第28話 改革の始まり



 王都ではエスタール商人の出入りが忙しかった。王になったクリシュナとの様々な取引のためである。これまで協力してきたのは、王となった後の利益が目的だったのだから、こうなることは必然だったと言える。


 財産の没収が終わると、四人の重臣たちの謹慎が許された。住む処も含めて全ての財産を失い、裸同然ではあったが、その地位を追われたわけではなかった。中でもウアラは、新国王の義父の立場になっていた。そういう意味では、謹慎させられていなかった六人の重臣たちよりもウアラの立場が上になったのかもしれない。


 十官とはアイステリア国の政治を動かす十人の重臣のことである。政務官、法務官、税務官、外務官、軍務官という役職にそれぞれ二人ずつ配置されていた。今回、政務官ライル、法務官ノル、税務官ウアラ、外務官アラキスが罰せられた。住処をなくした彼らは、王宮にある一室をそれぞれ与えられ、そこに寝泊りした。仕事が忙しい時はいつもそうだったので、その処置に困ることもなかったらしい。ただ、彼らの妻子は少しだけ戸惑ったかもしれない。


 クリシュナは謹慎を解く時に苦々しくこう言った。


「没収した全額は、税収三年分を上回る。本来なら、死罪か国外追放が妥当だったろうな。まあ、そうするとこの国の政務は一時的に動かなくなってしまっただろうから、これも仕方がないことか」


 それくらい巨額の蓄財があったのである。とんでもない違法行為が行なわれていたに違いない。


 しかし、クリシュナは財産の没収と謹慎だけで問題を済ませてしまった。そして、それと同時に重臣はみな安心した。クリシュナが彼らを政治の中心から排除するつもりがないと感じたのである。それはクリシュナの深謀による第一手だったが、十官たちは誰一人として気付かなかった。


 最初に忙しくなったのは軍務官だった。


 クリシュナはまず没収した財貨の一部を兵たちに恩賞として分配した。クリシュナの戦いに長く従った者ほど多い恩賞を受けたが、クリシュナと敵対することになった王都の守備兵たちにも分配はあったのだから、その温情に兵たちは驚いた。さらに、兵一人につき、三ヶ月は暮らせるだけの食糧を分け与えたのである。


 そうした上で、クリシュナは軍役制度の廃止と全軍の解散を宣言した。これまでに集められた兵たちや集まった兵たちは自由に故郷へ戻ってよいことになったのである。


 それと同時に、食事を別に保障した、月十モルカ(銅貨十枚)での兵役を一年契約で募集する募兵令を発表した。この法律で、兵士はアイステリアでのひとつの職業となったのである。


 クリシュナによる国内改革の第一は、軍制改革となった。軍役という税負担での徴兵制度を廃止し、銅貨で兵を雇うという募兵制度に変えたのだ。実際には、それまでのクリシュナ軍の実態がそのままクリシュナ政権の軍組織に組み入れられたと考えてよいだろう。


 故郷に戻っても、現実には開墾や農作業などの苦労が待っているだけである。そういう事情もあって、クリシュナ軍としてこれまでの戦いを生き抜いてきた人たちのほとんどが募兵に応じたので、改革といってもクリシュナにとっては何も変わっていないのと同じだった。


 さらに、王都で没収した重臣たちの屋敷や、住む者がなく空家となっていた家を格安の家賃で兵たちに貸したので、クリシュナに忠誠を誓う強力な軍隊が王都の住人によって組織され、クリシュナの実質的な権力はさらに強まったのだった。


 兵の中には家族を連れていた者も多かったので、王都の人口は、減少を続けていたこれまでの数から一気に四倍となり、これまでで一番多かった時期を超えた。王都のにぎやかさも増したようだった。


 クリシュナは軍の力を背景に、独自路線の改革を考えていた。


 処罰された者も含めて、国の重臣である十官たちは、騎士団やガゼル、ロナーとともに執務室での会議に参加していた。しかし、クリシュナが何も求めないので、ほとんど意見らしい意見を述べる機会がなかった。騎士団はこの内戦で中立の立場を前面にしながらも、実質的にはクリシュナに味方していたが、十官たちはみな王都にいたので、王妃の寵を受けていなくても実質的には王妃派と考えられていたのである。


 クリシュナに対して、今までの地位が何の影響力もないことに少しずつ気付く者も現れた。彼らにとっての新参者であるガゼルやロナーは、これまでの戦いでのクリシュナの腹心であり、クリシュナの信任は格段に厚い。軍の力を背景にしたクリシュナの権力は本当に強大で、その中枢にいるガゼルやロナーの発言には重みがあった。しかし、十官にはクリシュナに取り入ることのできる場面はほとんどなかったのである。












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