第9話

次々と聞かされる衝撃的な出来事に、つい声が大きくなってしまった私に向かって、サーシャは唇に人さし指を当てながら、「シーッ」と言った。


「すみません。ビックリしてつい・・」

「それは分かるけど。気をつけなさいよっ」

「えぇ」


私たちは、条件反射のように辺りをキョロキョロ見渡したけど、幸い誰もいないことにホッとした。


「その手紙は姫様の筆跡で書かれていると断定されているし、二人は相思相愛の夫婦で、その愛情は演技には見えなかったと宿屋の主人も証言していたことから、アキリスが強制的に姫様を連れ去ったという可能性は無いし」

「だからジョセフィーヌ姫は、ライオネル王と結婚をすることを嫌がっていたんですか。他に好きな人がいる上に、その人との赤ちゃんを宿したのなら・・」

「それだけじゃないわよ。姫様は、ロドムーンの魔王に売られるような形で嫁ぐこと自体、嫌がってたわ。でも、一護衛の男と愛し合っている上に妊娠したなんて、誰にも言えないでしょ?もしドレンテルト王にバレたら、アキリスは国外追放になるか、とにかく二人が強制的に引き離されるのは確実。それにこんなスキャンダル、魔王に知られたら・・あっちから婚姻を断ってきたかもしれないけど、それをネタにラワーレ王国を潰すか乗っ取るかしてくるんじゃない?ま、結局のところ、姫様はこの状況を逆手にとって、上手く利用したって事よね」


ラワーレ王国専属の術師であるタマラの弟子のサーシャは、情報収集と分析能力に長けていると思う。

だったらもう一つ、私が疑問に思っている事も、知っているかもしれない。


「あのぅ。ライオネル王は何故“魔王”と呼ばれているか、サーシャは知ってますか?醜い外見をしていて、凶暴な性格、そして計り知れない怪力の持ち主故に、陰では“魔王”と呼ばれ、人々から恐れられているとドレンテルト王は言っていたけど、どうしても私には・・特に外見の事に関しては、腑に落ちなくて」

「確かにそうよね。ドレンテルト王は・・私もだけど、実際魔王の姿を見て、“あれ?噂と違う”と思った。でも、ライオネル王のことを“魔王”と呼んでいる人たちは、王宮内にもいるわよ」

「あ・・・そうですか」

「嘘じゃない。私の情報網を信じなさい」

「それは・・ええ」

「でもあなたの言う通り、魔王のことを的に恐れている人たちがいるのか。そこは正直言うと、私も疑問に思ってる。魔王的な雰囲気は醸し出してると思うけれど・・少なくとも侍女たちは誰も、魔王のことをそういう風に恐れてはいない」とサーシャが言っている時、「ジョセフィーヌ様ぁ!」と私を呼ぶ、ニメットの声が聞こえた。


「でも、この世に”人間の姿をした、人間ではないもの”など存在しない。だからあの御方はよ。安心なさい」

「ええ」

「そしてあなただけじゃなくて、私の命運も、これからのあなた次第だと言うことを肝に銘じて」

「え、えぇ」


ニメットがすぐそばまで近づいてきた。

私たちの「会話」は、これで終わりだ。


サーシャと私は少し距離を開けて、侍女と王妃という役割を、それぞれ演じ始めた。


「ジョセフィーヌ様。こちらにいらっしゃいましたか」

「どうしたの?ニメット」

「王妃様としての初仕事でございます!」

「・・・初、仕事・・・?」


呆然としている私に、ニメットはニッコリ微笑むと、「まずは御部屋へ戻って、身支度を整えましょう!」と、張りきって言った。


「えっ?あ、あの、ニメット?私、また大勢の人前にさらされるのはちょっと、緊張し過ぎて、心の準備がまだてきてない・・・」

「あらやだ。ワタクシったら。まだジョセフィーヌ様に御仕事内容を言っておりませんでしたね。不安な思いをさせてしまって申し訳ございません。ジョセフィーヌ様。初仕事というのはですね、です」

「・・・はい?」

「ですので、その場にいるのはだけです。本日は公の場に出る事もございませんので、どうぞ御安心なさってください。では、御部屋へ参りましょうか」


・・・肖像画?アイザック?

これからの初仕事が何なのか、いまだによく分からない・・・。


まぁでも、大勢の人前に出なくていい「仕事」というのは分かったので、私は頭の中に疑問符を浮かべつつ、ニメットについていった。

















本物のジョセフィーヌ姫が駆け落ちして、ラワーレ王国から姿を消したのなら、私はもう、ライオネル王を殺さなくてもいいんじゃないの?

そして私は、ジョセフィーヌ・クレイン王妃として、ここにい続ければ・・・あ、でも、ライオネル王が亡き者にならなければ、ドレンテルト王がロドムーン王国を“穏便に”我がものにすることはできないんだから・・・やっぱり私はライオネル王を殺さなければならないのか・・・。


「・・・様。クイーン・ジョセフィーヌ。クイーンッ!」

「あぁっ?はいはいっ!」


・・・しまった。


考え事に熱中しすぎて、ここがどこか、今私は何をしている最中なのか、すっかり忘れてしまっていた私は、で、素の返事をしてしまった!


でも、今この部屋にいるのは、私とアイザックだけ。

そして肖像画家のアイザックは、私同様、自分の世界へ入り込むタイプらしいので、私の返事など全く気にしてない様子なのは幸いだった。


あぁ、考え事を声に出してなくて本当に良かった・・・。


「もう少し頭を上げてー。イエーッス!ベリーグーッ!顎を引いて、目線は5度斜め下・・・それでは下過ぎですっ!」


「ノンノンッ!」と言いながら、私の方へツカツカと歩いてきたアイザックは、口だけで説明されても分からない私の顔に手を添えて、自分が気に入った“角度”を作り始めた。


うぅ。あとどれくらい、この・・「斜め5度下目線」でいなければならないのかしら・・・。

肖像画のモデルになるのも、私にとっては大変な仕事だわ・・・。


その時、ドアが開いた音がした。

コツコツと靴の音を響かせながら、私たちの方へ近づいてくるライオネル王は、周囲に一陣の風を吹かせているような存在感を放っている。


昨夜私は、この御方を殺そうとした・・・あぁそうか。

私は王妃として大勢の人前に出る心の準備ができてないんじゃなくて・・・あれからライオネル王に会う心の準備ができてなかったんだ。


私が偽ジョセフィーヌ姫だと、ライオネル王にバレているのではないか。

そして、私がライオネル王を殺そうとしていることが、すでに王にバレているのではないかと思うと、顔を合わせることが怖くて、罪の意識を感じずにはいられない。


それでも私は、ライオネル王のこげ茶色の瞳に吸い寄せられるように、王から目がそらせなかった。

なぜなら・・・。


「髪・・・切られたのですね」


肩まで届く長さだったライオネル王の髪は、短く切られていた。

前の髪型でも端正な麗しい顔は引き立っていたけれど、髪が短くなったことで、より一層男らしさが増したような・・・。


何より、針のように短い髪型にされたことで、私の夢に度々出てきたあの人と、ますます似ている。

と言うより、夢の人と同一人物だと言っても良いくらい!


「ああ。前から鬱陶しいと思っていたからな。変か」

「えっ?!変だなんて全然!とても良く似合っていますよっ!」

「そうか。気に入ったか?マイ・クイーン?」

「え・・・えぇ」


呟くように返事をした私を、ライオネル王はニヤニヤ顔で見ている。

あぁ、先の質問といい、なぜか鼓動が早まってしまう!

それに追いうちをかけるように、王がその端正なお顔をグッと私に近づけたので、私の鼓動がますます激しくなった。


「聞こえなかったな。俺の髪型が気に入ったのか?マイ・クイーン」

「いっ!え、っと、はいっ。気に入りましたっ」

「何が気に入った」

「あ、貴方様の・・か、髪・・・。短い髪型も、そのぅ・・・」

「ん?聞こえんぞ、マイ・クイーン」

「だからよく似合ってるし、私は気に入ったって言ってるでしょ!そんなに近づかないでくださいっ!」


・・・・し、しまった・・・。

一国の王に向かって、怒るように叫んでしまった!

しかも相手は「魔王」と呼ばれているライオネル王で、私にとってはかなり近くにいらっしゃるというのに!


「ああああのっ!すみま・・」


全身に冷や汗を流しながら、必死で謝罪の言葉を発している途中だったのに、ライオネル王は、なぜか笑っている。

しかも、嘲笑ではなく、心の底から面白いといった感じで。

アイザックも同じように豪快に笑っているのは・・・一体何故?


分からない!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る