第15話 ラテ国の災難



 指揮官ホラズムと他の二人の騎士、グランとヌマも、クリシュナの指揮下に入ることを認めた。クリシュナの協力者となった騎士はこれで六人に増えたのだ。十人いるという騎士の過半数が味方になったのは喜ばしいことだった。


 そしてホラズムの率いていたアイステリア軍も、クリシュナ軍に加わることになった。ここでも、クリシュナは、王都に人質となる親族がいる兵には食糧を分け与えた上で、王都への帰還を命じた。


 それは王都との決戦を視野に入れ、軍内の結束を固めたいからだろうと誰もが考えていた。しかしクリシュナの考えは少し違っていたらしい。実際、二ヵ月後の王都解放は意外な方法で無血開城となったのである。




 レキサムの和約を結んだその日は、夜遅くまでクリシュナと騎士たち、そしてロナーも加わって今後の方策を話し合った。


 クリシュナは新しく加わった兵のうち、ホラズムが選んだ十人の精鋭を加えて全部隊を再編成し、九つの部隊を直轄とした。この時、人数の多かった六隊と七隊も十人隊となった。


 残りの兵はホラズム指揮下のまま残した。ホラズムには撤退期限の日にレキサムの平原から全軍を引くように命じ、その後の合流地点も細かく指示した。


 いつの間にか、二隊と三隊がいなくなっていた。私の知らないうちにクリシュナが何かを命じたのだろう。クリシュナは私に、見えないものを描く、と言うが、クリシュナの方こそ誰にも見えていないものが全て見えているのではないかと思った。




 翌日の夕方、クリシュナは四隊から九隊を静かに出陣させた。巨大な夕日にまぎれて、エキドナルの陣からは見えない状況だった。レキサムの平原の両陣は、約定の履行を牽制し合ってにらみ合っていたので、敵に動きを気付かれないようにしたのだ。太陽までがクリシュナに味方していた。それもクリシュナの計算のうちだったのかもしれない。


 夜は休んだが、その次の日は昼過ぎまで進軍を続けて、分岐路でクリシュナ軍は山道へ入った。山道はどんどん細くなっていく。クリシュナはそこで山道の上にある崖に弓射隊を登らせた。この山道はラテ軍が通るとは思えない細い道で、南側は崖が高く、北側には森があった。


 分岐路の反対側には進軍しやすい平坦で太い道があり、ラテ軍はそちらを進むのではないかと私は考え、クリシュナに意見した。


「これでは向こうの道からラテ軍に平原の陣の後ろを攻められて、ホラズム軍がエキドナル軍との挟み撃ちにあいませんか」


「心配するな、タルカ。シュライザルドは冷静を装っていたが、私のような若造の挑発を笑って受け流せるような温厚な人物ではない。レキサムの会戦での敗戦を取り戻そうとして、私に張り合い、私の裏をかくようにラテ軍に策を授けている。その裏の裏を私はつくだけだ。だからラテ軍はここを通る」


「そのようなことまで知っていたのですか」


「いや。この周辺の道しか知らない」


 クリシュナは涼しい顔で言った。「ただ、あの王弟ならそうだろうという予想だ。だが、間違いないだろうよ。これが間違いでも、本道を通してやり過ごしたラテ軍の背後を襲うだけだからな」


 なんという自信なのだろうか。クリシュナは自分が失敗することなどまるで考えていないのではないか。それとも、どのような状況の変化にも対応できる策を用意しているのだろうか。


 クリシュナは次々に指示を出し、各隊は機敏な行動を見せた。新しく加わった八隊と九隊はホラズムの選んだ精鋭というだけのことはあった。反応が早く、クリシュナ軍の訓練をわずかだが受けている六隊や七隊よりも統制がとれていた。


 部隊の配置が終わると全体に休息を与え、クリシュナは森側に伏せ、ロナーが崖の上に登った。




 干し肉と水が兵士の体と心を満たしてからしばらくたって、ラテ軍が山道に姿を見せた。狭いので二列になっていて、さらに駆け足での行軍だった。五十という数は派遣されたラテ軍の半数にあたる。かなり長い距離を走ってきたのだろう。みな苦しそうな顔をしていた。


 クリシュナの合図で、まず六隊から九隊が動いた。森から四本の木が山道へ倒れ、怒声に近い悲鳴があがった。ラテ軍の前後の進路を遮ると同時に、敵を三つに分断したのである。


 状況が分からず、ラテ軍は混乱した。


 そこへ、崖の上から矢の雨が降り注いだ。悲鳴は絶叫となった。二度目の矢の雨が降った後で、ラテ軍の指揮官らしき男が叫んだ。


「森の木に隠れよ!」


 矢の雨を避けるにはそれでも良かったかもしれない。しかし、その指揮官は、木を倒した敵が森にいるはずであることに気付かないほど混乱していたのだ。


 山道から森に飛び込んだわずかな残存兵に、森側のクリシュナ軍が襲いかかった。


 戦闘開始から敵兵の全滅までほんのわずかな時間でしかなかった。




 しかし、この勝利だけでクリシュナは満足しなかった。


「六隊と七隊は敵の装備を奪い、それを身に付けろ、急げ! ロナーは八隊と九隊を率いて山道を走り、本道を進む敵軍最後方の補給部隊を襲え。本隊を挟み撃ちにするぞ」


 ラテ軍の兵装を身に付け、赤い軍旗を掲げた六隊と七隊を先頭にして、駆け足での行軍が始まった。弓射隊である四隊と五隊は後方に続いた。今の戦闘での疲労はほとんどなく、下りということもあって、駆け足での進軍は早かった。


 分岐路を折り返し、平坦で太い道へと進んだ。しばらくすると少しずつ道幅が狭くなってきた。そこで、前方にラテ軍の赤い旗が見えた。敵の本隊だ。その先頭には馬に乗った指揮官らしい騎士がいた。その騎士が右手を大きく挙げ、私たちの行軍を制した。


 私たちはかなり近くまでラテ軍に近付いて立ち止まった。騎士は私たちがアイステリア軍だということに気付いていなかった。そのようなことは思いつきもしなかったのだろう。


「エキドナルから知らせのあったアイステリアの伏兵はなかったようだな。我が軍はこのままレキサムの平原へ進軍する。無駄となったが、遠回りでの強行軍、よくやってくれた。諸君らはここで休息をとり、最後尾の補給隊を待って進軍するように。では、道を開け」


 言われて、六隊と七隊はそれぞれ左右に素早く移動した。


 その間、ラテ軍は悠々と歩いていた。しかし、彼らはそのままの表情でいることを許されなかった。


 クリシュナが号令を発した。それと同時に、隠れていた四隊が矢を放ち、その四隊の一歩前に出て五隊が時間差で矢を放った。


 前面のラテ軍が総崩れとなった。指揮官が落馬し、矢の刺さった馬がラテ軍の中へ飛び込んで暴れたので、ラテ軍はますます混乱した。余裕をもって二本目の矢を用意した弓射隊が、混乱しているラテ軍へ第二射を容赦なく放った。


 ラテ軍に化けた六隊と七隊が左右から斜めに突撃し、敵に槍を放つ。そしてクリシュナの合図ですぐに後退し、弓射隊によるとどめの第三射がラテ軍を崩壊させた。剣を抜いた六隊と七隊がわずかに残った敵兵に襲いかかる。


「殺すな! 降伏する者は捕らえよ! ラテの者よ! 戦う意志がなければ武器を捨てよ!」


 戦意の欠片も残っていなかった四人のラテ兵は武器を捨てて両手を挙げた。すぐに後ろ手を縛り、その顔を脱がせた上着で隠し、四人は一列につながれることになった。


 ラテ軍は全軍を二手に分けて、待ち伏せている我々クリシュナ軍を前後から挟み撃ちにするという作戦をシュライザルドから与えられていたのだ。しかし、待ち伏せされたのはシュライザルドの予想に反して本隊ではなく分隊だった。さらに、兵を分けてしまったことで、ラテの全軍が集まれば数で上回るはずのクリシュナ軍と、ほぼ同数で戦わなければならなくなったのだ。


 その状況で、クリシュナの作戦がまさに思い通りに実行されたのである。


 四隊と六隊は山道へ戻って物品を回収するように命じられた。五隊と七隊はクリシュナの指示でさらに進軍した。しばらく進むと、夕陽を背にしてロナーたちが六台の荷車を引いていた。ラテ軍の兵糧や武器を奪ったのである。


 わずか半日足らずで、百人を超すラテ軍は壊滅した。エキドナルとの講和会談で言った通りのことをクリシュナは実現したのである。シュライザルドが待っていたラテ国の赤い旗がレキサムの平原の風に揺られて波打つことはなかった。












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