補講(神原練奈)

「ごっめーん! このシリーズ、発禁処分くらっちゃったー! というわけで、実況なしで!」


 謝っては見せるが謝罪の意味はない。そもそも全てこちらの都合だ。同じ人類として人間に義理立てする必要は無いとは言いたくない。その観点から神としては異端だ。しかし、いわば一時的な冥界下りに等しい行為を伴う実験である。自分のような異端児でないと務まらないだろう。


 一瞬こちらを睨みつけた巨大化した人間はしかし、せいせいした、と息巻いて対戦相手の蜘蛛へと向かっていく。

 静かに見守る。見守る必要もないけれど。

 性能差は歴然。勝利は当然。何故なら、そういうルールだからだ。


 一方的な虐殺になるであろう試合を見る必要もなくなった。手持ち無沙汰に辺りを見渡す。

 彼方まで亘る街並み。

 天に届かんとする塔。

 この世界に必要とされる神なんて、もう一種類しかない。

 ふん、と鼻で笑う。自嘲か。安堵か。それとも。


 がたん、という音と共に扉が開かれた。

 荒い息の少女。巨大化させた人間と同じ服だ。時代が違えばこちらがわでもかなり優秀なポジションに付けたであろう傑物。コピーを取っておくべきかどうか。それはこちらで判断することではないのだが、報告だけは上げておくか。


 迷っている間に、彼女はかつかつと近づいて、こちらを真正面から睨みつける。

「ようやく見つけたよ神様さん」

「神原練奈じゃん。見てよほら、あの子糸でべちゃべちゃ。映えるんだけど、発禁くらっちゃったー。残虐ファイトは放送禁止だって。ざーんねん」


 そう、と頭ひとつ小さい彼女はため息を吐きつつ頷く。

「確信が持てた。あんがとね……お茶、いる?」

 ペットボトルを一本差し出す彼女。らしい行動だ。大きく予測を外れない。

「いらなーい」

 断る。これ以上喋ると……いや、違うな。喋れば喋るほどボロが出る。


 そして更に、確信という言葉。

「このゲームさ、ルールがおかしいよね」

 鋭い眼差しで睨み付ける少女。


「そーんなことないよー? 前回勝利者が決めた公明正大なルールさぁ」

 両手を広げ、戯けて見せる。

 なんだ、解ってるじゃないか。それもそうか。考えれば誰でも解る。にしても解答への到達速度が早い。


「それ。そこ。前回勝利者、人間でしょ。このゲーム、勝ったやつが勝てるようになってる」

 そのとおり。

「ふぅん、聞かせて?」

 誤魔化してみせる。無駄だろう。


 ふう、と一息ついた彼女は、私の横に並んで戦う巨人を見る。

「一戦目。ゾウリムシ。あなたが言ったルールだと、二足直立できなくなったら負け。なのに、ゾウリムシ。しかもサイズは車ぐらい」


「ちっちゃかったねぇ」

「鞭毛で無理矢理立ち上がってたけどね。つまり、ルールを理解するだけの知能はあったわけだ」

 糸を掴んで蜘蛛を振り回す巨大化人間を二人で眺める。

 自ら糸を、最大の武器を切り離さざるを得なくなった哀れな挑戦者は彼方に吹き飛ばされていった。

 怒りの咆哮が卯野風香から周囲へと広がる。


「二戦目。兎。サイズは卯野ちゃんより大きかった。でも、立ち上がったはいいけど、自重で全身の骨を折ってそのまま敗北」

「ふむふむ」

 頷く。間違いはない。

「つまり、巨大化で強化される項目はポイント振り分け制だ」

 正解だ。


「どうして? 兎は軽量化のために骨がすかすかなんだよ? 単純に自重で潰れたんじゃない?」

 なら卯野ちゃんも潰れてるよ、と切って捨てた彼女。言葉は止まらない。


「えっとね。ゾウリムシや兎がルールを理解するためには知能が必要。それも人間並みの。だから、戦士になる際にまず知能が上げられる。人間並みに」

「巨大化が先じゃなくて?」

 ここからはもう確認作業だ。

 あーあ。


「そ。巨大化は後。戦士として選ばれたら、まず知能が現チャンピオン……人間並みにさせられる。そこから、巨大化したり、頑丈になったり、力をつけたりできる」

 巨大化人間が蜘蛛の腹を蹴り飛ばし、大通りに内臓がぶち撒けられた。あれは死んだな。

 発禁処分もやむなし。そもそもルールは『直立歩行できなくなったら敗北』だ。卯野風香はその点も理解せずに勝ち続けている。


「ポイントを知能にほとんど割いたゾウリムシは卯野ちゃんに拮抗し得る大きさになれず、体も簡単に潰れるぐらい脆かった。兎は巨大化に振りすぎて、自重で潰れた」

「じゃ、カマキリは?」

「あれは上手くいったけど、自分よりも遥かに大きくて、しかも頑丈さや力にも充分ポイントを振った格上には勝てないって」

 そういって彼女は一口、ペットボトルの茶を啜る。

 別に口は乾かない。彼女の行動をぼんやりと眺める。どうせ理解されているんだ。


「ねぇねぇ、じゃあどうして彼らは死ぬかもしれない戦いに赴いたの? 変じゃない? だって勝てないんでしょ?」

 当然の疑問をぶつける。

「……この戦いってさ、この星でだけやってるわけじゃないよね?」

 初めて自信なさげな、年相応の顔を見せた。可愛いところもあるじゃないか。


「正解でーす。じゃあ、どうしてそこに至ったのかゴッデスに聞かせてよ」

「犬や猫が出てきたら人間が負けるから。捕食される側のゾウリムシと兎はここしかチャンスがないと思ったんじゃない?」

「へぇ。じゃ、カマキリは?」

今回は相手を殺しても良いって解ったからよ。首筋でも切れば出血で殺せると踏んだ……結局負けたけど」

 正鵠射たり。聞く側に回るのは久しぶりだ。


「蜘蛛は? 捕食する側でしょ?」

「あれは絶滅危惧種」

「わお。よくご存知で」

「だから、もっと強い生き物は、もっといい立地を争って、他所で戦ってる」


「待った。飛躍したよ? その推測に至って口にできるほどの確証じゃなくない?」

 巨大化人間と蜘蛛の戦いは実質終わっている。あと一戦。それも勝つだろう。だって、人間は知能に強化ポイントを振っていない。その必要が無い。最も知能の高い種族に合わせた知能にしなければならない、その枷が無い。他の神は私に勝てない。他の種は人間に勝てない。


「あなたはしている。なら、中継されてて、娯楽になってる。つまり、恒例化可能性もある」

「はい、正解。じゃあここからは特別解説でーす」

 出来のいい生徒にね、と指を立てて。

「ある程度の範囲を単位に、それぞれ担当の【神】がいてね。淘汰されうる種をそこに移住させて存続させるの。ま、住める場所は限られてるから、そこから取り合いになるんだけど」


「で、この立地の悪い地球にはあんま強いやつがいないわけだ」

「そういうこと。それとね。勝者にも一応特典はあってさ」

 神原練奈は手すり越しに虐殺を眺めている。

 こちらは屋上とビルの出入り口を見つめる。


「特典ね……そこで前回勝者は多分、こう言ったんだ。願いは『戦いのルールを変えたい』って」

 神原練奈を、こいつを戦士に選ばなくて本当に良かった。

「そ、正解。前回までは無かったの、この強化ルール」

 諦めて、ビルの扉を見る。空は真っ青。綺麗なもんだ。昔から変わらない。

「戦士同士が死ぬほどの戦いは基本的にアウトだったの。なんだけど、今回このルールが追加されてアレだからなぁ」


 ふうん、と神原練奈は興味なさげに言う。

「もう、この時空の地球には挑戦者出ないんじゃないかなぁ」

「じゃ、卯野ちゃんはこの世界における人類の救世主だ」


 どうかなぁ。

 声には出さない。

 淘汰圧の無い種に発展があるのか。

 向こうも理解しているのか、至極つまらなそうな貌で、

「このルートってもう開拓済み?」

「うん」

「あっそう。じゃあ実験失敗?」


 そういうわけでもない。というか必須ルートなのだが。

 目敏く変化を見つけたのか、神原練奈は畳み掛けてくる。

「ね、どの神様が生まれるの?」

「あたし達全員」


 ついにアッパーカットが決まり、頭部の粉砕された蜘蛛が地に落ちた。

 試合終了である。


「卯野ちゃん、振り抜けてるねぇ。ここでいけるなら、コートの中でもいけそうなもんだけど……」

「誰も誰かを追い詰めたりしてないのに、どうして人は勝手に自分で自分の首を絞めるんだろうね」

 卯野ちゃんはさ、と風に消えてしまいそうな声で隣の女は言う。

「真面目なんだよ。良くも悪くも」


「……要領わっるい」

「いい子なのさ」


 再び差し出されたお茶を片手で制して、

「次で最後だって伝えておいて。それじゃ」

 こちらのできるだけ素っ気なく突き放したはずの言葉に、またね、と神原練奈は優しく応じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る