第12話

『ダメだわ』

『え?何がですか?』

『今度はロドムーンここでフォルテンシアを作ろうと思ったんだけど入手できない。タマラ先生から話は聞いてはいたけど、思った以上に毒薬の規制が厳しくて。正でも裏でも、大元の毒薬自体、“侍女”の私じゃ手に入れることができないのよ。もちろん、“王妃”であるあなたでも無理』

『あぁ、そぅですか。私は術者ほどの豊富な薬物知識は持ち合わせていないし・・・』

『そういう問題じゃなくて。ま、それもちょっとは関係してるけど。とにかく、近隣諸国から毒薬が手に入るよう、もう少しがんばってみるけど、そういう事情だから時間がかかる。あなたもボヤボヤしてないで、私をあてにせず、バレる前にサッサとっちゃって』


「いや。すでにライオネル王にはバレています」と言ってしまえば、サーシャは逃げ出すだろうか?

それならまだいい。

もし、サーシャがラワーレに逃げ帰って、ドレンテルト王にその旨“報告”したら。

フィリップや、村の人たちの命が・・・。

だから結局私はサーシャに、「あぁ」と無難、且つ曖昧な受け答えしか言えなかった。


鏡台ドレッサーの小さな椅子に座って、正面の鏡を見ながらを梳いていた私は、夕方、サーシャと交わした会話を思い出して、フゥとため息をつくと、櫛をそっとドレッサーに置いた。


・・・そうよね。

サーシャやドレンテルト王の言う通り、この“任務”は一日も早く、遂行しなければ・・・。

猶予は3週間与えられたけれど、そんなの長すぎる!


サッサと任務を終わらせて、ラワーレに戻って、またフィリップとシーザーと一緒に、山奥の小さな小屋でひっそりと暮らしながら、花や茶葉を育てて卸して・・・。


私は思わず両目をギュッとつぶった。


あの頃に戻りたい。

簡素な暮らしと幸せだった日々が懐かしい。

でも・・・。


仮に・・ライオネル王を殺して、無事ラワーレに戻ることができても、あの頃の私はもう存在しないことも、人を殺めた私が、再び幸せな日々を手に入れることはできないことも、王でも誰でも、人の寿命を勝手に絶てば、私はもう二度と、幸せになることはできないことも、分かっている。


それでも、私はライオネル王を殺さなければ・・・。


意を決した私は、椅子から立ち上がると、ライオネル王との続き部屋になっているドアの前に立った。

そして、ゴクンと唾を飲み、ドアノブを・・・回した。


けど、ドアが開かない。


「あれ・・・?あ」


『今夜はまだすることがある。おまえは先に寝てろ』


夕食時、ライオネル王からそう言われたことを思い出した。


あれは今夜、この部屋で・・・、という意味だったのか。


ライオネル王を殺さなくて済む・・いや、それ以前に、王から殺されなくて済むんだとホッとした反面、なぜか自室でひとりで寝ることに、寂しさを感じて。


私のみぞおちが、ズキンと疼いた。












翌朝の目覚めは悪かった。


夢を見たことは覚えているけれど、どんな夢だったのかは覚えていない、そんな曖昧とした感じが、心の中でモヤモヤしてるからだろう。

だから今感じているこれは、悪い予感がする胸騒ぎじゃない!

と自分に言いきかせながら、私はヨロヨロとベッドから下りた。




「おはよう、マイ・クイーン」

「・・・おはよう、ございます。ライオネル王」

「よく眠れたか?」

「あ・・・えぇ」

「そうか」


ライオネル王は、私の顔を覗き込むように見ながら呟くと、スッと手を伸ばした。

そして私の目の下を、親指の腹で優しく撫でるように触れる。


一応、精一杯虚勢を張ってみたものの、実際よく眠れていないことがライオネル王にはお見通しのようだ。

相変わらずハンサムで、その逞しい全身から清々しい雰囲気を放っている王と、どことなく干からびている雰囲気を発する私は、対極に位置しているわよね・・・。


「ライオネル様はよく眠れたようですね」

「ああ。時間はかかったが、昨夜は邪魔も入ることなくじっくりとに取り組めたからな。おかげで気分爽快だ」


王の言い方は、どことなく含みがあるように響いた。


“邪魔も入ることなく、じっくり取り組めた仕事”って・・・。

しかも、“時間はかかる”けど、“気分爽快になる仕事”と言えば、やはり・・・。


昨夜私たちは、別々に眠ったし。

性欲を発散させることは、王にとっては“仕事”の一つ・・・かもしれないし。

きっと王は、側室に行って・・・。


「気になるか?マイ・ディア」

「べっ、べつにっ!」


ライオネル王は、ニンマリとした顔を私に近づけると、「そうか」と言った。

余裕綽々な王の態度と、私が思っていることを易々と読まれている事が、とても癪だ。


「それに、誰かに殺られるかもと思うと心配で寝ることもできぬ、という状態でもないしな」

「そ・・れは・・良かったです、ね」


私はつっかえながらもそう口に出して言いながら、「それは私の事を言っているのですか?」と、ライオネル王に目で問いていた。


その想いが通じたのか。

ライオネル王は、真剣な面持ちで、私の目をしかと見た。


「案ずるな。誰にもおまえを殺らせはしない」

「・・は・・・?」

「ここにいる限り、おまえの身は俺が護ると約束しよう」

「え?ちょっと、何故そう・・・」

「何故か?それは・・・おまえがここにいるからだ」

「・・・・はぁ」

「おまえは俺の妻であり、今はロドムーンの民でもある。自国の民を護るのは、統治者である俺の役目」


私が貴方を殺そうと目論んでいるのに―――しかも貴方はその事を知っているのに―――貴方が私を護る、ですって?!

まるっきり立場が逆なライオネル王の答えなど想像もしていなかっただけに、私は少々面喰らってしまった。


ライオネル王は、私に殺されるつもりは全く無いらしい。

でも実際のところ、王には、私に限らず、誰かに殺されるが無いのだけれど。


私と違って。


・・・ということは。

ライオネル王の答えは、案外的を得ているのかもしれない・・・。


「おまえといつまでもここで立ち話をしたくない。腹が減った。朝食を食べに行こう」

「あ・・はいっ」


差し出されたライオネル王の腕にそっと手を添えた私は、王と一緒に歩き出した。


「昨夜は存分に動いたからな」

「あーそーですか」

「何故おまえは不機嫌になる。やはり気になるのだろう?マイ・ディア」

「だから別にと言ってるでしょ!」と私が即答すると、ライオネル王から豪快に笑い飛ばされた。


「おまえと戯れるのは、意外と楽しい」

「はぁ?これが“戯れ”ですか!?」

「ああそうだ」

「こんなの・・全然面白くありません!」

「そうむくれるな。俺と一緒にいるこのひと時をもっと楽しめ。マイ・ディア」


そんな言い合いを廊下に響かせながら、話の内容は面白くないけど、この・・“戯れ”を、私は意外にも楽しんでる?と、ほんの一瞬だけ、思ってしまった。












「食事後、おまえは髪を地毛色に戻せ」

「あ・・はい」

「エイリークが全て手配する」

「エイリーク?ですか?」

「俺が親しくしている友の一人であり、メディカルアカデミーの校長も務めている」

「ん?」


メディカルアカデミーって・・・何。

初めて聞く言葉だ。


「ヤツはかなり幼く見えるが、見た目以上に年は取っているし、人生経験もそれなりに豊富だ。ヤツのことは信頼しても良い。何せ俺とおまえを結婚させたのは、あいつだからな」

「・・・ええっ?!それは一体どういう意味ですかっ!」


トーストを口から吐き出さんばかりに慌てる私とは対照的に、ライオネル王は、至って冷静にナイフでオムレツを切って、優雅にフォークで口に運んでいる。

それを味わった後、王は私の方を見て、フッと笑って。

王の笑顔に、私の胸がドキッと高鳴った。


「詳しくはエイリークに聞け。ヤツとはきっと会話も弾むだろう」

「は・・・ぁ」

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