第36話 別れ
レイルとノルを除く十官、騎士団、ガゼル、ロナー、そしてクリシュナが王宮の執務室に集まった。
政務や軍務と関係なく、私と双子もその場に控えていた。その特別な扱いに悪い気はしない。私にはクリシュナの事業を絵に書き残すという役割が、双子にはクリシュナの護衛という役割があったからだ。
少し遅れて、捕らえられているはずのワグツ、ケーナス、スッラも執務室に入ってきた。十官たちが驚いていたが、そのことについて彼らが話す時間は与えられなかった。
クリシュナは騎士団の功績を称えると、次に十官全員の解任と、十官制度の廃止を宣言した。さらに、呆然としている十官たちを無視して、新しい三官制度を説明し、その三官に税務官ワグツ、法務官ケーナス、政務官スッラの三人を任命した。今まで十官として高位にあった他の者たちは、それぞれワグツたち三官の部下として振り分けられていった。
「この三官制度は、新しい制度が定まるまでの臨時の制度とする。この三人は国に仕える忠臣として、最上位の役職を命じた。新しい制度が定まるまでに、忠勤、精勤の重臣がますます増えることを私は願っている」
クリシュナが話を打ち切ると、三官はすぐに行動を開始した。元十官たちは戸惑いながらも、それに従った。十官たちはいつの間にかその地位を失っていたのだが、そのことに気づいている者はほとんどいないのではないか、と私は思った。あまりの唐突さに、理解する時間がなかったのだろう。クリシュナが、十官たちに反発する隙を与えなかったとも言える。もともと、強力な軍の支持を得ているクリシュナに十官ごときが逆らえるはずもない。軍に関する権限は、クリシュナが全て握っていた。実務は騎士団と、ガゼル、ロナーが担当する。
十官たちが、クリシュナの最後の言葉が意味するところに気づく優秀さをもっていたら、この国はもう少しましな国だったはずだ。私は国政というものと、それに関わる人物の重要性を改めて感じた。
三官はみな、捕らえられて閉じ込められている間にクリシュナと入念な打ち合わせを終えていた。だから行動に迷いはない。それぞれの部屋も決まっていて、そこから次々と命令が出され、元十官が慌てふためきながら動き回っていた。
その命令はすべてクリシュナの考えが入ったものだ。
新しいアイステリアに必要となる人選が終わり、ようやくクリシュナの本当の改革が始まったのである。
翌朝、私の家に双子が訪ねてきた。
二人ともいつもと違って、あまり笑わなかった。
「何か、異変でも…」
急に私はクリシュナが心配になった。
「ちがう」
「ちがう」
双子が慌てて否定する。
二人の動きが重なって、少し笑ってしまった。
「実は今日は」
「タルカにあいさつに来た」
双子は代わる代わる言葉をつむいだ。
「あいさつ?」
「そう」
「そう」
私は何も知らなかった。この双子がいったい何者なのかということを。
クリシュナの護衛として、いつもその傍に仕えていることは分かっていたが、それ以外は何も知らなかった。ただ、軍の中でも、王宮の中でも、双子と歳が近い存在は、クリシュナをのぞけば私だけだったので、よく軽口を交わし、親しくしていたのは確かだ。
「お別れだよ」
「役目が終わったから」
「え?」
まさか、こんなに突然、別れが訪れるとは思わなかった。
「クリシュナはもう」
「王になったから」
「さよなら、タルカ」
「さよなら、タルカ」
「また会えるといいね」
「また会えるといいね」
「アークとルイは、どこに行くんだ?」
「帝都」
「そう、帝都さ」
その言葉を最後に、双子は手を振りながら走り去った。
そして、すぐに見えなくなった。
私は何も分からず、何も言えずに、立ち尽くしていた。
「クリシュナはもう王になったから」
双子の言葉が頭の奥底で響いていた。
その日から、王都で双子の姿を見ることはなくなった。
あの双子は神の使いであったかもしれない。
ふとそんなことが頭をよぎった。
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