帰路

遠藤良二

第1話 デイケア利用者との関係性

 山崎は今の時間帯は勤務中。精神科デイケアのスタッフをしている。精神科デイケアとは、精神科に罹っていて社会復帰に向けてリハビリをするところ。運動、読書、ミーティング、小旅行などを患者である利用者と一緒に活動する。


 利用者の中でも様々な病気を抱えて通っている利用者がいる。うつ病、統合失調症が大多数を占めている。デイケアに参加中、病状が悪化して大きな声で叫び出したり、急に泣き出したりする利用者もいる。


 山崎はこの精神科デイケアに勤め出したのは今年の春から。現在22歳。彼女はいない。彼は自分の容姿に強いコンプレックスがある。それはデブ、男性にしては高いとは言えない160センチくらいの低身長、ハゲ、ニキビ顔というところ。


 そんな山崎を馬鹿にして笑う利用者がいる。周りの女性スタッフも笑いながら、

「山崎さんにそんなこというんじゃないの!」


 と、叱ってはくれるもの、全く効果なし。そりゃ、そうだ。スタッフからして笑っているのだから。仕方ないなと彼は思っている。でも、デイケアに就職したばかりだから、笑い飛ばすようにしている。辞めるわけにはいかないから。


 山崎は休日には釣りか読書をして過ごしている。夏は渓流釣り、秋は秋鮭釣り、冬はチカ釣り、もしくは氷の張った湖に穴を空けてテントを張りワカサギを釣る。その場で油で揚げて食べる。格段に旨いと彼は思っている。読書で好きなジャンルはミステリー、恋愛、ファンタジーなど。


 この土地に来てから友人と呼べる人も山崎にはいなく、デイケアの男性職員とたまに食事に行くくらいなものだ。その男性職員は、上原という。26歳で独身。でも、1つ年下の彼女はいる。いつも上原の周りには女性がいて、ちやほやされている。だから、彼は明るく見えるのか? と、山崎は思っている。


 利用者の中にも、24歳の女性がいて山崎には頻繁に話しかけている。昨日も午後からのフリータイムという自由時間の間、恵は山崎の傍にいる。恵が山崎のことが好きなんじゃないかと思われるくらいに。彼女は無職でデイケアに通うようになって約1年になる。山崎は恵の病名は知っているし、性格も徐々に分かってきた。


 恵の病名は、統合失調症だ。でも、元気がいい。

「山崎さん、おはようございます!」

「おはよう! 恵さん。元気そうだね」


 彼女は笑顔でこちらを見詰めている。今の時刻は午前9時過ぎ。デイケアの各部屋のドアが開放される時間だ。山崎は廊下で恵と会ったのだ。

「はい! 調子はまずまずです」

 山崎はデイケアの各部屋の鍵を開けていく。

「山崎さんは体調どうですか?」


 利用者の中でスタッフである山崎の体調気遣ってくれる唯一の存在。ありがたい。と、彼は思っている。


 時刻は10時近くになり送迎で来た利用者が7人、ズラッとやって来て名簿に名前を書くために列になっている。


 朝の会は10時15分から始まる。午前のプログラムは、読書の時間、というタイトルのもの。


 今日のデイケア利用者の参加者は15名でいつも通りの人数。プログラムに寄って多少前後はするけれど。


 40代の高木というスタッフが、

「今日、日直やってくれる人」

 と、言うと、

 2人手が上がった。


 高木は、

「この二人の内、最近、日直やってないのは……」

 2人を見やる。

「りあさん! やろうか」

「はい!」


 そうして高木は名簿をりあに渡した。

「みなさん、おはようございます!」

 始まりの挨拶からりあは出席を取り始めた。その後、体調と気分を皆に訊いた。これは、5段階あって1が体調、気分共に悪い。5は最高に気分も体調もいい。そういった流れだ。それも全員に訊き終え、りあは、

「ラジオ体操を始めます」

 と皆に声をかけた。ぞろぞろと利用者とスタッフが廊下に出た。ゆっくりとした時間が流れている。りあはラジカセの反対側にいたのでラジカセの近くにいる利用者が再生のスイッチを押した。ラジオ体操第一が流れた。


 それも終え、全員部屋に戻った。長机をたたみ、端に寄せ、椅子を19席を皆で並べた。利用者が15名とスタッフが4名。


 ここのデイケアの利用者は男性6割くらい、女性4割くらいで年代は老若男女様々だ。全員で約40名くらいいるだろうか。でも、登録してあるだけで、来ない利用者も半数はいる。来ない理由は、スタッフ間で話しているのは、面倒だから、仕事があるから来れない等、憶測だけれど結構、的を得ていると思う。


 りあは端の方に座り、スタッフの主任である高木が動き出した。皆の前に立ち、話し出した。

「さて、みんな。今日は読書の時間です」


 廊下側に座っている山崎を見る。彼は印刷した紙を全員に配った。アイコンタクトというやつだ。ここまで高木主任とコミュニケーションを図れるわけだから徐々にデイケアの雰囲気にも慣れてきていると思う。他のスタッフや利用者とも少しずつにコミュニケーションを図れるようになってきた。そう山崎は思っている。


 その紙には啓発本のようで抜粋して印刷してある。わざわざ選んでうちこんであるようだ。どのスタッフがやったのだろう。後でチラリと訊いてみよう。内容は、


①自分を大切にすることをやめる

②なりたい自分になれなくていい

③生きるか死ぬか以外は大したことではない

④人生はネガティブ


 この4つが書かれていた。凄い内容だと感じた。考えたこともないこと。山崎はそう思った。じっと見ていると、

(僕なら、③を読みたい)

 と思った。


 スタッフの上原は、

(①をよみたい)


 笹田亮子は30代のスタッフ。彼女は、

(ワタシは②がいい)


 三者三様だ。


 デイケアにすっかり慣れたりあは、


 この中で読みたい文章があれば手を挙げてください。高木主任はそう言った。すると、手を挙げたのは、恵だ。

「恵さん、ありがとう! どれを読みたい?」

「わたしは、①です」

「うん、それはどうして?」


 高木主任はいつも質問の答えに対して、なぜ、そう思ったか理由を訊いてくる。これを面倒に感じる利用者もいれば、楽しいと感じる利用者もいるようだ。ちなみに、山崎は面倒に感じている様子。

「わたしは、デイケアに来るまで何年もリストカットとODをしていました。ODとは大量の薬を一気に飲むことです。それもデイケアに来るようになって半年経ちますがしなくなりました。これは一見、自分を大切にしているように思えますが、そうは思っていません。深く考えてはいませんが自然のなりゆきでそうなりました。意識してやめたわけではありません。結果が全てと考えるわたしはそういう結果になってよかったと痛感しています」


 山崎は恵の印象は非常に真面目で頭がいいと思っている。


 山崎と同じくらいの4月に恵がデイケアにきた。今は10月だ。入ってきた時と今はそれほど極端に違わないが、少し変わったと感じる点がある。それは、以前より表情に変化がある、ということ。最初は緊張していたせいもあるかもしれないが、表情の変化が乏しいと感じた。なぜ、乏しいのか詳しくはわからないけれど。


 高木主任は、

「じゃあ、①の自分を大切にすることをやめる、を音読してもらえる?」

「はい、わかりました」

 数分で読み終わり、

「お疲れ様、ありがとう」


 と、高木主任は恵に優しそうな笑顔を浮かべながら言った。この笑みは一体どこまでが本心なのだろう、と山崎は思った。思ってはいけないことかもしれないが、言わなければいいだろう。


 利用者とスタッフ全員が感想や意見等を言い、午前のプログラムは終了した。

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