Still Raining, Still Dreaming - 2

 雨が街を穿ち、ざあざあと音をたてる。

 それをかき消すように車の中には軽いサウンドのギターと、英語にしても何を言っているかわからないボーカルが響いている。

 セックス・ピストルズというバンドだ。

 このバンドについては一言だけでいい。パンク・ロック・バンド、これに尽きる。

 1970年代後半に活躍し、ロンドンでのパンク・ブームの先駆けとなったバンドであるらしい。彼らの音楽性や斬新なファッション、そしてその突き抜けた思想スピリットは多くのアーティストに影響を与えたという。

 ちなみに「パンク」とは「針」のことで、彼らの針のように尖った髪型からパンク・ロックなんて名前になったのだ、ということをこの友人から聞いたことがある。……少し怪しい話だと思う。

「…………」

 そんなことを考えている間も、無言の時間は延びている。普段一人で静かにいるくせに、二人でいると沈黙が怖くなってしまう、この自分の臆病さに呆れてしまう。

「あ、あー……」

 出す声も情けない。これでも大学生というのに。

「どうした?」

 対して友人は明るく切り返す。こういうところ、「天は人の上に人を造らず」と書いた福沢諭吉を疑いたくなる。

「いやさ、結局、パンク・ロックって、どういうものなのか、って思ってさ」

 変に緊張して、言葉が切れ切れになる。またやってしまったと暗くなる僕の心とは反対に、友人の声は元気を増した。

「おお、お前もついに興味を持ったか。いいぜ、教えてやる。

 パンク・ロックが生まれたのは70年代だったんだが、その頃のロックってのは既に頂点に達してたんだ。成長しきってて、むしろ頽廃たいはいしかけてた」

 腐りかけだったわけだな、と続ける。

「ギタリストにはジミ・ヘンドリックスとかの神様がいたし、プログレッシブ・ロックは最先端すぎて何やってるかわかんねーし、オカマみたいな格好するグラム・ロックは入り込みづらい。要は難易度が上がりすぎてたんだ。

 ロックもロックをやる奴も成熟して、技術が進化する反面、初期のロックにあったような、『バカっぽい』とか『やかましい』とか、そういう勢いが無くなってた。

 そういう風潮に異を唱えるように生まれたのがパンク・ロックなんだ。使ってる音は単純で演奏は下手くそだし、歌詞には何の捻りもない。けど逆にそういうのが俺たちみたいな年頃に受けた。

 よくパンク・ロックはさ、『ロックがロックに噛み付いた』なんていう言い方をされるけど、あれって、結局のところ『そこらにいる若者でも、誰でもロックってのはできるんだ』っていうのを証明したってことなんだよな」

 一気に語ると、また口を閉じる。僕はといえば、再び聞こえてきた雨の音に焦っていた。

「……じゃあ、パンク・ロックを一番初めに演奏したのは誰なんだ? やっぱり、セックス・ピストルズとかなのか?」

「いや、確かにロンドンのパンクは有名だが、発祥はニューヨークなんだと。

 74年に結成されたラモーンズというバンドがあるんだが、そのバンドの拠点だったのが、パンク・ロック発祥の地として有名なライブ・ハウスのCBGBなんだ。

 CBGBは、70年代のブームからは外れた、実験的な音楽をできるような所だったらしい。そこのバンドのひとつだったラモーンズが演奏していたのが、今で言うパンク・ロックだったということだな」

 右手の方から、と息を吐くのが聞こえた。それを待って、僕はもう一つ質問する。

「てことは、セックス・ピストルズはその流行りに上手く便乗した、ってわけなのか?」

 僕の問いに、友人は僅かに顔をしかめる。

「うーん、セックス・ピストルズが、というよりそのプロデューサーが、かな」



 そしてまた話し始める。駅までの道に反して、長い講義になりそうだ。

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