第7話


 ドラゴンの姿に戻るとスゥハはようやく僕を見てくれるようになった。まだ少し顔は赤いけれど。

 つまりスゥハは人間に化けた僕を見るのが恥ずかしい、ということか。ドラゴンの姿は平気なのか。

 初めて会ったときはオシッコ漏らすほど怖かったみたいだけど。

 ただ、恥ずかしがっているスゥハを見たときに僕の胸にモワンと湧いた感情。あれはなんだったんだろう?

 いままでに感じたことのない奇妙な感情、気分、衝動。なんと説明したらいいかわからない。

 スゥハの生活設備を整えてから、観察分析することにしよう。

 冬は雪に閉ざされるということで、その時期に調べてみることにしようか。

 スゥハには残りの果実を夕食にしてもらって、僕は製作にとりかかる。


 気がついたら朝だった。もう朝? 集中すると時間が過ぎるのは早いなぁ。

 一晩頑張ってみたものの、あまり作れなかった。とりあえず使える物、というだけで出来映えとかは二の次三の次にしてるんだけど。

 洞窟の外で作業してたから明るくなってゆく森が見える。

 細かい作業もあったから目が疲れた。


「おはようございます」


 スゥハが洞窟から出てきた。作業机には短い梯子をかけたからスゥハでも上り下りできるようになった。


「おはよう、スゥハ。寒くなかった?」

「綿のおかげで暖かく眠れました」


 僕はスゥハを見る。


「スゥハ、正直に言って。ちょっと震えているのは?」

「その、森の中ほど寒くはありませんでした」


 それはつまり、まだ寒いということだよね。

 作ったものの中からまずはこれから、


「履いてみて」

「サンダル、ですか」

「どう?」

「えっと、ちょっと大きい、ですね」

「なるほど。次は足の大きさを測ってからだね。目算だとこうなるか。一応紐で固定できるようにはなってる」

「ありがとうございます」

「いちいちお礼は言わなくていいよ。次は熊か猪を捕まえて毛皮のブーツを作るから」


 次は大樹の巣穴。


「えぇ?」


 中に入ったスゥハが驚いている。

 僕は開いた扉から中を覗く。

 扉もつけた。扉までは梯子をやめて階段にした。木の階段はいずれ腐るだろうけど、腐る前に石の階段を作る予定。

 中の床は苦労したけど綺麗にまっ平らにした。ドラゴンの姿だと中に入れないから人に化けて中で作業した。

 魔法も併用したけど仕上げは手作業でカンナがけだ。

 床と天井が天然の木目でかっこいいのは予想外。

 削ったばかりの木の匂いが充満している。

 部屋の隅には白い綿の固まり。

 水を汲んできた樽を手に持って、扉から手を突っ込んで部屋に入れて、と。


「そっちの壁には暖炉を作って入れる。煙突も作る。今はなにもないけど、壁も綺麗に磨いて窓もつける。今はこれでどうかな?」

「あの、十分です」

「いや、まだまだ完璧にはほど遠い」


 次は洞窟の中へ。樽に水を汲むついでに魚もとってきた。余計に作った樽の中では川魚がいて、まだ元気に泳いでいる。


「で、こっちの樽には果実。この篭はキノコに山菜。こっちの樽には日保ちする芋と玉ねぎ」

「は、はぁ」

「で、これがスゥハの大きさに合わせて作った台所。竈に包丁、鍋、フライパン、お玉。こっちの箱の中は砂糖でこっちの箱の中は塩でこの壺の中は油。足りないものがあったら教えて欲しい」

「あの、なにが足りないかはすぐにはわかりません」

「そりゃ実際に使ってみないとねぇ。なのでスゥハは自分のご飯はここで作ってね。できる?」

「はい、できます。あの、ユノン様のお食事は?」

「僕の分はいらない。ドラゴンの味覚とかわからないでしょ? 作るのはスゥハが自分で食べる分だけでいい。そろそろ昨日の夜から焼いてる木炭ができるころだから持ってくるね」

「木炭……」

「次は粘土を焼いて皿とかカップとか作らないと、木彫りの器もいいけど問題は表面の加工と上薬かなぁ」

「陶器も作られるのですか?」

「あの湯飲みも僕が作ったんだよ。それとランプも作った。洞窟の中は暗いけどこれがあればいいかな? 油はそこの壺の中のを使ってね」


 スウハのサイズのランプを渡して、外に出て炭焼き窯を見に行く。急拵えで僕としてはもう少し手を加えてしっかりとつくりたい。だけど今はこれで良しとしとこう。

 時間が限られるというのはこういう不満も飲み込んで先にいかないといけないのか。

 新しい発見が多い。それに少し疲れたな。

 疲れるなんていったい何年ぶりの感覚だ?

 できたての炭をスゥハの台所に持って行く。さぁ、炭火焼きで魚でも芋でも好きに焼くといい。


 スゥハは魚をさばいて芋とキノコを鍋で煮込んでいる。

 だけど、なんだかやりづらそう。


「スゥハ、作業しづらそうだね」

「あの、鍋も重くて包丁もちょっと大きいです。でも慣れれば使いこなせます」

「いや、慣れる必要は無い。僕が丈夫に作ろうとして失敗したんだ。頑丈にして長持ちするかなーと。結果重たくなったし、鍋の熱伝導率も良くない。スゥハの筋力を考えて次は薄く軽くつくるから」


 砂糖湯を飲みながらスゥハの調理と食事を観察する。スプーンもフォークも大きいかぁ。僕が人間に変化した大きさを参考にするとダメみたいだ。

 人に化けた僕とスウハじゃ、手の大きさも筋力も違う。それにスゥハは小さい。人間の女として極端に小さいのでは無いけれど。

 これまで他の誰かが使うものなんて作ったこと無いから、これは気をつけないと。

 とにかくスゥハの規準、スゥハのサイズで作る。これから注意。

 スゥハを見ると、いまいち食が進まない様子。


「どうしたのスゥハ? 美味しくできなかった?」

「違います。美味しいです。すごく美味しいです。塩に砂糖なんて高級品もあって」

「それなら昨日みたく美味しそうに食べたらいいのに」

「美味しいから、私ひとりだけこんな贅沢をしていいのかと、なんだか悪いことをしてるような気分になってしまって……」


 美味しいものを食べると悪いことをした気分になる。難しい子だなぁ。どうしよう?


「スゥハにはこれからやってもらいたいことがある。だからそのためにもちゃんと食べて仕事できる状態でいて欲しいんだけど」

「仕事ですか? 私にできますか?」

「それなりに体力使うことになるから、今のうちに食べておいて」

「わかりました」


 急に元気になってもぐもぐと食べる。やる気が出たみたいだ。

 スゥハがご飯を食べてる姿を見ると、なぜか安心する。

 なんでだろう?


 創物魔法『糸』


「こんな感じで僕は糸とか綿とか出せる。だけど布は出せないんだ」


 洞窟の中でスゥハの背丈くらいある糸の山と綿の山を見て、


「すごい魔法ですね」


 ランプを持ったスゥハが感心したように言う。


「スゥハにやってもらいたいのはこれ。この糸車で糸をまとめて使いやすくして欲しい」

「わかりました」

「そしてこの布織機。これにまとめた糸をセットして布を織る。できた布でスゥハの服とか布団とか作って欲しい」

「布を織る道具、ですか」

「使い方を教えるね」


 変化魔法『人間』


 人の姿で実際に布織機を使ってみせた方が使い方の説明としては解りやすいだろう。


「足下のペダルで縦糸を動かして、この縦糸の間に横糸を通す。そしてこの板で横糸を押さえつけたら、足下のペダルを踏む。そしてまた横糸を通す。板で押さえる。足下のペダルを踏む。これを繰り返すんだけど」


 スゥハを見ると顔を赤くして手で目を覆っている。


「スゥハ、ちゃんと見てたの?」

「お願いします。服を着てください!」

「その服を作るために布を作らないといけないんだ」


 僕は裸で布織機に座っている。だって服が無いんだから仕方ない。


 黒鱗赤角の悪友、ミレスと人に化けて街に行って最初にしたことは、干してある洗濯物を盗むことだったからなぁ。

 まず最初の一着めを入手するまでがたいへんだった。


「スゥハが布を織って服を作ってくれないと、僕の服は一着も無い」

「は、はい」

「だから布織機の使い方を憶えて欲しい」

「はい」

「わかったら手を下ろしてちゃんと見て」


 スゥハはおずおずと手を下ろす。その顔は赤くなって右の黒い瞳は涙目になっている。

 小さく震えている。

 スゥハのその顔を見ていると、僕の胸にまたモワンとしたものが湧いてくる。

 なんだろう、この気持ちは。なんだか、

 もっとスゥハを、恥ずかしがらせてみたい?

 

 スゥハは僕を見て、布織機に視線を動かして、それでもチラチラと僕を見る。耳まで赤い。スゥハの目は僕の裸の胸とか肩とか腹とかをチラッと見ては慌てて布織機に視線を戻す。


「じゃもう一度、よく見てね。足下のペダルで縦糸を動かす。縦糸の間に横糸を通す。板で押さえる。ペダルを踏んで縦糸を動かす。スゥハ、足下のペダルの操作をよく見て」

「は、はいー」


 声が小さくなってる。

 なんだろう、なんだか、楽しくなってきた?


「スゥハ、ちゃんと見てる?」

「み、見てます……」

「本当に? じゃ、今度はこの布織機がどんな動きをしてるか解りやすく、ゆっくり動かすからよく見ててよ」

「はぅ、はい……」

「それと糸のセットの仕方はね」


 じっくりとたっぷりと布織機の説明をする。使う分には必要ない機構の説明までしてしまった。

 糸のセットの仕方では逃げるスゥハの視界の中に入ろうと、必要の無い余計な動作などしてしまう。


「それでね」

「わかりました! もう布織機の使い方はわかりましたから!」

「ほんとにー?」

「1度使わせてください。間違ってたら教えてください」


 スゥハに布織機を使わせてみる。で、驚いた。

 物覚えがいいのか、さらりと使いこなした。糸のセットから最後の取りだし方までバッチリだった。


「どうでしょうか?」

「いいよ。じゃ布作りに糸巻きがスゥハの仕事。もしも布織機が壊れたら教えてね。あとは任せてもいいかな?」

「はい。すぐにユノン様の服をお作りします」


 そんなに急がなくてもいいんだけどなぁ。

 ちょっと残念。

 ん? なんで残念なんだ? 僕は。


 スゥハの後ろで腕を組んでその仕事ぶりを見る。スゥハはテンポよく布織機を動かしている。

 初めて扱う布織機を動かすのに集中して、一度も振り向いてくれなかった。

 一回くらい振り向いて欲しかった。

 振り向いてたらどうなったんだろうね?

 スゥハー、後ろ後ろー。

 心の中でこっそり呟いた。

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