第5話 殲滅


 いつしか私はまどろんでいた。


 そして揺り起こされて、目が覚めた。


 双子が両脇に立っていた。


「準備はいいか」


「そろそろ始まるぞ」


 朝になっていた。


 私は飛び起きた。すぐ近くで、青年は遠くを見つめていた。


 敵陣からはこちらが見えないくぼ地のある地形だということが分かった。この戦いの作戦は綿密に練られていたのだ。周囲を見回すと、人数が減っていることがすぐに分かった。一部隊がいなくなっている。敵に討ち取られたはずはない。寝ていた間に何か動きがあったのだ。ここに残っていた人はみな、今か今かと青年の指示を待っている。


 敵陣から煙があがった。


 争音は聞こえない。おそらく炊煙だろう。


「進軍を開始する。ゆっくりと、音を消せ。次の合図で一気に襲撃をかける。西から南、東だ。前進だけを考えて、後方の敵は無視してよい。敵は四方に分かれているから数は少ない。食事時を襲うから混乱もあるが、それは西陣だけだ。全員、落ち着いて攻めるように。よいか、命を無駄にするな」








 男たちは動き始めた。


 緊張はしているが、目には自信があるように思えた。


「ガゼル、南陣、東陣では先陣に立って敵を切り崩せ」


「了解した。腕が鳴ります」


 不意をつく夜襲ではなく、真昼の戦闘でも、この一団は強かった。


 昨夜の夜襲のせいか、エキドナル軍の陣は町だけでなく、外にも警戒していた。


 敵に発見される少し前に青年の合図で男たちは突進していた。


 見張りの敵が叫んでいたが、その肩に槍が突き立てられ、さらに剣が振り下ろされた。


 西の陣は大混乱だった。


 見張り以外の兵は食事中で武器を持っていなかったので、あっさり討ち取られた。




 そのまま南へ一団は走る。残る三方の敵も動き出していた。


 南陣の兵は食事をそのままにして、武器を手にしたようだった。


 そこへガゼルが雄叫びをあげて突入した。


 一人斬り、返す刀で二人斬った。


 さらに三人目の首を突いた。


 本当に強い。


 敵はひるんだ。


「ガゼルに続け! 足を止めるな! 一気に東へ行く!」




 南の陣を蹂躙し、東へと走る。


 北から西へ移動していた敵が、二手に分かれた。背後を突くと同時に挟むつもりだ。


 しかし、こちらの速さについてきていない。


 東の陣でもガゼルが先頭に立って戦った。


 こちらの勢いは止まらない。


 東の敵兵が背を向けて逃げ出した。北から駆けつけた援軍のエキドナル兵とぶつかっても、そのまま味方であるはずの援軍を放置して逃げていく。


 ガゼルはさらに斬り込んでいった。


 北からの敵兵も逃げ始めた。


「アーク、ルイ! しんがりを任せる! ガゼル、下がって二隊の指揮をとれ!」


 双子がすうっと青年の両脇から下がった。


 ガゼルがもう一人斬って後退したが、一団はそのまま前進した。前面の敵は総崩れで、逃げ惑っていた。


 後ろの敵を双子がたった二人で?


 私は思わず振り返った。


 そこには信じられない光景があった。


 双子の足元には数人の敵兵が倒れていた。


 いつ戦ったのだろうか。


 次の瞬間、その場に新たな敵兵が二人が追加された。


 双子の剣は速すぎて見えない。超人的な強さだ。


 昨日の夕方、逆らわなかった自分の賢明さを誉めた。


 ああなっていたのは私だったかもしれないのだ。








 レソトを包囲していたエキドナル軍は完全に崩壊していた。


 だが、まだ戦いは終わっていない。


 青年の気迫が微塵も欠けていないからだ。私はまた緊張した。


「二隊はガゼルの指揮下で陣を崩し、物品の回収、死体の処理、町との連絡を。怪我人は休息をとるために待機せよ。一隊は残敵を追撃、掃討する。私に続け!」


 エキドナルの敵兵たちは北へ逃走した。


 彼らの本国は北にあった。


 私は青年に続いた。全速で走るのかと思ったが、そうではなく、思っていたよりもゆっくり走っていた。


 敵兵は一目散に北へ走っている。このままでは追いつけない。逃がしてしまう。


 いや、たかが数人の敵兵を逃がしたからといって、この戦勝の価値にどれほどの差が出るというのか。


 すでにレソトの包囲は解けた。


 私が知っているだけでも二ヶ月は包囲されていた。


 それ以前はいつから包囲されていたのか分からない。


 レソトが力尽き、落城し、町が荒らされるのは時間の問題だったはずである。


 それが一転してこの状況となった。


 これは奇跡の戦勝である。


 逃げるエキドナル兵は十数名、よく見ると追撃しているこちらの方が少ないではないか。


 いや、もともと四十から五十くらいはいた包囲軍に対し、夜襲も含めて数的に不利な蜂起軍がほぼ完勝し、今もゆとりをもって追撃している。


 無理に追って戦ったとしてもこちらの被害は大きい。だから急がないのか。私はなるほどと納得した。


 前方に大きな森が見えた。逃走している兵たちは森の中の間道へと駆け込んだ。


「よし、全速で走れ! とどめを刺すぞ!」


 青年の声で一団は加速した。


 何を今さら。もう追っても間に合うはずがない。


 逃がしたとしても問題はないだろう。


 そう思いながら私は一番後ろを走った。


 すると、森の中の間道からエキドナル兵がこちらに転がり出てきた。


 それを追うように森の中から雄叫びが聞こえた。


 ロナーと呼ばれていた男と、私が目覚めた時にいなくなっていた三隊が森から現れた。


 こんなところに伏せていたのだ。


 いや、この青年はこうなることを見通していたということになる。


 一隊と三隊に挟まれたエキドナル兵は全滅した。


 ロナーが青年の前に進み出た。


 私は呼吸を整えながら二人に注目した。


「伝令を討ち洩らしてないか」


「はい。朝に三人、討ち果たしています」


「エキドナルに逃げた敵はいない、ということになるな」


「そのようで。援兵は当分ありませんな」


「よし。ロナーは三隊を指揮し、死体の処理をするように。山火事を起こすなよ」


「了解した」


「一隊はレソトへ戻る。帰りは歩くぞ。慌てるな」


 青年はようやく、険しかった表情を少し崩した。


 戦いは終わったのだ。


 完勝だった。








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