6 明晰夢を見るための方法(4)入眠時幻覚について

前略

 早速のお返事どうもありがとう。詳細なご報告、興味深く読ませていただいた。ぼくのどうしようもない趣味のために、きみの貴重な時間を費やしてもらったこと、重ねてお礼申し上げたい。

 きみが分析するように、入眠時に即座に突入するタイプの明晰夢は、ナルコレプシー患者に典型的に見られる「入眠時幻覚」という症状に近いようだ。きみとしては、ぼくがストレス性の睡眠障害ではないかと疑っているようだが、そのようなことは決してないので、安心してほしい。きみの心温かい配慮はぼくの健康には有益だが、議論の妨げになりそうなので、ひとこと言い添えておく。ただの推測なので、まちがっていたら訂正してほしいのだが、入眠時幻覚は健康な人にも起こりうる症状であり、そのことはきみも調べがついていた。(そう仮定しなければ、きみの報告は首尾一貫しない!)だが、ぼくが安易な自己診断によって医者にかかるのを回避するのを恐れて、きみはあえてそのことを書かなかった。

 確かにぼくは医者があまり好きじゃない。そのことをきみも知っているから、そのような配慮をしたのだろうが、刑務所には定期的な健康診断もあるのだから、どうか安心してくれたまえ。体には特に不調がないし、夜はよく眠れている。(さもなければ、どうして夢を見られよう!)なので、医者にかかったとしても、「どうしましたか」と聞かれて、「どうもしない」と答えざるをえず、「それじゃあ何しに来たんだ」という話になり、仮に、「ときどき夢で、これは夢だと気づくことがあるんです」と『病状』を訴えたとしても、「それは明晰夢と言うんだよ。病気じゃないんだよ」と、こちらがすでに知っていることを教え諭される、ぼくの身にもなってみたまえ。さしずめ、知っているのに知らないふりをして相槌を打つのに苦慮するのがオチである。

 冗談はさておき、きみの報告でいちばん興味深かった点を掘り下げてみよう。それは、「入眠時レム睡眠期に見る夢は、現実と見まちがうほどリアルな夢なので、夢と現実を混同してしまう危険性がある」という一文だ。

 なるほど、思い返してみると、ぼくの知り合いにも、夜寝ているときに天井に幽霊が出現したり、正体不明の影法師に体をべたべた触られたりしたと騒いで、周囲の人々を困惑させた人間が何人かいた。「金縛り」と呼ばれる現象には科学的な説明がつくともいうが、この線でいくと、「金縛り」の報告のうちの何割かは、実際には目が開いておらず、リアルな夢を現実と錯覚しているだけだということになりそうである。「幽体離脱」と呼ばれる現象もまた、それを体験した当人は現実だと確信しているが、実際には夢を現実と錯覚したものにちがいない。それらは、現実の意識との強い連続性が保たれているという点では、明晰夢と似たところがあるが、それが夢だという認知をあくまで拒絶する者には、恐怖体験以外の何物でもなかろう。

 また、きみの報告によれば、入眠時幻覚を、明晰夢を見るための方法として活用しようという向きもあるらしい。しかし、それには致命的な問題がある。入眠時レム睡眠期をどのように人工的に導入するかという厄介な課題が残るだけではない。仮にそれに成功したとしても、それだけでは、その手法はリアルな夢を見るための方法にすぎず、明晰夢を見るための方法ではなかろう。入眠時レム睡眠期の導入は、明晰夢を見るための必要条件でも、十分条件でもない。夢であるという自覚を伴わずにそのような夢に突入すれば、それはただのリアルな夢でしかなく、現実との混同が起これば、恐怖体験に終わる可能性も高い。幽霊を見たというトラウマが残るのがオチである。

 入眠時レム睡眠において、夢の開始と同時に夢の自覚が伴うためには、通常のレム睡眠時に明晰夢を経験していることが必要であるようにぼくには思われる。この意見が仮に的外れであるにしても、きみが報告してきたような種類の入眠時レム睡眠期導入の原始的手法は、睡眠リズムを崩したり、最悪の場合には、睡眠維持機能を麻痺させたりする恐れがないかと、ぼくは気が気でない。きみはそれを試みるべきではないし、他人に勧めたりしてもならない。もちろん、頭の良いきみのことだから、こんなことは言わずとも心得ているはずであるが……。 

 たぶんぼくの欠点は、言わなくてもいいことまで言うことであり、きみの欠点は、言うべきことまで言わないことである。しかしどちらも、お互いの身を案じてすることだとわかっているから、ぼくときみはタイプがちがっていても、これまでうまくやってこられたわけである。

 それでは、お風邪など召しませんよう。くれぐれもお気をつけて。   草々

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