第13話 種明かしはその後で



 今日は金曜日だと思ったら土曜日で、おまけに祝日だった。どうりでお客が多いはずだ。


 バイト先を出る時、手にすり込んだシアバターが、清潔なホテルの部屋に置いてある真新しいタオルのような匂いをさせている。


 カンカンカン、と安っぽく甲高いハイヒールの音を響かせながら、「お先」と一言残して巻き毛の女が従業員出入り口のドアを出ていく。


 俺が乗るはずだった電車はあと二分でホームに滑り込んでくる。急げば間に合うけど、ソールのすり減ったブーツはこんな雨上がりは危なっかしくて、スッ転んだりしたらそれこそ大ダメージだ。次の電車でもまだ、彼との約束の時間には間に合う。


 ヘッドフォンからは、鼻カゼをひいたカエルみたいな声で「~I’m waiting for my man」と歌うルー・リードの声がする。この時、彼は何歳だったんだろう。この頃、もしもニューヨークの街角でルーに出会えるようなことがあったら、一回ぐらいヤラせてくれたんだろうか。


 大好きだよ、貴方の声が。その声が、舌の先みたいに、指の先みたいになって、夜ごと、俺の身体をまさぐりにやってくる。なんて最高な気分。ルーも「~I feel fine」と歌ってる。


 女はいらない。男が欲しい。俺はそういうヤツだから。


 好きだな。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの1stアルバム。

 レコードのジャケットがアンディ・ウォーホルが描いたバナナの絵のヤツだよ。と言ったら思い浮かぶ?

 初めて彼の車に乗った時、そのアルバムが流れていて、すごくびっくりしたんだ。

「音楽とか芝居とか、そういうことをやってる人間にロクなヤツはいない」って言う人がたまにいるけど、俺はその人のやってることしか信用しない。音楽家なら、その人の音楽だけを信用する。鳴ってる音楽が素晴らしければ、やってる人間がどんなに下衆でも、奇人でも構わない。


 でもルーだけは別だ。彼の、あの声を吐き出す唇を、彼の肌を想像して欲情し、興奮する。あの声を発する喉に、首筋に、唇に触れてみたいと思う――。





「はい、ストーップ。何だよ。帰ってきたと思ったら、ずーっとあのオッサンのことばっかりまくし立てて」


 湯気のたったコーヒーカップを、テーブルの俺の前にコトンと音を立てて置きながら、彼が口をとがらせる。


「それ以上話し続けたら、嫉妬を通り越して俺、気が変になるよ」


 昨日たまたま、ルー・リードの夢を見た。それで、バイトの行き帰りにずっとバナナのアルバムを聴いている。


「嫉妬ってなんで? もうとっくに亡くなってるし、生きてたって逢えるわけもないし、何の接点もない人だよ」


「逢えるとか逢えないとか、生きてるとか死んでるとかの話じゃなくて、お前の中にあの妙なオッサンが生き続けてることに妬いてんだよ」


 そう言いながら「アホか、俺は」と、珍しくため息なんかこぼしてる。


 …………ほらね。思った通り。

 卒論だのバイトだの言ってここんとこ全然かまってくれない彼にハラが立って、ほんの少しちょっかいをかけてやれって思って。それでことさらにルーの話ばかりしてみたら、案の定。

 可愛いなぁ。俺のこと、大好きじゃん。


「ごめん。機嫌なおして」


 彼のほうに手を伸ばして、指先で下唇に触れた。

 そう。

 もうコーヒーなんて飲んでないで、早くベッドに行こう。

 そこには、世界中で一番卑猥で幸せなキスとセックスが俺たちを待ってるよ。




 End



★お題「ちょっかい」(「風」「ちょっかい」「秋」のうち一題使用)

 ルー・リードもヴェルヴェッツもいまだに聴いてます。

 



 ♯一次創作BL版深夜の真剣60分一本勝負 2016年10月参加作

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