映画館で心理戦

 週末。楽しみ一割、緊張七割、早く終わって欲しい二割という気持ちで俺は待ち合わせ場所の映画館前に行った。15時という遅めの時間を指定したこともあって、きちんと10分前に待ち合わせ場所に到着する。

 土曜の15時だけあって周りは混んでいる上に、結構な割合でカップルが混ざっていて腹が立つ。脳内でカップルをヘッドショットする遊びをしていると、カップルの中に一人きりの女子がいるのを見つけた。


 若草色のふんわりとした膝上までのワンピースに、薄桃色の短いカーデガンを羽織っている。よく見ると髪もいつもはストレートだが、ちょっと毛先をウェーブさせている。これは俺でも分かるのだが、だいぶ本気の私服ではないのだろうか。


「ごめんごめん、服選んでたらちょっと遅れちゃって」


 そう言いながら内海は早足でこちらへ歩いて来る。反射的に時計を見ると、確かに15時1分だ。細かっ! 別に1分の遅刻なんて気にせんわ!

 が、そこで俺はふと思い出す。内海は比較的しっかりした女子である。一度一緒に大会の大会に参加したこともあったが、30分前には会場入りしていた。対戦前の「よろしくお願いします」と対戦後の「ありがとうございました」も欠かさない。そんな彼女が服を選んでたとはいえ遅れることがあるだろうか。いや、ない。ということは。


「さてはデート相手が遅れた時の俺の反応を見るためにわざと遅れてこようと思ったが、やっぱり申し訳なくなって遅れるのは1分に留めたな?」

「えっ、ちょっ、先輩エスパーですかっ……///」

 俺の言葉に内海は珍しく顔を赤らめて動揺していた。前回のラインのやりとりでは一本とられたので、今回はやり返したことに少し満足する。


「……でもそこまで分かっているなら大人しく『全然待ってないよ』って言ってくださいよ。いじわる」

 この微妙に不貞腐れた感じの表情、初めて見たかもしれないけど、お菓子を買ってもらえなかった子供みたいで少し可愛いな、と思ってしまう。いや、それはさておき今はデートの練習だ。


「悪い悪い、でもありがとな」

「へっ? 何がですか?」

 ちょこんと首をかしげる内海。

「俺が臨場感をもってデートの練習が出来るようにわざわざおしゃれな私服選んできてくれたんだろう?」

 俺の言葉に内海はすごい微妙な表情をした。具体的に言うと、何でその情報からそういう結論になるのか理解できない、という雰囲気だ。なぜだ? 俺もなぜそう思われるのか聞き返したい。が、俺が困惑していると内海は諦めたようにため息をつく。


「まあ、おしゃれって言ってくれたので許してあげますよ。先輩ですし。ていうか先輩はその服でデートするつもりですか?」

「げ」

 やばい、相手が内海だからってうっかり大会のときとかと同じ服で来てしまった。俺は今Tシャツにチェックの長袖シャツ、下は普通の茶色いズボンという何の捻りもない普段の服装である。むしろ俺の中ではこのチェックの長袖シャツはおしゃれな方の部類にすら入る。


「はあ。これは次回は服選び編ですね。まあここはこれくらいにしていい加減中入りましょうか」

 え、次回? 謎の単語が出てきたが内海がさっさと行ってしまったので俺も仕方なく後を追った。


 その後俺たちはパンフレットやグッズを見て回った。特に買うつもりは全くなかったが、見てる分には何となく楽しい。ちなみに内海は俺と違って女子高生しているせいか、流行りの映画にも詳しかった。

「あ、ポップコーン買おうよ」

 不意に内海が売店で売っているポップコーンを指さす。映画館でよくある大きめのバケツに山盛りに入っているあれだ。どうでもいいが、何で映画館ではポップコーンなのだろうか。比較的咀嚼音が小さいからだろうか。


「そうだな」

 何気なく返事してから俺は気づく。これは嵌められたのでは!? これがデートの練習である以上、ここは俺が自然な流れでポップコーンを買ってくるところだろう。俺の自腹で。何なら飲み物も一緒に買うべきかもしれない。

 とはいえ、せっかく内海がデートの練習に付き合ってくれてるんだ、それくらいは俺が出すのが礼儀だろう。


「何か飲みたい物あるか?」

「うーん、じゃあジンジャーエールで」

「分かった」

 俺は売店でポップコーン一つとジンジャーエール、そして自分用のアイスコーヒーを買う。万一映画が詰まらなくても寝ないようにするためだ。

「はいこれ」

 俺は買ってきたジンジャーエールを差し出す。

「ありがとうございます、はい」

 すると自然な流れで内海は飲み物代とポップコーン代の半額を出してくる。


「考えすぎだったか……」

 そう言えば内海はそういうところはしっかりしたやつだった。くそ、たかがデートの練習だというのに考えすぎてるぞ俺。もしかして緊張しているのか? いや、相手は内海だ。今まで散々デュエルしてきた仲じゃないか。今更何を慌てることがある。堂々としよう。とりあえず俺は内海が差し出した小銭を財布にしまう。


「どうしたの?」

「何でもない。よし、チケットを買いに行くか」

 とりあえず今の流れのおかげでチケット代は俺が出さなくても良さそうなことが分かった。ふう、これならチケット購入も大丈夫だろう、と思って列に並ぶ。そして俺たちの番が回ってくるのだが。


「15時30分からの『天地の子』お願いします」

「はい。本日カップルデーのため、カップルの方はもれなく10%割引しております」

 受付のお姉さんはにこやかな営業スマイルで告げる。するとなぜか急速に内海の顔が真っ赤になる。

「~~~っ! わわわ私たち、かかカップルに見えます?」

 いや、単に年が近そうな男女二人だったから機械的に割引してくれてるだけだと思うんだが。大人しく割引されておけばいいのに、受付のお姉さんに心理戦挑むな。可哀想にお姉さんもどうしていいか分からずに固まっている。仕方ないので俺は助け船を出す。


「あ、カップルで大丈夫です」

「~~っ!」

 さっきからカップルという単語に反応しすぎじゃないか?

「は、はい、かしこまりました。現在席の空きが少なくなっておりまして、お隣同士ですと前の方になってしまいますがよろしいでしょうか?」

 ちらりと内海の方を見ると固まっていて使い物にならなさそうである。仕方なく俺は勝手に話を進める。

「はい、大丈夫です」

「ではこの二席をどうぞ」

 その後、内海が元に戻るまでさらに数分かかった。

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