第36話 (R15)

「やはりおまえはこの色の髪の方が良く似合っている」

「年寄りに見えませんか」

「少なくとも・・・小娘には見えぬ」とライオネル様に言われた私の顔に、思わず笑みが浮かぶ。


「私は20歳、数ヶ月後には21歳になります。立派な”行き遅れ”の上、恋愛経験皆無の女ですよ」

「そうか。という事は・・・おまえは30の俺よりも若いんだな」

「そうなりますね」

「だろうと思った」


私の顔に、思わず笑みが浮かぶ。

そして、私の髪を梳くように何度か撫でたライオネル様は、満足気な声でそう言うと、手を離した。


「そう言えば・・・さっき夢を見ました。予知夢ではなくて、過去・・私が幼い頃、実際に体験した出来事。母と過ごした良き思い出の一つだったのに、夢を見るまですっかり忘れていました」

「夢の内容を俺に話してみるか?」

「勿論です」と私は言うと、スプーンを置いて、ライオネル様に微笑んだ。


「あれは・・いくつの時だったのか、そこまでは覚えていません。母と私は森にいました。母の手のひらには小鳥がいました。その小鳥は両足を怪我していて、でも出血はしていなかったので、恐らく骨折をしていたのだと思います。小鳥は飛びたくても飛べません。足の痛み、仲間や家族とはぐれたのではないかという小鳥の怯えが、私にも伝わってきました。私は母に頼みました。小鳥の怪我を治してほしいと。母はニッコリ私に微笑むと、勿論よと言って・・・そして、もう片方の手を、小鳥の、怪我をしている部分にかざすように当てながら、両目を閉じて、何か呟き始めました。当時の私には、母が何を言っているのかは分かりませんでしたが、母が小鳥の両足を治してくれる事はいました。そう、。だから、それから数分後、何事もなかったように小鳥が飛び立った姿を見たのも、母と私にとっては、ごく自然の成り行きでした」

「ほぅ。恐らくおまえの母上は、生物を癒す能力を持っていたのだろうな」

「だと思います。そして母はよく、と会話をしていました。私には時々視えて―――大半は感じて―――他の人たちには視えないと。母は、ベリア族の能力について、私には何も言いませんでしたが、小鳥の事等も含めて、誰にも言ってはいけない、そして母以外の誰にも、その力を見せてはいけないと、それだけはよく言われました。だからでしょうか、その、他の人たちには視えない存在の事は、時が経つにつれて、私はあまり感じなくなりました。その代わりなのか、人間の言葉を話さない動物や植物が何を言っているのか、全般的にではありませんが、分かるようになりました」

「例えばウルフか」

「そうです。でも、それは他の人たちには分からない事で・・・私も説明し難い事だし。やはり母の言ったとおり、この事は誰にも言わない方が良いと判断しました。そうして年月が経ち、一月ひとつき程前から夢を見るようになりました。元々夢は見ていたのだと思いますが、それは今までにない感覚で」

「予知夢か」とライオネル様に言われた私は、コクンと頷いて肯定した。


「実は、その時見た夢に、あなたが出てきたんです」

「初予知夢が“俺”か」

「はい。エイリークから聞いたのですが、ちょうどその頃、あなたは花嫁を探していたのですよね?」

「・・・その通りだ」

「念のために言っておきますが、その時私は、あなたという存在を知りませんでしたよ。なので最初私は、こういう男の人が自分の好みと言うか・・・こういう男性に恋をしたいのかと・・つまりですね、自分でも気づいていない、心の奥底で願っている事が、夢として現れたのだと思っていたんです。だから、夢の中でいつも“来い”と言っていたあなたが実在している事に、ものすごく・・・本当に、驚きました。声まで同じで。国王の通行証でもある、獅子の紋章入りの指輪も。唯一違っていたのが髪の長さでしたが、それも、婚姻の翌日には全く同じになって」

「それは驚くだろうな」と言ったライオネル様の声は、感心しているように聞こえたので、私はホッとした。


「確かに驚くべき事ですが、それ以上に恐怖もあります。夢の内容にもよりますが。私は・・・できれば、予知夢なんて見たくない。母様かあさまのような癒しの力が私にあれば良かったのに。そうしたら、病気のフィリップを癒すことができる。母様だって癒すことが・・いえ、生き返らせることができたかもしれない。それに・・・もしあなたが怪我をしても、私は・・・癒すのに。殺すなんてそんな事、ゆ、夢でも・・・見たくないし、あなたが・・死んでしまう夢なんて、もう見たくないっ」


・・・なんて、そんな私の胸の内をライ様にぶつけても、ライ様だってどうしようもない事なのに。

それどころか、迷惑極まりないはずなのに。


「すみませ・・・・・・」


必死に泣き止もうとしている私を、ライオネル様は自分の方へ向かせると、そのまま唇にキスをしてくれた。


まさか、ライ様にキスをされるなんて・・・予想どころか想像すらしていなかった私は、驚きで目を見開いたものの、すぐに目を閉じて、ライ様の唇と、舌と、逞しい背中の感触を、唇と舌と手で感じ始めた。


「おまえには食事と休養をできる限り取らせるつもりだったが・・・もう抑える事ができぬ。おまえが欲しい」とライオネル様は言うと、トレイを脇に放るように退け、私を押し倒した。


「今夜。一晩中・・・今まで抑えていた分、いや、それ以上・・・」

「あぁ・・・・・・っ!ライ様、私、わたしも・・食事なんて、いらないっ!私が欲しいのは、あぁぅっ!」

「何が欲しい。ん?メリッサ、言え」

「そ、それっ。ライ様の、それっ!すべて・・・私の中で、いっぱいに・・・ずっと、ぁんんっ、満たして、ほし、いっ!」

「ならば、今夜は俺を・・・堪能し尽くせ」


・・・やっと分かった。私はライ様と出会う宿だったのだ。

この人なら・・この人の、国王としての力量と、心の優しさがあれば、ラワーレの村人たちの窮状を救う事ができる。

事情はどうであれ、ライ様と出会った事は、ラワーレの村人たちにとって、母様が夢で言っていた「未来を救う明るい光」になるはずだと、ライ様と一つに繋がっている間、私は確信した。

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