状まで教えてくれたのかもしれない。

受話器を置いて、命に係わる状態ではないこと少しだけ安心した。


ただそうは言っても骨折だ。

生活や仕事に支障が出ていることは間違いない。

交通事故の後遺症も心配。

眠れない夜を過ごした。


翌日僕は小さな紙袋に何冊かの本と手紙を入れて、金沢大学附属病院を訪れた。

僕のEXレイドパスが原因でこうなってしまったことを直接レイさんに詫びたかったが、数回しか話しておらず、現在の状況も骨折以外は詳しくわからないので手紙をしたためた。

手紙には一晩かけて何回か書きなおしながら、できるだけシンプルに以下のように書いた。


みつき れい様

私は川井 直と言います。

ポケモンGOのレイドでクロスバイクやプラスのことを教えてもらった者です。

みつきさんのお名前は、警察の方から伺いました。

警察からの話でみつきさんが骨折していること、みつきさんが助けた親子が元気であることを聞きました。

この度は私が送ったEXレイドパスが原因でこのようなことになってしまい、大変申し訳ございません。

本来は直接会ってお詫びすべきとこかですが、手紙にて失礼させていただきす。

何冊か本をお渡しします。当方の読み終えた本で申し訳ございませんが、処分していただいて構いません。

では 一日も早いご回復をお祈りしております。


手紙を入れた封筒に僕の家の住所と電話番号を記載して封を閉じた。

金沢大学附属病院は小立野という、兼六園から少し上がった高台にある病院だ。

最近建て替えられた新しく豪華な病院の受付で、みつきれいさんに渡してください、とお願いしてその場を去った。


しばらくはポケモンGOを立ち上げる気にはならなかったが、事故から一週間後の土曜日に久しぶりに立ち上げてみる。

レイさんが回復していれば、もしかしたらポケモンGOをプレイしているかもしれないと思いついたからだ。

アバターのレイさんの情報を見ると、最後に捕まえたポケモンは、つい最近出現し始めた新しいポケモンを捕まえているようだった。

ということは、出歩けるぐらいは回復しているのかも。

そうであればよいのだが。


他に何か情報がないかとポケモンGOの中のレイさんを見る。

するとレイさんの相棒ポケモンの名前が「漢字」なのに気が付いた。

普通だと「イーブイ」という名前が表示されているはずだが、犬に似たその可愛らしい容姿には似つかわしくないような「半沢下町続編求む」となっていた。

捕まえたポケモンの名前は、日本語で8文字までなら自由に変えられる。

これは相棒ポケモンを通して、レイさんが僕に宛てたメッセージであることはすぐにわかった。


「半沢」とは半沢直樹、「下町」とは下町ロケット。

どちらも僕がレイさんに差し入れした、池井戸潤さんの小説のタイトルだ。

半沢直樹の本のタイトルは正確には「オレたちバブル入行組」だが、テレビでヒットした「半沢直樹」の方が世間的には通りがよい。

こんな時だが、自分が紹介した本を人が喜んでくれるのは素直に嬉しい。

女性へのお見舞いの本にはふさわしくないかとも思ったが、読後はスカッとするので、滅入りがちな入院生活にはよいかな、と思ってチョイスしてみたのだ。

本棚から半沢直樹の続編である「オレたち花のバブル組」、3作目の「ロスジェネの逆襲」と、下町のケットの2作目の「ガウディ計画」を取り出す。

他にも前回のお見舞い時に渡していた東村アキコさんの「かくかくしかじか」の続きの巻なども本棚から取り出した。


ポケモンGOで自分の相棒ポケモンの名前を「了解受付本渡し〼」と変えた。

レイさんのメールアドレスや電話番号が分からない僕には、これが唯一のスマホから彼女に連絡できる手段だ。

ポケモンの名前は日本語で8文字の制限があるのでなんと書くか本当に悩む。

伝えられる情報量が少ないので、どうしても下手な漢文のような固い文書になってしまうのだ。

前回のお見舞い時と同様、母に小さい紙袋を探してもらい、選んだ本をその中に入れた。

急いで着替えてリュックの中に紙袋ごと放り込み、金沢大学附属病院に向かってクロスバイクを走らせた。


病院の受付でレイさんに紙袋を渡して貰うようお願いすると、事務員の方が顔を上げ「川井さんですか?」と聞いてきた。

そうですと答えると、「ちょっと待ってくださいね。川井さんが見えられたら、連絡欲しいと言われていたんです」と内線をかけ始めた。

思わぬ展開でどぎまぎしていると、5分ほどたった頃にレイさんがエレベータから現れた。

左手には大きなギブスをしている。


「この度はすみませんでした」

距離が近づくと僕が深く頭を下げる。

レイさんは「気にしないで。頭を打ったから念のため入院しているけど、骨折以外は元気なので」

「でも、、」と言いよどむと、「天気もいいので外で座って、少しお話ししましょうか」と僕を外のベンチに促してくれた。

病院内にあるベンチに並んで腰かける。

「私があの場に居なかったらあの親子、斉藤さんって言うんだけど、斉藤さん達が跳ねられたかもしれないし、結果よかったと思うよ」

「親子にはケガなかったんですね」

「うん、この前お礼を言いに来てくれたけどお父さんの方が肘と膝を擦りむいただけで、男の子の裕太君はお父さんがクッションになって何の傷もなかったんだ」

「それはよかったです」

「裕太君は小学3年生で、ポケモンが大好きで休みの日はいつもお父さんと一緒にポケモンGOしているんだって」

「今回のことで、ポケモンGO嫌いにならないとよいですね」

「本当に」

「みつきさんのケガの具合はどうですか?」

「うん、左腕は折れていたけど複雑骨折とかじゃないから治りが早いみたい。それ以外はまったくもって健康。入院生活で退屈していたところなの」

確かにレイさんは左手以外は傷なども見当たらず、僕に気を使っているだけでなく本当に元気そうだった。

「むち打ちとか後遺症も大丈夫なんですか?」

「幸い下が芝生だったんで大丈夫。あと二日様子見て何もなければ、火曜日退院」

「よかった」

「ギブスももう少ししたら、小さいサイズになるの。そしたら職場にも復帰できそう」

「みつきさんは、どんなお仕事をしているのですか?」

「レイでいいわよ、川井さん」

「じゃ、僕も『ナオ』でいいです。職場とかでもそう呼ばれているので」


レイさんのポケモンGOでの名前は「reimoon333」。

僕は「naopokemon50」。

どちらもレイ、ナオと、本名が一部に入っているニックネームだった。


「私は流通系のシステムエンジニアをしているの。主に北陸三県のお客様を担当しているんだけど、時々お客様の本店や支店の関係で県外にも行ったりしている」

「なるほど。だから県外産のギフトとかも多いんですね」

「ナオさんのお仕事は?」

「僕は小さな設計事務所で設計しています。主に町家の改修を担当しています」

「金澤町家?」

「よくご存じですね」

「時々新聞に載っているもんね」

「ええ、所長が壊される金澤町家を何とか残したいという情熱を持った人で、その設計事務所で働いているんです」

「へー凄いねぇ」

「レイさんこそコンピュータ関連でしょ。僕は疎いんでよくわかんないですけど難しいんですよね」

「そうでもないけどね。そういえばコンピュータ関連といえば、あの時事故を起こした人もコンピュータの会社の人だったわ」

「会ったんですか?」

「実はこの前、謝罪に病院に来たの、奥さんと」

「そうだったんですか」

「大変だったわよ。奥さんと二人、土下座までして泣きながら謝罪して。私としては勿論事故の時は痛かったけどケガも思ったより大したことはなかったし、そこまで怒っていたわけじゃなかったの」

そう言ってレイさんは一息ついた。


「奥さんが言うには、旦那さんがポケモンGOばかりプレイして、いつ何時も落ち着かないゲーム依存症のようになってしまっていた、と言ってた。

普段から運転中だけはスマホを触らないでとお願いし続けていたんだけど、一人で運転する際はどうしてもスマホを操作するのを止められなかったんだって」

「そうですか、、、」

「事故を起こした旦那さんも勿論運転中にスマホを触るのはダメだってわかっているのに、レイドに間に合わないと焦ってしまうと、どうしようもなくなってしまっていたと言ってた。

大きな会社の課長さんということで、普通の真面目そうな人だったわ」

「真面目な人ほど一度ゲームにはまると、依存症になりやすいって聞きますね」

「そんな感じだったわ。ゲームなんだし肩の力を抜いて、気軽に楽しむぐらいがいいはずなのに。真面目だからこそ仕事の様な真摯さでゲームをやってしまい、当たり前の優先順位さえも見失ってしまってた感じ」

「車の運転は命がかかっていますからね。そこだけは絶対間違いを犯してはいけないとこです」

「本当にそう思うわ。その次の日、会社の上司と社長まで直々に謝罪しに来たの」

「社長さんが?」

「うん。地元では大手企業なのに、スケジュールをキャンセルして来てくれたの。うちの社員が申し訳なかったって。」

「誠意ある社長さんですね」

「そう思った。で、社長さんが言うには事故を起こした人は退職することになりました、と最後に教えてくれたの」

「新聞にも載りましたしね、、、」

「その人にはお子さんもいるって言っていたけど、完全に人生狂っちゃったと思う」

「ポケモンGOのレイドに間に合おうとしたがために、、、」

「そうね。けどポケモンGOが悪いんじゃないと思うんだ」

「それは僕も思います。車を運転する際にスマホを操作するのが悪いんです。子供にもわかることですもん」

「うん」


僕は本当にそう思う。

車を運転する時は集中し、最新の注意を払う。当たり前のこと。

携帯電話やスマホを操作しながらの運転するのは絶対だめだ。

ポケモンGOでも哀しい事件が起きたし、今回の件もそうだ。

みんなが不幸になった。

レイさんも大変だったけど、事故を起こした当人とその家族も大変なことになってしまっただろう。

大部分は先ほどの斉藤さん親子のように、楽しく節度を守ってポケモンGOを楽しんでいる真面目なユーザー。

ほんの一部の、車を運転しながらスマホを操作するような非常識な人間のために、周りが不幸になったり、ポケモンGOが悪く言われるのは悲しいことだ。


「話は変わるけど本ありがとう。何年かぶりに読書したけど面白かったわ」

レイさんが押し黙る僕に、前回貸した紙袋の本を返しながらそう言ってくれた。

「池井戸潤さんの小説おもしろかったですか?僕も大好きなんです」

「おもしろかったぁ。テレビもあまり見なくて、半沢直樹が話題になったときにもテレビを見ていなかったんだけど、小説読んで興奮したわ」

「スカッとしますよねぇ。下町ロケットの方は、人情味あふれる社長や周りの登場人物がいい味出していて」

「うんうん」

としばし、半沢直樹と下町ロケットの本の話で盛り上がった。

「じゃ続編、置いておきます。『かくかくしかじか』の続きも入っています」

と今日持ってきた本の入った紙袋をレイさんに渡す。


「ありがとう。普段マンガもあまり読まないけど、かくかくしがじかも面白かった。

作者の金沢美大でのシーンで見覚えのある景色も出てきたりしてね。あっ、そうだ」

レイさんが小さな紙袋を僕に差し出した。

「はい。芋菓子。あげる」

お見舞いに来たのに、僕の方がお土産を貰ってしまった。

「珠洲のお菓子ですね」

「うん。実家の両親と兄家族がお見舞いに来てくれたの。

周りの方にも上げたけど、賞味期限内に食べきれなさそうだからどうぞ」

「ありがとうございます。それじゃ遠慮なく。ご実家は珠洲なんですね」

「漁師。今は兄と父で漁を続けているの」

そういわれてみればサバサバしているレイさんの雰囲気は、漁師のお父さんやお兄さんの中でちゃきちゃき逞しく育った。

そんな感じもする。


「いいですね珠洲。能登は七尾までしか行ったことがなくて」

七尾市は能登半島の中ほどにある。

能登半島の先端である珠洲市と、金沢市のちょうど中間辺りの街だ。

「うーん、まぁ珠洲は静かで自然が多くていいところだけど、急速に高齢化が進んでお店も人も少なくなっているし、住むにはどうかな。金沢からも遠いし」

「そうですか。魚は美味しそうですね」

「魚は美味しい!ぜったい。スーパーの魚でさえ金沢よりも断然美味しいもん」

はっきりとレイさんは言い切った。


金沢も全国的にみれば魚で有名だが、それでも奥能登の珠洲の方がもっと美味しいのかな。

珠洲の新鮮で美味しい魚で晩酌、なんて妄想が頭をよぎった。

同じ県内と言えども縦に長い石川県。

奥能登はインドア派な自分には一生関係ない場所と思っていたが、一度行ってみたくなった。

本の話など盛り上がって、時計を見ると1時間以上も話してしまった。

確かにレイさんは元気そうだが、無理は禁物だ。


「ではそろそろ帰ります」

僕は腰を上げた。レイさんも立ち上がる。

レイさんがスマホでポケモンGOを起動すると、一斉にたくさんのポケモンが画面を埋め尽くした。

「ポケモンが沢山でるのよ、ココ」

「そうなんですね」

レイさんは右手だけで器用にスマホを操作し、ポケモンをゲットした。

「レイドはできないけど、少し歩くとジムも幾つかあるし、意外といいポケモンGOの環境かも。あなたはポケモンGOしてた?」

「いえ、、、今朝、事故以来初めてポケモンGO起動しました」

「そっか。あなたもさっき自分で言っていたように、ポケモンGOを嫌いにならないとよいと思う」

「そうですね。また続けます」

レイさんは微笑んだ。

「では」

「あっそうだ。よかったらLINE交換しない?」

「お、お願いします」

僕はLINEをあまり使い慣れておらず、LINEのアドレスの交換方法もおぼつかなかったが、何とかレイさんとのLINEのフレンド登録を行えた。

「本読み終わったら、今度はLINEで連絡するわ。相棒ポケモンで連絡するのは大変なんで」

「僕もそう思いました!」

二人して思わず笑ってしまった。

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