第42話 カーマ式走り込み




 翌朝、モリモリと食べる大男にエルドは引いていた。何に怒っているのか、無心でただひたすらに食べている。娘はその様子をチラチラと見ては食べを繰り返し、サイファは肉に夢中で、カーマは食後のお茶をニヤニヤとしながら飲んでいる。

 エルドは引きながらも味が気に食わないのかと疑問に思い、一心不乱に食している大男に投げかけた。



「いや、違うぜ。エル坊・・・。いや、大将。気合い入れて食べてるだけだ。お前の飯は間違いなく美味いよ。」


「何故に私を大将と呼ぶのですか?」


「いや、仲間になりたいなんて烏滸がましいと反省してな。実力差が埋まるまでちゃんとしとこうと思ってな。心がへし折れて、立ち止まってる時間なんて無かったんだ。俺にはな。」


「???」



 エルドはヴァーチの返答に益々、疑問符が並んでしまうが、カーマは声を上げて笑っている。何らかの事情を知っていると思ったエルドはカーマに尋ねるがはぐらかされてしまう。



「まぁ、いいじゃねぇか。そいつなりのケジメみたいなもんなんだろ。有難く、大将って呼ばれとけ。それとそんなに食べて消化するまで待たねえぞ?」


「うぐっ!?」



 カーマの発言に喉を詰まらせたヴァーチは胸を叩きながら水で無理矢理流し込んだ。まだテーブルにはまだ食べ残しがあった。ヴァーチは恐る恐るエルドに視線を向けると笑顔で答えられた。

 「残したら、どうなるか分かっていますね?」と。


 ヴァーチは己の馬鹿さ加減に泣きながらも残さないように必死で食べた。ミロチとエルドは笑いながら朝食を済ませていく。



 朝食後、家から出た面々は各々準備を始めた。エルドとサイファはカーマとの模擬戦の準備を、カーマは手に何やら持ってミロチとヴァーチの前に立っていた。



「さて、お前らのすべきことはまずは“走り込み”だ。足首にこれを着けろ。」



 そう言って投げ渡されたのは黒重鉄製の着脱式の重りだった。ただ、問題はその重量である。2人の目の前にドスンと音をさせて落ちたのだ。

 2人は恐る恐る持ち上げようとするが全力で漸く持ち上げられる重みだった。それをみたカーマはやれやれと首を竦めた。



「お前ら、阿呆か?『身体強化』を使え、『身体強化』を」


「カーマ姉ちゃ、ウチまだ出来ない・・・。」


「ん?小娘はまだ出来ないのか?一部を強化することは出来るか?」


「ん、それならなんとか。」


「なら、小娘はこっちの小さいのを使え。」



 カーマはそう言うと、腕輪を着けた左手が虚空の中に入っていった。そこから取り出したのは灰色をしたものだった。黒重鉄と軽金属を混ぜ合わせて作った重りはカーマのお手製の物だ。

カーマは手でミロチを呼び寄せ、両足首に着けてやった。ミロチは戻ろうとするがその場から一歩も動けなかった。



「脚を重りごと強化しろ。」



 ミロチはコクンと頷いて、言われるがままに強化する。すると重さは感じるもののどうにか歩き出せ、ヴァーチの元にまで戻っていく。

 ヴァーチは『身体強化』させ、それぞれの足首に着けていった。



「着けたな?じゃあ、お前らはあそことあそこに打ちつけてある杭の間を全力で走れ。俺が良しというまでな。」



 そう言って指で示されたのは約100m離れている杭だった。



「カーマさん、これで走るなんて本当か?」



 昨日の一件でヴァーチは子分口調と姐さん呼びを止めた。カーマは鍛えてくれる偉大な人物だが、師匠では無いからだ。それはカーマが固辞したからだが。

 強化しながらもずっしりと感じる重みに到底走れないと言外にいうヴァーチだったが、次にカーマが指差したのはエルドとサイファだった。


 2人は両手、両足に親子が着けた重りとは比べるまでもない大きな物を着けている。サイファに至っては4本の足首全てと尻尾の根元と先に、首にも着けていた。



「お前らも最終的にはアレを着ける。今のそれは初心者用だ。どうだ?俺は優しいだろ?」



 開いた口が2人の驚愕っぷりを語っていた。まさに阿呆の表情である。カーマはそんな2人に放っておいて更に続けた。



「ちなみに怠けやがったら、有難い拳骨が待っているから、存分に励め。」



 仁王立ちで腕を組み、右手の親指を上げて告げられた、親子は首が取れそうなくらい頷いた。



「よし。兎に角、全力だ。いいな?遅かろうが速かろうが、どうでもいい。今出来る全力で走れ。それだけだ。終わった後に反省するなり考えるなりしろ。じゃあ、また後でな。」



 カーマが去った後、親子は言われた通りの場所に向かって歩き始めたが、カーマの一声で走って向かった。



「じゃあ、お前ら準備は出来てるな?」


「師匠、今日は武器有りですか?無しですか?」


「今日は無しだな。というか、しばらくは無しだ。終わった後にあの親子を運ぶ役割がお前らにはあるからな。サイファは適当に来い。」


「分かりました。強化系のスキルは?」


「好きにしな。」


「カーマ様、俺は自由でよろしいので?」


「そうだ。お前はまずは1尾の状態で同時に攻撃が出来るようにしろ。それじゃ、お前ら、分かっているな?訓練はいつも?」


「「全力で制御すること」」


「忘れてねぇみてぇだな。んじゃあ、掛かってこい。」



 エルド達の訓練の日々がまた始まろうとしていた。いつもと変わったのは2人の初心者が増えたこと。いつもの光景が少しだけ騒がしくなる。


 最初は早歩き程度で走れていた親子は次第にスピードが落ちていき、倒れ始めるが倒れる度にカーマの檄で立ち上がり、ヨロヨロになりながらも歩みを止めずに往復していた。

エルドとサイファは代わる代わる攻撃していき、途中から2人がかりでカーマに襲いかかる。蹴り、突進、拳、尾と織り交ぜながら攻撃を繰り出すが紙一重で全て避けられ、防がれる。そして、お返しとばかりに1撃で吹き飛ばされる2人。起き上がっては突撃を繰り返し、それでも1発も当たらないが、それもいつものことだった。


 親子が気を失い、倒れ伏したところでカーマとの訓練が終わり、2人は重りを外し、親子の介抱をし、その後、皆で昼食となった。



「おっさん、どうした?朝の威勢の良さが消えてんじゃねぇか?」


「う、うるせぇ、獣が・・・。そのうち、俺の方が上だって分からせてやるよ・・・!」


「はん!走り込みでそんな状態なのにいつになったら出来るのかねぇ?」


「い、今、やってやろうか!」


「出来るモンならなぁ。」



 昼食前に気が付いた父親をサイファが突っかかっていた。カーマ式の“走り込み”で気絶したのを馬鹿にしているのだ。ヴァーチも馬鹿にされているのが分かっているので、意地で返しているが、所々、プルプルと震えているので虚勢にしか見えなかった。


 娘のミロチも起きてはいるが、食事が喉を通っておらず。時折、嘔吐いていた。エルドはそれを察してか飲みやすいスープを出しているのだが、飲むのにも苦労していた。


 そして、ギャアギャアとやり合うヴァーチとサイファにカーマが口を開く前に、エルドが口を開いた。



「ご飯を楽しく食べるのは構いませんが・・・。五月蠅くするなら、私がねじ込んで上げましょうか?」



 指の間に包丁を差し込んだエルドが2人を笑顔で諫めた。ゆっくりとエルドに視線を向かわせるサイファとヴァーチは冷や汗を浮かべながら、念のため尋ねてみた。



「な、なぁ、相棒。ねじ込むってそれのこと言ってんのか?」


「ま、まぁ、待ってくれ大将。いくらなんでも包丁は食べ物じゃないと思うんだ。」


「何を言っているのですか?何をねじ込むかなんて決まっているでしょう?騒がしくすることしか出来ない舌ですよ?そのために用意したんですよ?この包丁。」


「「すみませんでした!!」」


 エルドの笑顔の奥にあるドス黒い雰囲気を察した2人は直ぐさま、頭を下げたのだった。カーマは口を挟むのを止めて、弟子の手料理を食べ進めていった。

 騒がしい昼食を終え、カーマが午後の予定を親子に言い出した。



「うちの訓練は午前中に目一杯やって、午後は各々自由だ。勝手にやってくれ。俺は気が向いたら、相手になってやる。本当に気が向いたときだけだ。しつこい奴には代わりに拳をくれてやるからな?注意しろ。」



 親子はしっかりと頷いた。それを見たカーマは続けていく。



「でも、テメェら親子はちゃんと走れるまでゆっくり休め。」



 ゆっくり休めと家の主から言われた親子はほっと息を吐き、安心するが、カーマのセリフは終わっていなかった。



「これを着けたままな。」



 黒い塊を見た親子は項垂れるしかなかった。その様子を懐かしそうに見ながら、片付け始めていく。



「師匠、午後からちょっと離れますので。そのうち良い物をお見せ出来ると思いますよ。」



 片付けを終えたエルドは食後のお茶を飲んでいるカーマに話しかけ、カーマは簡単に返事をした。

 返事を確認したエルドは家から出ていく。カーマは玄関の扉が閉まる音を耳にすると口角を上げた。



(何かを掴んだのは間違いないみたいだな。さて、いつになるかねぇ。)



 カーマは音を立てながら、弟子が入れたお茶を楽しそうに飲んでいたのだった。


 一方、家から出て、集中するためにいつもの場所、岩場に来ていた。そして、一番高い、岩に飛び乗り、胡座を掻いて目を閉じた。

 エルドは思い出していた。昨日、カーマが発動させた『魔紋』を。


「あれは師匠のやり方だ。俺には俺のやり方がある。だから、師匠は手解きしか教えなかったんだ、俺に。」


 エルドはゆっくりと呼吸を繰り返していく。そして、瞼を薄く持ち上げる。

 そして、思い描いていく自らが『魔紋』を完璧に発動した姿を。

 そして、想像する。カーマが喜んでくれる姿を。



「収束が足りないんじゃない、質が足りないんじゃない、想いが足りないんじゃない。」



 エルドの周りに粒子が舞い上がっていく。



「もう全部、ここにあるんだから!!」





 ヴァーチ親子がカーマの元を訪れて1週間が経った。

 普段の生活でも重りを着けたままだったおかげか、4日経った頃には日常動作に問題はなくなっていた。



「ようやく慣れてきたな、ミロチ。最初はどうなることかと思ったが。」


「うん、父ちゃ。ウチも動けるようになった。」



 朝食を食べながら、世間話をできるまでに成長した2人を見て、カーマが追加で重りを手渡した。



「慣れてきたな。んじゃ、次はこれを腕に着けろ?そうそう。今日から『身体強化』を使わずに素でやれ。使ったらすぐにバレるから。まぁ、そんなことをしたら分かってるよな?」



 親子に手渡したカーマは拳を握って親子に見せた。まだまだ続く重り生活と有無を言わせない家主の理不尽に親子は項垂れるしか無かった。

 エルドはそんな親子を尻目に機嫌が良さそうに朝食を食べ進めていた。カーマは敢えてエルドに何も尋ねず、その様子を眺め、サイファは機嫌が良さそうな相棒に何かねだってみるかと考えていた。


 そんな朝食を済ませ、午前の訓練に精を出す面々だが、親子は初日以上の遅さで走り、腕に重りを着けたことで重心のバランスが崩れ、何度も転がっていた。そして、訪れたとき以上に汚れていくのだった。



 それから更に10日経過した。

 カーマから親子にようやく素振りの訓練が言い渡された。それも午後にやるようにと。親子が絶望したのは言うまでも無い。

 そして、親子が新たな訓練を言い渡された日。エルドはカーマに午後から時間をくれないかと頼んだ。

 ニヤッと笑ったカーマは二つ返事で了承する。



「随分と時間がかかったな?相変わらずの不器用っぷりだな?」


「すみませんね、不出来な弟子で。今回は今までとは違いますから。そこは安心して下さい。」



 確信を持っていう弟子エルド師匠カーマは益々笑みを深くして、午後になるのを今か今かと待つのだった。


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