第17話

「・・・クイーン。ディア」

「ん・・・・・?あぁすみませんっ!」


あぁ何て事!

よりによって、ライオネル王の腕に寄りかかって・・しかも、自分から逞しい腕を組んで、眠ってしまった・・・!!


私はパッとライオネル王から遠のくように離れると、再び「すみません!」と謝った。


「構わん。むしろおまえが熟睡しているところを起こすのは忍びなかったが、ガンザに着いたのでな」

「あ・・・そぅ、ですか」


確かに、夢も見ず・・もしかしたら見たのかもしれないけど、夢を見た事すら覚えてない程ぐっすりと眠る事ができたのは、この人のおかげかもしれない。

何となくだけど守られているような、そんな気がしたから、たとえ短い時間でも、安心して熟睡できたのかしら・・・。


「手を貸そう」


いつの間にか馬車から降りていたライオネル王が、私の方へ手を差し出してくれていた。

それを無視したり断るのは、大人気ない上、王妃らしからぬふるまいに思える。

何より、目が覚めたばかりの私の体は、ちょっと・・安定感に欠けるような気がするので、むしろ一人で降りるのは困難だ。


私はおずおずとライオネル王に微笑みかけると、「ありがとうございます」と言って、王の手を取った。






「お久しぶりです、ライオネル様!」

「ようこそクレイン王!王妃様!」


何やら外が騒がしいような気がすると思ったら・・・。

馬車から降りた途端に見えたのは、たくさんの人だかりで。

ライオネル王はもちろんと言うべきなのか、分からないけれど、私もガンザの住民にぐるりと囲まれている。


幼い子どもから年寄りまで、ここにいる彼らは皆笑顔。

ということは、どうやら私たちの来訪を、とても歓迎してくれているようだ。

彼らが私たちに危害を加えるとは思えないけれど、レイチェルとマーシャル、そして私たちに同行していたライオネル王の護衛のアールとオーガストが人だかりの前に立って、私たちと距離を置き、混乱を規制してくれている。


そんな中、私たちの前に、夫妻とおぼしき男女二人がやって来た。


「クイーン。こちらはアンブローズ・リアージュ公爵と、エマニュエル公爵夫人だ」

「王、並びに王妃様。ガンザへお越しいただき、どうもありがとうございます」

「あ・・こちらこそ。わざわざお招きくださって、どうもありがとう」

「やっと王妃様にお会いできて、とても光栄ですわ」

「まぁ、そんな・・・・えっ?!まあ!」


それは、シーザーそっくりな小犬で、違うのは毛の色くらい。

キャンキャンと吠えるような鳴き方や、尻尾を振って足元で甘える仕草まで、シーザーそっくりだ。


「こ、これはパトリシアの・・・!」

「待ちなさいギータ!待てって言って・・・あ」

「申し訳ございません王妃様!何分飼い始めたばかりなため、躾がなっておらず」

「気になさらないで」と私は答えると、屈んでその小犬を抱き上げた。

そして温かな毛並に頬ずりすると、小犬はキューンと喜びの声を返してくれた。


あぁシーザー・・・。

懐かしさのあまり、思わず私の目に涙が浮かびそうになってしまった。


「クイーン。こちらは公爵夫妻の令嬢、パトリシアだ」とライオネル王が紹介すると、パトリシアはやっと、今自分がいる場所と現状を思い出したかのように、スッと背筋を伸ばした。

「お久しぶりです、ライオネル様!」


ドレスの裾を少し上げ、膝をチョコンと曲げる姿まで、淑女レディそのもののパトリシアは、可憐という言葉が良く似合う、とても愛らしい女性だ。


「貴方様にお会いできない日々は、とても退屈で、寂しくて・・・指を折りながら、またお会いできる日を数えるのが唯一の楽しみだったと言えるくらい。だからやっと貴方様に再会できて、私、とても・・・嬉しゅうございます」

「そうか」


潤んだ目でひたすらライオネル王を見つめるパトリシアは、王のことが好きなのだろう。

きっと、この日のために髪をセットして、とびきり素敵なドレスを着て、めかしこんだに違いない。

全てはライオネル王に「再会」するために。


と思っただけで、私の心中が黒いモヤに包まれる。


でも、いや、だからか、ライオネル王が紹介したにも関わらず、パトリシアは私の存在を無視して、王にばかり話しかけている。

一方、話しかけられているライオネル王は、そっけない返事だけで全て済ませると、チラリと私の方へ視線を投げた。


ほんの一瞬だけ、でも思いきり不本意な表情を見せたパトリシアは、次の瞬間には貼りつけたような笑顔を私に向けると、やっと私の方を向いて、「はじめまして、王妃様」と、挨拶をした。


「はじめまして。貴女の事はパトリシアとお呼びしてもよろしいかしら?」

「どうぞ」

「この犬の名前はギータと言うのですか?」

「あ、はい。2週間前から飼い始めたんですけど、なかなか言う事聞かなくて。こんな事なら飼うんじゃなかった」


パトリシアの最後の呟きは、聞かなかった事にしよう・・・。

と思った矢先、公爵夫人が慌てた表情で「王妃様っ!」と言った。


「はい?」

「あのっ、御召物が・・・犬が汚れて・・・」

「え?あら、ホント」


ギータは泥道を走ってきたのか。

いつの間にか私のブラウスが汚れていた。


「申し訳ございません!」

「いいんです。私がギータを抱き上げたのだし。非があるとすれば私の方ですから。どうかギータを怒らないでください」

「でも・・・」

「本当に。ギータ。あなたはとても元気が良いのね」と私は言いながら、ギータを撫でると、そっと下におろした。


ギータは私とライオネル王の足元を、行ったり来たりしている。


「では俺たちはまず視察先の畑へ行こう。そこで服を着替えれば良い」

「そうですね。後で洗濯する時間を頂戴しても良いですか?・・って何故笑うのですか、ライオネル様。あ、ギータ。ブーツは食べれないの。噛んじゃダメよ」と私が言うと、ライオネル王はますます声を上げて笑って。


そして私の手を握って、スタスタと歩いた。








「これ・・・緑色をしているけど・・・?」

「はい。なので私どもは緑茶りょくちゃと呼んでいます」

「なるほど」と私は呟くと、それを一口飲んでみた。


「ぅん・・・・・・。ちょっと渋味があって・・でも豊かな香りそのままで。とても美味しいわ」と私は言うと、また一口緑茶を飲んだ。


「そうですか!」

「よかった」と言った声が、方々から聞こえる。


今年から栽培を始めたという緑茶というものを見たのは、実は今回が初めてで。

最初は「緑色のお茶?!」と、ビックリしながら、内心ドキドキしつつ飲んだものの、なかなかどうして、飲める味だ。


「これはどこで手に入れたのですか?」

「ここよりまだ東にある、ユースティアという国で栽培されているものでして。緑茶の茶葉と、ここで穫れた赤稲の穂を交換したんでございます」

「あぁそう。で、これは?」

「ジャガイモを薄く切って菜種油で揚げ、塩で味をつけたチップスでございます」

「・・・美味しい。緑茶が渋味だから、塩味のものは合うわね。なるほど。ジャガイモにこういう食べ方があるなんて」

「ガンザではとして、どの家庭でも食べてますよ」

「まあ、そうなの」

「サツマは」

「それが・・思ったより栽培が難しくて。それにジャガイモより小さく、水気が多すぎるため調理にも不向きでして。ユースティア産のサツマとは、えらい違いなんですよ」

「そうか。土地が合ってないのか・・・」


その「サツマ」という、ジャガイモに似たオレンジ色の小さな物体を睨むように見ながら、ブツブツと呟いているライオネル王の姿を見て、何故か私の顔に笑みが浮かんでしまった。

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