ピンクノートの男
小生は台に仰向けになり、禍々しくも神々しい、眩しい光を数分、はたまた数時間浴びました。その場所に入院をし、その光を数日くりかえしました。
あの光は、当時の小生には、なんとも形容し難い、特別な光でした。恐ろしいと同時に、とても魅力的でした。あの様な光を、あの日以来見た事がない。
きっとあれは、エスエフ映画で、宇宙船が人を連れ去っていく光の様なもの。核の光が、遠くからみれば、とても美しいと感じてしまえる様な仕組みと同じなのです。
あれ以来、小生は変わりました。合法で、覚醒したのです。
何をしても疲れを知らず、集中力が桁外れに高くなった。
周りで努力をしている人とは、物事に割ける外的時間が違うのです。さらには、小生の場合、割いてる時間が、とても濃密なわけです。
あの日以来、ビデオゲームや、レポート関連の成績、つまりは時間をかければ評価されるモノに関しては、常にトップを取って参りました。
時間のズルを見破られない為に、中、高、大、を通して、クラブ活動はしておりません。
「お前、どーなってんの?何でそんな時間あんの?」などと言われれば、
「俺はさ、筋金入りの帰宅部だから。バイトも、皆んなみたいにしてないし。」
小生は、そう言って戯けるのです。
小生は、友人達の反対を押し切り、残業の多い企業に、就職しました。
所謂ブラック企業などではありません。残業をした分は、しっかりと給料が出る、十二分にまともな会社です。小生はそう思いました。
就職をすると、小生は少し、楽になりました。自身の、面目を誤魔化せたと云う事でしょうか。
敢えて作業を遅らせ、残業代を稼ごうとする人にも出会いました。この人もまた、私と同じ、ズルい人間です。
しかし、そんなズルの花園にも、情熱を持った人間がいるものです。小生は、その方々の情熱にも応えたかった。
その方々と汗を流して、週末に飲む酒が、なんせ、本当にウマかった。あれは…あれが同志でしょうか?(仮に、小生がズルなどしていなければ。)
なかでも、一番記憶に残っている先輩が一人います。彼は10コ歳上で、上司と呼ぶには、余りにも仕事が出来ず、余りにも小生と親しくしてくれました。
しかし彼は…なんせミスが絶えない。連日、叱られ、連日、泣いていました。
何故、修羅の道を行くのか?何か他に…ないのか?卑怯な小生は、そう思いました。
「僕は、僕はこの会社が大好きなんです。辞めたくありません。すみませんでした。もう一度やらせて下さい。お願いします。」彼は泣きながら、朝礼で叫びました。
そうか。小生はそう思いました。
小生は顔を上げる事が出来ませんでした。彼は、間違いなく小生よりも、情熱を持っていました。
とはいえ、やはりミスは絶えません。
「お前は馬鹿だから一日でやる事を毎日メモしろ。」
その説教以来、彼はピンクの大学ノートを連日持ち歩いていました。しかし彼は、一日の初めに自分の工程表を作るのではなく、一日の終わりに、一日で自分が取った行動を、事細かに大学ノートに記していくのです。
それは、つまりただの…日記でした。
それを知って、上司はとうとう呆れ果てました。「どこまでも馬鹿だな」と。
「10コ下のコイツに仕事で、抜かれてるんだぞ。」と言って、小生を指しました。
小生は顔向けできなかった。タイムカードを切った後も最後まで会社に残り、ピンクノートにペンを走らせるその姿に。盲目に何かを信じているその後ろ姿に、小生は馬鹿だなんて言えなかった。
少し時間が空き、二人の人間が退社しました。
上司は、「あいつらはサボタージュだった」と言いました。
つまりそれは、彼らに退社を強制したと云う事なのでしょうか?
サボり癖のある彼と、ピンクノートの彼が、クビになりました。
最後の出勤の日、ピンクノートの彼が、小生を酒に誘ってくれました。「こんな早く仕事終わるの久しぶりだしさ。」などと、全く笑えない冗談を言いながら。
小生は彼が盲目だった、五里霧中に何かを信じていたのだと、信じたかった。そうでもなければ、卑怯な小生は思ってしまうのです。何故こんな簡単な事もできない?いささかでも反省しているのならば、そんなミスはもう二度と起こる筈はなかっただろう?と。
あなたのそれは、演技なのですか?
あなた、ズルをしているのですか?
小生は断りました。仕事が残っていると、嘘をつきました。
彼と最期に酒を交わしていたのなら、それは、ウマかったでしょうか?マズかったでしょうか?
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