第32話

小ぢんまりとしている王宮内の避難部屋には、私の他に、エイリーク、レイチェル、そしてニコがいる。

ライオネル王がこの部屋に入って来るのを、今か今かと待っていた私に、レイチェルが熱い紅茶を淹れてくれた。


「王妃様。どうぞ」

「ありがとう」

「お砂糖は入れますか?」

「いいえ、いらないわ」

「何か軽く食べれるものを、ニメットさんに持って来てもらいましょうか?」と優しく聞くレイチェルに、私は顔を横にふった。


「ありがとう。でも・・ほしくないから」

「そうですか」

「それよりレイチェル。あなた、座った方がいいわ。私も座るから。ね?」

「・・・では。すみません」


ここ数日、レイチェルは体調が思わしくないのかしら。

私を護衛しているから・・・。

無理をさせてしまって申し訳ないという気持ちを抱きつつ、手に持っているカップから温かさを感じる事に、どこかホッとしていたその時。


扉がバンと開いて・・・・・・ライオネル王が部屋に入って来た。

王のすぐ後ろにはマーシャルもいる。


私は、横にあるテーブルにカップを置いた。

カチャンというカップの音が聞こえる。

もしかしたら紅茶をこぼしてしまったかもしれないけれど・・・そんな事、今はどうでも良い。


すぐに立ち上がった私は、ライオネル王しか見ていなかった。

そしてライオネル王も、私をじっと見ていた。


ライオネル王が、一歩私に近づいてくる。

と思ったら、あっという間に私のすぐそばまで来た。


「ライ・・・」

「無事だったか。マイ・ディア」


・・・何故この人は、こんな時まで私に優しくしてくれるのだろう。

何故私は、この人の笑顔を見て、安堵しているのだろう。

私には、ライ様の大きな手で頬に触れてもらう権利なんて、本来無いはずなのに・・・。


「・・・・・ぅぅっ。ライ、様・・・」

「サーシャの事なら大丈夫だ。殺してはいない」


涙を流す私を抱きしめながらそう言ったライオネル王に、「本当?」とエイリークが聞く。


「ああ。他ならぬおまえの頼みだったからな。クイーンも喜ばぬだろう。今は手当室にいる」

「あ、そう・・・礼を言うよ、ライオネル。そして二度とサーシャにそんな血迷った事はさせないと約束する」

「行ってやれ」とライオネル王が言うとすぐに、エイリークは部屋から出て行った。


扉が閉まった音が聞こえた私は、「ライオネル様」と言った。


「何だ?ディア」

「・・・貴方に全て・・真実を全てお話します」

「私どもは席を外しましょう」と言ってくれたニコを見ながら、私は「いいえ」と答えた。


「ここにいてください・・・その、もしライオネル様がそれで良いと言うのなら」

「・・・おまえたちは部屋の外で待っていろ」

「ライオネル様・・・!」


それでもニコとレイチェル、マーシャルの三人は、不服な顔を全然見せずに「はっ!」と返事をすると、私たちに一礼をして、静かに部屋を出た。








「私は・・・メリッサ・ランバートと申します。私の生みの父は、ラワーレの王である、フローリアン・ドレンテルトですが、その事実を知ったのは、つい最近・・・数週間前の事です」


私はそっとライオネル王から離れると、床に膝をついた。

王は靴音をコツコツと響かせて、大きく頑丈そうな椅子にドッカリと座った。


尊大に座るライオネル王は、私に一言、「続けろ」と言った。


私は、異母妹である正姫・ジョセフィーヌ様になり代わって、ライオネル王の所へ嫁ぐ事になってしまった事から、ライオネル王を殺す命を受けてしまった事、ロドムーンを乗っ取ろうとしているドレンテルト王の計画、そして予知夢の事まで、包み隠さず全て話した。



「・・・サーシャは・・・私が中々、その・・を遂行できない事に、かなり焦っていました。それで・・・」

「おまえが昨夜うなされた事は、ニメットたちにも知らせたからな。できるだけ寝かせておけと命を出しておいた。それでサーシャは、おまえが俺に全てを話したのではないかと疑ったのだろう。それでも俺が生きている、という事は、おまえはもう俺を殺すことはできぬと判断した上で、ならば自分が殺るしかないと思い至ったのだろうな。全く・・・。何やら臭う薬を塗った剣を、俺に向かってふり回していたが、愚かな奴よ。俺の重そうな体躯に騙されおって」

「さっ、サーシャには、村に家族がいます。私にも・・・」

「男か」

「はい?えっと、えぇ。フィリップが・・・母が亡くなった後、私を育ててくれた、いわば私にとって父親のような存在で・・・」

「あぁ、祖父程の年だという」

「はぃ・・・」


それを話したのは、初めての夜の、ライオネル様に抱かれた時だった・・・と思い出した私の頬が、じんわり熱くなる。


「とにかくっ、あなたを殺せなかった事をドレンテルト王が知れば、村人たちは殺されてしまいます。でも・・・でも、私にはあなたを・・・誰も殺す事なんてできません。人の寿命を勝手に絶つなんて、私には・・・できません。ライオネル様、あなたを騙して、そしてロドムーンの民を騙して、本当に・・・心から申し訳なく思っています。サーシャがあなたに行った暴挙は、とても許せる事ではないと分かっていますが、お願いです。私はどのような処罰も受けます。私を殺してもらっても構いません。どうか・・どうか、サーシャの命は・・・それと、ラワーレの民にも罪はありません。ですからどうか、ラワーレの民にも御慈悲を」


と私が言っている途中で、ライオネル王がスクッと立ち上がった。

そしてまた、靴音を響かせて、私の方へ歩いてくる。


まだ剣を抜いてはいないけど、でももう私は・・・!


この場でライオネル王に殺されるのだという恐怖はあった。

けれどそれ以上に、もう王を殺さなくていいという安堵感と、そして・・・もう王に会えないと思う寂しさを、私は今、抱いている。


私は両目を閉じて、頭を垂れた。


ごめんなさい。さようなら、ライ様。

そして・・・ありがとう・・・・・・。


しかし、ライオネル王は私に剣を振り下ろすことはしなかった。

代わりに私の腕を軽く掴むと、「立て」と言いながら、私を立たせた。


「・・・・・えっ?あの」

「来い」


・・・あぁそうか。

いくらなんでもここで剣をふるのはちょっと・・・よね。

きっとこの王宮には、「処刑室」のようなものがあるのよ。

・・・それとも、庭園で「公開処刑」、とか・・・。


ライオネル王は大股且つ早足で歩きながら、部屋の扉をバンと開けると、すぐそばに控え立っていたニコたちを無視して、そのままツカツカと歩いて行く。

王に腕を掴まれている私も、王に引っ張られるような形で歩いた。


「王」

「出かける」

「どちらへ」

「ラワーレ王国」


端的に答えるライオネル王の声からは、どことなく苛立ちと怒りを感じる。

それだけに、王の口からラワーレへ行くと聞いた私は、口を「え」の形に開いたまま、隣の王を仰ぎ見た。


に急用ができた。マーシャル、ジュピターの用意をしろ!」

「はっ!」

「お待ちください、王!」と背後からニコに言われたライオネル王は、やっと止まったけれど、私の腕はまだ離していない。


「何だ」

「一時の激情に駆られて闇雲に動くことは、一国を統治する王らしからぬふる舞いかと」

「俺にどうしろと言うんだ!」

「まずは冷静に。それから御命令を」


眉間にしわを寄せて、かすかに震えているような気がするライオネル王は、フゥと息を吐いた。

そして私の腕に置いている手に、わずかに力を込めると、今度はゆっくり歩き始めた。

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