第20話

「国の経済の活性化の一環です。それで私も、幼少の頃から花の収穫や茶摘み等の手伝いをしていました。私は術師程、植物や薬草の知識は持ち合わせていませんし、薬やエッセンスを作ることもできませんが、花に関する知識は多少詳しい方かもしれません。例えばそこの台の上に飾られている赤い花はヒナゲシ、反対側の台の上の飾られているピンクの花はコスモスだとか。でも、稲という作物は見た事がないですし、緑茶という存在を知ったのも飲んだのも、初めての事ですわ」

「そうでございましたか。して、緑茶のお味はいかがでしたか?」

「少々渋味を感じましたが、とても美味しかったです」

「緑茶は順調に育ったが、サツマの生育は芳しくない。恐らく土地が合っていないのだろう」

「やはり・・・では、黒い米が穫れる稲を植えてみようかと思うのですが」

「あぁ、あれか・・・。そうだな、試しに植えてみれば良かろう。ところで・・・」とライオネル王は言うと、ナイフとフォークを置いた。

そして、ラムチョップの骨を手に持つと、「おまえの母上が亡くなったのはいつだ?マイ・クイーン」と私に聞いて、ラムチョップにガブッとかぶりついた。


「・・・8年前です」


ラワーレの王妃だったアナベラ様は。


私の本当の母は、15年―――もうすぐ16年になる―――前に亡くなったけれど、それを言ってしまうと私が偽者だとバレてしまう可能性がある。

今までは、バレてしまう事に対して「どうしよう」とハラハラする気持ちが強かった。

でも今は、王に真実を言えない事に、嘘を積み重ねて偽者を演じ続ける自分に、悲しみを感じてしまう・・・。


「もし母上がまだ生きていたら、きっとおまえと花の話で盛り上がっただろうな」

「・・え?」


・・・今のはライオネル王なりの賛辞のように思えて・・・何故か嬉しくなった私は、「たぶん、尽きる事なく」と答えてニッコリ微笑むと、王と同じようにラムチョップの骨を手に持ち、ガブッとかぶりついた。


その光景を見た公爵夫妻は一瞬、そしてパトリシアは露骨に顔を引きつらせたものの、ナイフとフォークを置き、私たちに合わせて(パトリシアは本当に渋々といった感じで)、ラムチョップを手に持って食べ始めた。


すぐさま、隅に控えていた執事が、ドアを開けて駆けて行く。

「美味な肉だった」とライオネル王が言って、ラムチョップの骨を置いて手を伸ばした所には、いつの間にか指を洗うための水が入ったボウルが、さりげなく置かれていた。












ライオネル王は、人前にいる時は、私を邪険に扱うどころか、優しく、そして敬意を持って、「王妃」として接してくれる。

二人きりの時は、まぁ・・・ほぼ同じだけど、時々冷たくなると言うか・・・特に“戯れ”の時とか。

王の仕草や態度で、「あぁ、王は私の事を偽者だと疑っている」と、改めて思い知らされる時がある。

でも総じて、王は獰猛でもなく、短気な狩猟系でもないと思うから・・・。


色々な気持ちが心中で混ざり合う中、「一人でやります!」と言い張って、やっと私一人だけで湯浴みを終えた私は、鏡台の椅子に座ると、櫛を持った。

目の前の鏡に映る自分の顔に向かって、規則的に長い髪を梳きながら、気づけばハァとため息をついてしまう。


・・・今夜も寝室は別だと言われた。

それは別に構わない!

だって、公爵の家、じゃなくて「館」はとても広いから、部屋もたくさんあるし。

それに、私たちが別々の部屋で寝ていると公爵夫妻とパトリシアに知られたところで、私たちの仲が良くないといった噂を流されても別に・・・公爵夫妻はそういう事をしないと思うけど・・・。

それがライオネル王にとって―――私にとっても―――不利な事というか、弱味なるとは思えないし。


でもまさか、他人の家にいる時まで、寝室は別だなんて・・・。


「“おまえの疑惑が晴れるまでは”を、忠実に実行しているということね。いいけど。それより仕事って、やっぱり・・“仕事”・・かしら・・・」


肩のあたりで櫛を止めた私は、それを鏡台の上に置いた。

コトンという音が、私以外に誰もいない部屋に静かに響く。


・・・ライオネル王は誰と“仕事”をするのか・・・。

娼婦を呼ぶのか、それとも、ここにいる適任な女性、つまりパトリシアと・・・。


気づけば私は椅子から立ち上がって、淡いピンク色をした絹のガウンを羽織ると、部屋から出てスタスタと歩き・・・。

数部屋離れた所に用意されている、ライオネル王の部屋の前まで来た。


「仕事の邪魔になるかもしれない」から、私たちに用意された部屋は離れている。

別に騒がしくても良いから隣でも・・・いや、これもライオネル王なりの優しさと言うか、配慮なのかしら。


と思うと、また私の心中が、黒いモヤに包まれた・・・気がする。


もう私ったら!何に対してそんなに怒っているの?!

別に怒る必要もないのに・・・。


黒いモヤをふりきるように、ゴクンと唾をのみ込んだ私は、努めて淑やかに、そして軽く、扉をノックした。


すると、すぐに「入れ」という声が扉の向こうから聞こえてきたので、私はノブを回して扉を開けた。


「・・・どうした、ディア」

「あ、あの・・・」


まさか私だとは思わなかったのか。

端正なライオネル王の顔には、落胆の表情が隠しきれていない。

やはり来るんじゃなかった・・・。


「ディア?」

「えっと!明日のウィンチェスター卿の所でも、畑へ行くのでしょう?」

「・・・そうだが」

「でしたら、明日も動きやすい服を着ようと思います。ペチコートやコルセットはなしで、という意味で・・・それだけ言っておこうと思って。では、おやすみなさいませ」


踵を返して扉へ向かう私を、ライオネル王が呼び止める。

私は一瞬ビクッとしながら、でも、王の方をふり向かないまま、「はい?」と返事をした。


「まさかとは思うが、おまえはここで俺と一緒に寝たいのか?そこまで言うなら別に構わん」とライオネル王が言ってる途中で、私は勢いよくふり向いて、「いいえっ!」と言った。


「違います!あなたと一緒に寝たくありません!」

「・・・本当か」

「本当です」

「本当に本当か?」

「本当に本当ですっ!」


ライオネル王のこげ茶の瞳に睨まれた私は、負けじと碧い瞳で睨み返す。

少し距離がある私たちの間に、碧い火花が散っているような気がする。

それこそ少しでも触れ合えば、バチッとなりそうな程に。


数秒の睨み合いの末、先に言葉を発したのは、ライオネル王だった。

 

「・・・おまえは本心を言ってないな」

「な・・・!」


上から睨み見ていたライオネル王は、腕を組んだまま、ニヤニヤと笑っている。

まさか、今ここで、“戯れ”たいとでも・・・?


冗談じゃないわっ!


「本当は俺と一緒に寝たいんだろう?」

「先程いいえと返事をしましたが。聞こえていませんでしたか?耳元で叫んだほうが良かったのかしら」と私が言うと、ライオネル王は顔を上げて豪快に笑いだした。


笑うたびに上下に動く王ののど仏までもが、すごく癪に障る!


「おまえは、俺がいなくて寂しいんだろう?だから一人ではなく、俺と一緒に寝たいと、素直に認めろ。マイ・ディア」

「私はあなたと一緒には寝ません!大体、寂しくもないし!私は、一人で寝た方が・・・・・・いいんです」


・・・そうだ。

だって、もし、また夢を見たら・・・いや、王と一緒なら、もしかしたら夢を見る事無く、見ても思い出せない程、ぐっすりと眠れるかも・・・でも、馬車でのあの時は、偶然だったのかもしれない。寝不足が重なっていたし・・・。


急に威勢の良さを失って、言葉無く考えている私を、ライオネル王がじっと見ていることに、やっと気がついた。


「どうした、マイ・ディア」と言いながら、右手を上げて一歩近づいたライオネル王を止めるように、私は一歩後ずさった。

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