第22話


 春になってもぼんやりとしたまま。調べの小箱を作ろうと手を動かしても、ふと気がついて手がとまる。

 なんで僕は魔法で人に化けて、わざわざ小さいサイズで作っているのだろう?

 作っているのは小さな小箱。スゥハの片手で持てる大きさの。

 スゥハに喜んで欲しくて、素敵だと綺麗だと誉めて欲しくて、だけどもうスゥハはいない。

 作る意欲がしょぼんと消えて手が止まる。


「いつまでもうじうじしてんじゃねぇよ!」


 ミレスに頭を叩かれる。


「こんなときは酒だ! 行くぞ!」


 変化魔法『人間』


 ミレスと二人で街に行く。ミレスはスゥハの服を着て、ちょっとキツいがまぁいい、とか言ってる。昼から街の酒場に入って、


「オヤジ! 酒だ! 飲みやすいやつ持ってきてくれ!」


 ミレスの注文に店のオヤジは驚いて、慌てて酒を持ってくる。頼んでないのにシチューと吹かした芋とソーセージも出てきた。

 ミレスと二人で酒を飲んでつまみを食べる。ミレスはスゥハの文句をグチグチ言ってる。だけどそれはスゥハのことを知ってて、スゥハのことを気に入ってたから言えるようなことで、僕はスゥハとミレスのやりとりを思い出した。


 ミレスはスゥハからお菓子の作り方を教えてもらったりしてた。僕には秘密ってミレスとスゥハで内緒の話とかしてた。

 なんでも女がどうやって男の気を引くかとか、そういう話らしい。


「お前がそんなんじゃ、スゥハだって悲しむだろうよ」

「うん、ありがとうミレス」

「人間にしては長生きしたんだろう。それで幸せだって言ったんなら、それでいいだろう」

「だけど、いつもスゥハには迷惑かけて怒られてたような。もっと幸せにしてあげられたんじゃないかなって」

「スゥハほど幸せな女なんていないだろうよ。一人で全部持っていきやがって、ほんとに腹の立つ奴だ。オヤジ! お代わり! ユノンももっと呑め!」


 けっこう飲み食いした。お酒で意識が途切れて変化魔法が解けるとまずいので、そろそろ帰ろうか。


「帰って飲み直すか。オヤジ、この酒うまいな。樽で持って帰るから一つくれ」


 ミレスが樽を肩に担いで店を出る。褐色の美女が片手で酒樽を担いで歩く姿に、酒場の人達は唖然としていた。

 代金を払おうとしたら店のオヤジさんに、


「お代はけっこうです」


 と、丁寧に断られた。店を出るときにチラッと振り向いたら店のオヤジさんとお客の何人かが、僕の背中に手を合わせて拝んでいた。

 あれ? バレてる?


 大樹の家の側でぼんやり過ごす。起きているのか寝ているのかわからない微睡みのなかで、スゥハとの思い出にふける。そんな毎日。

 ミレスやフイルが様子を見に来たときには、起きて元気に対応する。だけど誰も来ない日はなにもする気がおきなくて、寝て過ごしていた。

 ミレスが、


「気晴らしに俺と旅に出ないか? また人間の黄金を奪いに行ってみるか?」


 と、誘ってきた。それもいいかもしれないなあ。


 夏の終わりに大樹に人が近づいて来た。後ろにフイルがついて来ている。

 街の人達、女が一人で男が四人。

 女はスゥハが着ていたような聖女の服を着ていた。その女が僕の前に来て跪く。後ろの男たちもそれに習って膝を着く。

 女を見ると見覚えがある。シノムに似ている黒髪の娘。


「勝手に聖域に入りました無礼をお許し下さい」

「君はリウム、だったっけ?」

「はい。シノムの姪、リウムです。お年を召された聖女様の代理として、祭りや街の議会などを勤めさせて頂いております」


 代理、か。スゥハがお祭りに行けなくなったときにシノムを代理人に指命してたっけ。


「勝手にドラゴンの聖女を名乗る非礼をお許し下さい」

「シノムに代わりをお願いしたのはスゥハだし、あの街でドラゴンの聖女が重要なのは知ってるよ。人の政治とか、わからないけれど。だからシノムが二代目で、リウムが三代目ドラゴンの聖女を名乗ればいい。スゥハの代わりを頑張ってくれたなら、スゥハも喜ぶ」

「ありがとうございます、ドラゴン様」

「わざわざ来るなんて、なんの用?」

「街に、ドラゴン討伐隊が近づいております」


 フイルを見る、


「かなりの人数が森の道を通って来ている。武装してな」


 男達の中の一人が、


「街の議会に勤めるアルフラと申します。街に近づくのは隣国、ノーザートの兵です。ドラゴン討伐などは建前、豊かになった我が街を領地に加えようと兵を送って来ました」


 あぁ、人間ってそういう一面もあったっけ。


「それで僕にどうしろって?」


 黒髪の娘、リウムが顔を上げる。その顔は真剣で睨んでいるようにも見える。


「我らの町で全力で兵を食い止めます。守備隊の他に傭兵も傭いました。聖域を、ドラゴン様のお山を荒らさせはしません!」


 あれ? 僕に追い払ってくれって、頼むのかと思ってた。

 男達も口々に、


「力ずくで街を奪うなど、ただの山賊と同じこと!」

「聖女様のおかげで豊かになった街を、我らで守ってみせます!」


 決死の覚悟を漂わせて、その顔は覇気に満ちている。

 街の議員というアルフラが、


「しかし、相手の数は多く苦戦することになるでしょう。ドラゴン様、そして魔狼様にお願いがあります。街の女子供だけでも森の奥に避難させる許可をいただきたく。人の行いで麓を騒がせて、厚かましい願いではありますが、どうかお許し願えませんか?」


 一同揃って、お願いします! と平伏する。僕は気になって、


「戦って、勝てるの?」


 黒髪の娘、リウムは、


「勝ちます! 必ず勝ってみせます!」


 しかし、街の議員のアルフラは、


「難しいでしょう。ただ、地の利はこちらにあります。防衛し続けて相手が諦めるのを待つ。長い戦いになるかと」


 ちょっと行って脅かしてこようか考えてたけど、


「避難するのに森の奥に入ることを許す。だけど戦いになるのか。スゥハがそうならないようにしてたのにね」


 リウムは、


「そのスゥハ様がお年を召され、そのことで街にドラゴン様の守りが無くなったと思われたのでしょう」


 あぁ、確かにここしばらく空を飛んでなかったか。いなくなったとでも思われたのか?

 豊かになれば餓えから逃れられる。その代わりその豊かさが餓えた者に狙われる。

 目の前の人達は守るために戦うという。ただ、この人達が僕を見る目が、ちょっと気になる。今までこんな目でドラゴンを見た人間はいない。


「聖女様にもご挨拶させていただいてもよろしいですか?」


 一瞬、なんのことか解らなかったけれど、お墓参りしたいってことみたいなので、大樹の根本を指し示す。


「その白くて丸い石がスゥハのお墓だよ」


 スゥハの墓石の回りにはスゥハの髪の色に似た花を植えてみた。赤い花に囲まれた白い墓石。

 街の人達はスゥハの墓に祈る。リウムは墓石に額をつけて、


「スゥハおばぁちゃん……」


 小さく呟く。街でもスゥハはみんなのおばぁちゃんだったから。

 それぞれがスゥハへの報告も終わったのか、みんな毅然と顔を上げる。

 リウムが、


「私達がドラゴン様をお守りします!」


 と言い残して、街の人達は帰っていった。


 僕は驚いて、ポカーンとしたまま街の人達を見送った。

 守る? 人間が? ドラゴンを?

 そんなの聞いたことも無い。


「フイル、聞いた? 人間がドラゴンを守るって」


 だけどフイルは、ふー、とため息ついて、


「自覚が無いのか?」

「なにが?」

「あの男達に聞いたぞ。ドラゴンが人に化けて、街で酒を飲みながら、スゥハと呟いて泣いていた、と」


 いや、僕は街では泣いてないよ。泣いてなかった、はず。泣いていた、かも?


「街の人間達はドラゴンのことを心配しているらしい」


 心配されている? 僕が?

 そういえば、あの人達の僕を見る目。あれは、憐れみ? 泣いている子供を見るような目で、僕を見てたっていうのか?

 なんてことだ。はぁ。


「地上最強生物ドラゴンが、人間に心配されて守られるわけには、いかないね」

 

 森の中の一本道。街が大きくなったできた、森を切り開いてできた道。

 そこを鎧を着た兵士達が集団で歩く。

 その道の続く先、街を守る街壁の上には守備隊と傭兵が弓を持って立っている。

 ドラゴン討伐隊の中から騎馬兵が三人、街に向かって走る。街の門の前で、


「我々はノーザート国、ドラゴン討伐隊! 街の者は邪悪なるドラゴンの討伐に協力せよ! 今すぐに門を開けよ!」


 街壁の上、聖女の服に身を包みリウムが返答する。


「断る! 我が街はどこの国の領地でも無い! ドラゴン様を討伐などと無礼千万! 今すぐに国に帰るがいい!」

「ならば力ずくで圧し通る! これはドラゴン討伐の為! 正義は我らにある! 大人しく門を開けた方が街のためぞ!」

「欲にまみれた口で正義を語るな下郎! 街の聖域を荒らすなど断じて認めぬ!」


 リウムの剣幕に騎馬兵は、後悔するなよ、と言い残して戻っていった。

 リウムってずいぶんと気が強いな、と見てたらふらついたところを守備隊の男に支えられていた。

 なんでそんなに頑張るんだよ。もう。

 

 ドラゴン討伐隊がその数を見せつけるように街に向けて進軍する。

 街ひとつ落とすには充分かもしれないけれど、それで僕を討伐しようなんてなめられたもんだ。

 ここ何十年とドラゴン討伐隊の相手なんてしてなかったけれど。

 森を切り開いた一本道、森に隠れた別動隊の方はフイルに任せて僕は本隊の相手をしよう。

 変わり者と呼ばれても僕はドラゴンだ。

 小さな子供みたいに守られるとか、冗談じゃない。その気持ちは嬉しいけどさ。


 余裕を見せるドラゴン討伐隊、その目前に高空から大地を穿つように着地する。

 地響きが止めばそこに立っている者は一人もいない。無様に転ぶ兵、逃げ惑う馬、倒れた馬車。

 上から見下ろし語りかける。


「ドラゴンスレイヤーを名乗りたい奴から前に出ろ。踏み潰してやる」


 しばらく待っても誰も出て来ない。尻餅ついて固まってる。間近でドラゴンを見た驚愕から立ち直る者がなかなかいない。

 やっぱりスゥハって度胸があったんだな。

 あと、あの街の人達の方がやっぱり変なんだな。

 炎の吐息で焼き尽くそうと息を吸い込んで、


 ――やめた。そんな気が失せた。

 代わりに空を見上げて大きく吠える。


 オオオオオオオオオオオオン!!


 それだけでドラゴン討伐隊は泣き喚きながら逃げて行った。

 昔に相手をしたような根性のある剣士みたいのは、一人もいなかったみたいだ。

 振り向いた街の方を見ると、喜んでいるかと思いきやシーンと静まりかえっていた。

 街壁の上にいる守備隊は泣きそうな、辛そうな顔をしている。なんで?

 リウムが顔を覆ってわぁわぁ泣いていた。


「ドラゴン様、なんて悲しそうな声を……」


 あれ? 普通に吠えただけのつもりだったのに。守備隊の隊長らしい男が、


「スゥハ様が亡くなられて、一番辛いのはドラゴン様なのに……」


 えーと、お気遣いありがとう。街の議員のアルフラが目頭を押さえて、


「喪に服しているドラゴン様を私たちの都合で引っ張り出してしまったのか……」


 喪に服してる、と言えばそうかもしれないけれど。

 なんだろう、この空気。すごく憶えがある。スゥハがいきなりなにか言い出して、僕がそれを理解するまでに時間のかかる感じ、にすごく似てる気がする。


 街壁の上では、


「う……、私達は、いつまでもドラゴン様とスゥハおばぁちゃんに頼って、守られて、なんて、なんて情けない……」


 リウムだけかと見てると、つられて泣き出したのが何人もいる。

 僕、余計なことしちゃった? 手出ししないほうが良かった?

 うん、フイルが言ってたけど、この街の人達がおかしい。これもスゥハの影響、というか教育の結果?。

 このまま飛び去ろうかと思ってたけど、ちょっと挨拶しておこう。なんだかみんなして僕に謝っているし。

 街にゆっくり近づいて。


 街の門の前まで来て、ちょっと戸惑う。なんて話しかけようか。でも気取っても良さそうな言葉が思い付かないし。なので、なるべく優しく、


「泣かないで、リウム」

「……ドラゴン、様ぁ」

「僕の名前はユノン。白鱗銀角のユノン。スゥハがいなくなって、落ち込んでて、街の人達には心配かけたみたいだね」


 街壁の上の人達が僕の近くに集まってくる。街の門が開いて街の人達も僕の前に集まってくる。


「僕からお願いがある」


 みんな静かに僕の声を待つ。


「酒場の人達かな? あんまりドラゴンが泣いてたとか、言いふらさないで欲しい。……恥ずかしいから」


 肩をすくめて言うと、何人かが冗談だとわかったのか、クスクスと笑う。


「僕はちょっと旅に出ることにする。友達に誘われてるんだ。だけど、ここにはまた帰ってくる。……うん、帰ってくるというのがしっくりくるな。そのときはみんなよろしくね」


 リウムが手を組んで僕を見上げる。


「お待ちしています。この街はいつまでもユノン様のお帰りをお待ちしています」

「ありがとう。じゃあみんな、元気でね。あと、真面目に頑張るところは素敵だけど、次からは上手くやって乗りきってね」


 羽ばたいて空を飛ぶ。一度高く飛んでから街の人達に見えるように、街の上を飛ぶ。

 ドラゴン様、ユノン様と呼ぶ声に、手を振る街の人達に、尻尾を振って街を離れる。

 久しぶりにミレスと二人で、さて、どこに行こうか。


 


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