十八、地獄の井戸端会議

 羅刹の村につくと、マタヨシはそこで、

 牛や馬の頭をした鬼たちを見た。


 かれらは、牛頭ごず馬頭めずと呼ばれる、

 地獄の獄卒たちである。


 それからマタヨシは、村内で

 厳しい刑務作業に従事している

 人間たちの姿を見た。


 大きな岩を担いで、険しい坂道を

 登って行く人間の姿がある。

 倒れると、獄卒によって

 激しく鞭打たれた。


「これが地獄絵図か」


 マタヨシが言うと、プルートーは、


「あんなのまだ序の口ですよ。

 ここにいる人間はね、

 罪の軽い者ばかりなんです」


「そりゃあそうでしょう」


 カワバタが言った。


「これくらいは、娑婆でも

 普通にございますし、

 特に、戦地などではねえ?」


 井戸の近くでは、人間の女たちが

 寄り集まっていた。


「あんな可愛い子供たちに、

 なんてひどいことを!」


「絶対に許せませんわ」


「ああ、なんて地獄なんでしょう!」


 女たちの腕には、

 人間の赤子が抱かれている。 


 マタヨシはプルートーに聞いた。


「鬼たちは、あそこで

 くっちゃべってるご婦人方には、

 どうして手出ししないんだろう?」


 プルートーは言った。


「あれはね、自分の子供を抱いたまま、

 地獄に堕ちてきた女たちなんですよ。

 罪を犯した後、子供と心中を図ってね?

 もっとも、子供に罪はないから、

 ここにいるべきじゃないんだが、

 あの女どもは説得に応じず、

 絶対に子供を手放そうとはしない。

 子供を盾にしているかぎり、

 鬼も、女どもに手出しできないのです」


「いつまであのままなんだ?」


「子供たちが成長して、

 自分の足で立って行くまでは、

 たぶんあのままでしょう。

 まあ、地獄での人間の寿命は、

 途方もなく長いから、

 しばらくああしていられても、

 別にどうってことはないんですがね。

 彼女たちには、あとで

 きついお仕置きが待ってますよ」


 プルートーは続けて言った。


「近頃じゃ、世間でも、

 ああいう輩が増えてきた。

 我が身かわいさに、

 子供を盾にして、見せかけだけの

 道徳的議論を展開するのが、

 当世の慣わしなのだろうか? 


 とにかく、ああいう人たちは、

 誰も手出しできない。

 放っておくしかないのです。

 我が子への愛の深さゆえか、

 我が身かわいさゆえか、

 どっちにせよ――、

 放っておくしかないのですよ」


 その間も、地獄の井戸端会議は続いた。


「まあ、嫌だ――。

 ほら、あそこをご覧になって。

 なんて醜悪な男なんでしょう! 

 あれは相当悪いことをして、

 連れて来られたにちがいないわ」


「ええ、そうに決まってますわよ。

 あれは、さしずめ

 婦女強姦魔ってとこね。

 あたし、今だけ鬼のほうを

 応援しちゃおうかしら?」


「ほっほっほ。確かに、

 見てたらどっちが鬼だか、

 わからなくなって

 きちゃいそうだわねえ?」


「まあ、ちょっと奥さん、

 あすこです、あすこ! 

 なんてハンサムな顔つきの、

 逞しい鬼なんでしょう!」


「わたし、あの鬼になら、

 何をされたって構わないわ。

 ここはちょっと色仕掛けで、

 たぶらかしてみましょうか」


「おやめなさいな! 

 それより、……、……」


 マタヨシは言った。


「人間というのは、

 一度たがが外れてしまうと、

 ここまで節操がなくなって

 しまうものなのか!」

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