第四章 まさかの急展開

――二月二十一日――

 再び、明堂は林崎を睨み付けた。

「何でこんな真似を? 報復のつもりか?」

 低い声で問い質す。

「報復?」

 林崎は軽く首を傾げた。

「される覚えでもあるのかな。僕はただ、あなたたちの望み通りにしてやろうと思っただけだよ」

 彼の口調は淡々としていて、何の感情も読み取れなかった。

「誰も望んでない、こんなこと」

 明堂は苛々と言い返した。

「俺は何度も警告したのに、無視して勝手なことばかり……」

「またそこに戻るのか」

「事実だろう」

「堂々巡りだね。あなたの話がそれだけなら、もう行くよ」

 林崎が向きを変えた。

「どこへ行くつもりだ?」

「学校。こうなった以上、他に行く場所なんかないだろう」

「あ、おい、待て」

 引き止めようとする明堂に目もくれず、林崎はそのまま行ってしまった。明堂はあとを追おうとしたが、無駄だと悟ったのか、思いとどまって足を止めた。

「くそ――逃げられたか。でもまあ、これで振り出しに戻ったわけだな」

「勇」

 深紅が進み出て、明堂の肩をつついた。

「紫杏が放心してる」

「え? ああ」

 明堂はそこでやっと、紫杏がいることに気付いたようだった。

「ごめんね、紫杏ちゃん。驚いただろう? えーと……とりあえず、俺たちも学校行こうか」

「あ、はい……」

 四人でひとかたまりになって歩き出したあとも、紫杏はまだぼうっとしていた。

「紫杏ちゃん、大丈夫?」

 明堂が心配そうに声を掛ける。

「少しは落ち着いた?」

「はい。あの……」

 紫杏は途切れ途切れに呟いた。

「この世界にも、林崎くんは存在したんですね。……何だか、私の世界の……私の知ってる林崎くんとは違ってて……」

「いや、あれは君の知ってる林崎だよ」

 明堂は思いも寄らない答えを返した。

「えっ?」

「ここは君の世界で、あいつは君のよく知ってる、君の世界の林崎寛人」

「でも、私はまだ……元の世界に帰って来たわけじゃないって、冷くんが」

「君は元々世界を移動したりはしてないんだ。ここはパラレルワールドじゃない」

 紫杏はますます混乱した。――パラレルワールドじゃない?

「でも……でも、この世界のみんなは魔法が使えなくて」

「使えるよ」

 明堂は携帯電話を取り出し、ふわりと宙に浮かべて見せた。

「え――! ど、どうして」

「今まで、自分は魔法なんか使えないと思ってたから、やってみなかったんだよ。試してみたら、使えたよ」

 どんどんこんがらがって来て、紫杏は頭を抱えた。

「それって、記憶がおかしくなってたってことですか? 私以外、みんな? どうして……?」

「勇」と、深紅がまた明堂をつつく。

「ちゃんと説明してあげなよ」

「そうだな。じゃあ、えーと……土曜日、道端でばったり紫杏ちゃんに会ったよね?」

「はい。先輩は深紅とデートの最中で……」

「そう。それで君の事情を聞いた。どうやら別の世界から飛ばされて来たらしい、と」

 明堂は校門の脇で足を止め、塀に寄り掛かった。

「この世界では珍しいと言える魔法を、君のいた世界では誰もが当たり前に使っていた。その魔法がありふれた世界で、校内一の魔力を持っていたクラスメートが、こっちの世界には存在しない。なるほど。俺はまず、こう考えた――そいつこそが諸悪の根元なんじゃないか? そいつが君を、パラレルワールドに飛ばした……」

「そんな、まさか!」

「うん。それはおかしい」

 明堂はあっさり認めた。

「そもそも、パラレルワールドだって考えること自体無理があるんだよ――な? 冷一」

 明堂の視線を追って、紫杏も冷一に注目した。冷一はばつが悪そうに口を開いた。最初にパラレルワールドだと考えたのが自分だったからだ。

「おととい、明堂先輩たちと別れたあと、一週間前の朝のことを話しただろう。それぞれの世界で、俺たちがどんなやり取りをしたか……」

「全く同じだった」

 紫杏は咄嗟にそう答えた。冷一が頷く。

「待てよ、おかしいだろって思った。いくら何でも一致し過ぎてる。こんなパラレルワールドはおかしい。まして二つの世界には、魔法のあるなしっていう大きな違いがあるんだから」

「……で、俺に相談を持ち掛けたわけだ」

 明堂が冷一の話を引き取って言った。

「昨日、二人でこそこそ会ってたらしいよ」

 深紅がわざとらしく頬を膨らます。

「うちに来れば良かったのに、何で勇なの?」

「別にこそこそなんてしてない」

 冷一は真面目に反論した。

「試したいことがあったんだよ。自分じゃ出来るかわからなかったし、明堂先輩なら確実だと思って」

「まあ待て。その話はまだだ。とにかく、順を追って話そう」

 明堂に制されて、深紅と冷一は口をつぐんだ。

「続けていいかな?」

 全員が頷くと、明堂は再び話し出した。

「冷一に言われて、俺も考えたんだ」

 確かに、魔法のある世界とない世界なら、もっと色々差が出ていいはずだ。けれど話を聞く限りでは、違いは二つ。一人の人間の存在と魔法の有無だけ。こんなパラレルワールドはあり得ない……。

「……となると考えられるのは、世界はそのままで、記憶が変わってるってことだ」

 明堂は紫杏の顔を覗き込んだ。

「おかしいのは、君の記憶? でも実際、俺は君が魔法を使うところを見た。魔法は間違いなく存在する。その魔法で、俺たちの記憶を操作した奴がいるんだ。そいつはどこかから、変わった世界を面白がって眺めていた」

 紫杏は明堂を見つめ返した。

「……どこかって、どこですか」

 鞄を持つ手が震える。――違う。そんなはずない。

「さあねえ」

 明堂は顎を撫でた。

「俺なら、素知らぬ振りしてそばに残るだろうけど、あいつはこの世界から消えることを選んだみたいだね」

「消える……?」

「もちろん、本当に消えたわけじゃない。だから冷一の言う『実験』を試すことにしたのさ。冷一は半信半疑だったけど、俺には絶対の自信があった」

 明堂はもう一度、携帯を宙に浮かべた。

「昨日、これに向かって呼び掛けてみたんだよ――『林崎』って」

「……!」

 紫杏は息を呑んだ。

「番号は押さなかったのに、確かにどこかに繋がった。相手が何も言わなかったから、一方的にしゃべっただけだったけどね」

「何を、言ったんですか」

「明日の朝、学校で会えないかって言ったんだ。話があるからって。出来れば、今まで通り、同じ学校の生徒として会いたいって言っといた。つまりは魔法を解けってことだ。うまく行ったよ――今朝になったら記憶が戻ってた」

「私も」と深紅が言った。

「頭の中に二種類の記憶があるみたいで、何か変な感じだった」

「俺が起きてすぐ電話した時、随分動転してたよなあ」

 明堂がくすくす笑って深紅をからかう。

「だって、ただでさえ混乱してるのに、紫杏の部屋を覗いたらもぬけの殻じゃない。今度は紫杏までが消えたのかと思って」

「で、慌てて駆け付けたってわけ」

「途中で冷一にも連絡してね」

 冷一は二人の言葉に頷くだけで、特に口は出さなかった。

「林崎くんは勇の誘いに乗って来たのに、そこにいたのが紫杏だったんで驚いたんじゃない?」

「うん。林崎にとって唯一の誤算は、紫杏ちゃんが魔法に掛からなかったことだな。あいつがそれに気付いてなければいいけど」

「大丈夫だよ、紫杏は落ちこぼれだもん。さっきの林崎くんの口振り、勇が自分の魔法を見破ったんだって思ってたみたいだし」

「でも、何で紫杏ちゃんには魔法が効かなかったんだろう? 魔力が弱いと魔力を寄せ付けにくいのかな……」

 明堂と深紅があれこれ言い合っていたが、紫杏はほとんど聞いていなかった。冷一がじっと自分を見ていることにも気付かなかった。――ただ、何をどう考えたらいいかわからず、立ち尽くすばかりだった。



 他の三人と別れ、紫杏は気持ちの整理が付かないまま、校舎の階段を上っていた。

 ――本当に全部、林崎くんのやったことだったの? もしそうなら、理由は? どうして林崎くんがそんなことを……。本人に、直接聞いてみる? ――何て? その前に、どんな顔して会えばいいの?

 頭を悩ませているうちに、教室に着いてしまった。

 紫杏は深呼吸してからドアを開けた。中には何人かの生徒がいたが、林崎の姿はなかった。さっき、確かに先に行ったのに、まだ来ていないなんて……。またどこかへ消えてしまったのかと慌てて見回すと、彼の机に鞄があった。

 ドアにもたれてほっと息をついた時、声を掛けられた。

「おっはよ」

「あ、貴美恵……おはよう」

「どうしたの? 何か顔色悪いよ」

「ああ……うん。大変な一週間だったな、と思って」

「なになに? 猛勉強でもしてたの?」

「そうじゃなくて――」

 急に不安になり、紫杏は貴美恵を見た。

「貴美恵、今日、魔法使った?」

「もちろん。でないと遅刻しちゃう」

「そう、戻ったんだね、貴美恵も。良かった……」

 紫杏は改めて教室の中を眺めた。ノートが浮いている。時折、窓の外を生徒が飛んで行くのが見える。

「みんな元通り……。明堂先輩の言った通り、元の世界に戻ったんだ」

「戻ったって、何が?」

 貴美恵が首を傾げる。

「だから、記憶が……」

 紫杏は言葉を切った。微かな違和感。

「……もしかして、覚えてないの?」

「何のことよ」

 ――林崎くんが魔法を使って、また新しい記憶を植え付けたってこと? みんなの心の中を、変えてしまう魔法を。

「そんなにすごい魔法を、林崎くんは、こんなに簡単に……」

「林崎くんがどうかした?」

 鋭い声に振り返ると、静香が廊下の先に立っていた。ウェーブの掛かった長い髪を背中に流し、後頭部にはレモン色のリボン。間違いなく、この世界の静香だ。

「今、林崎くんのこと話してたでしょう」

「え、あの……」

 静香はつかつかと近付いて来て、紫杏の腕を引っ張った。

「あの、何?」

 紫杏は逃げ腰になりながら聞いた。

「話したいことがあるの」

「は、話したいこと? でも、授業が……」

「じゃ、昼休み。ちょっと時間取れる?」

「え……」 

「昼休みに理科室で。いい?」

 正直、嫌だった。彼女と二人きりになるのは怖い。

「あ……」

「来てくれるよね」

「あの、屋上じゃだめ?」

 つい口走ると、静香は眉を吊り上げた。

「何で屋上?」

「え、えーと……」

「ま、いいか。屋上なら誰も来ないし。じゃ、昼休みにね」

 ――はい、と言うしかなかった。

「なあに、紫杏。坂巻さんに目を付けられた?」

 隣の席に座りながら、貴美恵が心配そうに顔を寄せて来た。

「一体何やらかしたの?」

「ん……私にもよくわからない」

「昼休み、一緒に行ってあげようか?」

「大丈夫」と答えたものの、ちっとも大丈夫ではなかった。

 ――話って何だろう。何言われるんだろう。林崎くんのこと? 坂巻さんは林崎くんのことが好きで……だから……「彼に近付くな」――とか?

 悶々としていた紫杏だったが、林崎が教室に入って来るのが見えると、静香のことなど頭から飛んでしまった。

「あ、林崎くんだ」

 貴美恵も気付き、顔を上げて挨拶する。

「おはよう、林崎くん。一週間振りかな? 風邪、治ったんだね」

「おかげさまで」

 林崎はにっこり微笑んだ。

「風邪……だったの?」

 紫杏は思わず聞いた。

「そうだよ」

 林崎は紫杏にも笑い掛け、椅子を引いた。

「あ……」

 紫杏はどきっとした。――林崎が隣に座る。すごく久し振りだ。すごく……緊張する。

「どうかした?」

「あ、ううん、何でもない」

「――そう? でも、話したいことがあるって……」

「え?」

「さっき言ってたよね」

「坂巻さんのこと? 林崎くん、聞いてたの?」

「坂巻さん?」

 不思議そうに問い返されて、紫杏は自分が今朝、林崎に告白しようとしていたことを思い出した。

「あ、ああ……あれは――あの話はもういいの」

 ――本当は、良くなんかない。良くなんかないけど……。

 林崎の瞳が紫杏を見つめる。その瞳に吸い込まれそうな気がして、紫杏は慌てて目を逸らした。

「そう」

 林崎はそれだけ言うと、顔を正面に戻した。

 ――また、伝えられなかった――激しい後悔が、紫杏の胸を締め付けた。



 その日の授業は頭に入らなかった。気付くと昼休みになっていて、席を立った静香がドアの前で待っていた。早く、と言おうとしているのが見て取れる。

 行きたくなかったけれど、逆らうことも出来なかった。紫杏は渋々彼女のあとに続いた。

 屋上に出た途端、強い風が吹き付けて来た。いつにも増して寒い。

「嫌だ、また雪でも降るのかな」

 静香が腕をさすった。

「……何きょろきょろしてるの?」

「え、あ――ごめんなさい」

 謝りながらも、紫杏はもう一度、ぐるりと視線を巡らした。辺りには冷たい空気が渦巻いているだけで、人っ子一人いなかった。冷一が、しばらく屋上へは来るなと言っていたことを思い出す。

 ――ああ、こんな時に限っていないなんて。

 冷一を探すのは諦め、紫杏は覚悟を決めて静香に向き直った。

「あの――話って何?」

「そんなにびくびくしなくていいよ。私はみんな知ってるから」

 やけに愛想良く、静香は言った。

「何の……こと?」

「もちろん、林崎くんのことだよ」

 体が縮み上がった。――やっぱり知ってるんだ、坂巻さん、私の気持ち……。

 逃げ出したい衝動に駆られたが、紫杏は踏みとどまった。ひるんでちゃだめだ。立ち向かうんだ。

「あなたも仲間なんでしょ?」

 そう。坂巻さんは仲間なんだから……え?

「仲間?」

 紫杏は拍子抜けして聞き返した。

「仲間って?」

 ――同じ人のことが好きだから……仲間?

「当然よね。あなたは日野原深紅の姉だし」

「深紅……? 深紅が何?」

 ――どうしてここで、深紅の名前が出て来るの?

「深紅の彼氏の明堂先輩が、仲間たちのリーダーなんだものね」

 ――明堂先輩?

「待って。ねえ、仲間って、一体何のこと?」

「林崎くんと敵対してる人たちのことよ」

 紫杏は絶句した。

 ――何、それ。何の話をしてるの? 敵対って……坂巻さんは、林崎くんのことが好きなんじゃないの?

「あなた、まさか、何も知らないわけ?」

 静香が呆れ返って紫杏を見た。

「でも、林崎くんの噂は聞いてるでしょ」

「噂?」

「魔法の能力テストで、林崎くんが不正をしたって噂」

「不正? 林崎くんが……?」

「私も怪しいとは思ってたんだ。二年生なのに、上級生を抜いて成績トップ。絶対おかしいもん。林崎くんが魔法得意だなんて、聞いたことある? 私は女子で一番だったけど、元から優秀だってみんな知ってるし」

「……」

「だから、林崎くんは事前にテストの内容を知ってたんじゃないかって噂が流れて。問い詰めようとした三年生たちと揉めて、林崎くんが相手に傷を負わせたらしいの。その上全く反省する様子がないもんで、明堂先輩が立ち上がったのね。あいつをこのままにはして置けないって」

 紫杏は無意識に首を振った。そんなのでたらめだ、と思った。坂巻さんはでたらめを言ってるんだ。――けれど――そういえば、今朝、林崎と明堂は妙なことを話していた。報復とか、警告とか……。

「私もね、色々協力してるのよ。バレンタインには、林崎くんにチョコレートを贈ったの。彼への呪いをたっぷり込めてね。ほら、あいつずっと学校休んでたじゃない。風邪だなんて言ってるけど嘘よ。きっと、何らかのダメージがあったのよ」

 得々と語る静香を、紫杏は血の気が引く思いで見つめていた。

 バレンタインに拾った静香のチョコレート。あの中に仕込まれていたのは、惚れ薬でも、恋敵を追い払うための罠でもなかった。林崎に向けた、悪意と呪い――。

 ――そんなものを、私は林崎くんに渡してしまったんだ。深紅は怪しいって言ってたのに。もし、林崎くんが病気や怪我をしていたら……どうしよう。私のせいだ。私があの時、気付いていれば……。

「ね、だから、今後も手が欲しい時は、いつでも頼ってくれていいからね」

 静香が顔を近付けて来たので、紫杏は一歩後ずさった。二人の間を風が吹き抜けて行く。静香はぶるっと身震いした。

「ああ、寒い。そろそろ教室戻ろうか?」

 紫杏は答えなかった。

「凍えそうだよ。ねえ」

 なおも紫杏が黙っていると、静香は肩をすくめ、「じゃあ、お先に」と言い残して去って行った。

 彼女がいなくなると、身を切るような寒さが急に和らいだ。

「この一週間記憶が変わってたこと、俺たち以外は誰も気付いてないみたいだな」

 冷一が何食わぬ顔で隣に立っていた。

 もう驚く気にもなれず、紫杏はおざなりに笑顔を作った。

「やっぱり、いたんだ」

「知らない奴が来たら隠れることにしてる」

「役に立たない番犬みたい」

「お前が来させたんだろ、あいつ」

 紫杏の皮肉を気にする風もなく、冷一は続けた。

「普段は誰も来ない。来たくならないように魔法を掛けてる」

 紫杏はまた、弱々しく笑った。

「冷くんてば……嫌いだなんて言いながら、こんなところで魔法を使ってたんだね」

 冷一は紫杏を見下ろした。

「ショックだったのか? さっきの話」

 紫杏は冷一を見上げた。

「冷くんは知ってたの?」

「……いや」

「そう……」

 冷一も知らなかったということに少しだけ安堵し、尋ねてみる。

「どう……思う?」

「どうって……何とも。あいつの、他人の口から聞いた話だけじゃ判断出来ない」

「そうだよね」

 ただ……と、冷一は言った。

「バレンタインに呪い入りのチョコレートを渡すなんて、怖いなとは思う」

 ――実際に渡したのは私だ。その事実が胸に突き刺さり、紫杏は泣きたくなった。

「チョコレートで思い出したけど……お前のチョコレートはどうなったのかな」

 冷一がふと話題を変えた。

「パラレルワールドじゃなかったんだから、この世界のどこかにあるはずだろ」

「あ……」

 ――そうだ。世界を移動したわけではなかったのに、何も変わっていなかったのに、あのチョコレートは消えていた。どうして? 一体どこに――。

 そこまで考えて、急に力が抜けた。

「……どうでもいいよ」

 冷一が目をしばたたかせた。

「どうでもいいって……」

「どうでもいい、あんなもの」

「必死で探してたのに?」

「いいの」

 もう、どうでもいい。今は――ばかみたいにバレンタインだチョコレートだと浮かれていた自分が情けなくて――悔しいだけだ。

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