32.

 車が動き出した。

 森を抜け、田園地帯に入る。

 空を見上げると、ある方角だけ闇の色が薄くなっていた。

 夜明けが近いのか……だとしたら、あの少しだけ明るさを帯びている方角が

東なのだろう。

 田んぼの間を走らせながら、運転手の小麻こぬさが「その『透明なピラミッド』とやらに案内してくれないか?」といてきた。

「案内するほどの事もない。この道をずっと行けば良い」私は小麻こぬさに言ってやった。

 まだ暗い村を抜け、やがて私たちはあの透明なピラミッドへ通じる谷間の道へ入った。

「なるほど……たしかに谷底の一本道だな。ここを封鎖できれば、時間を稼げる」助手席の筋肉男、熊枝くまえだ洋吉ようきちつぶやいた。

 私は少し緊張した。

 あと十分くらいで、例のピラミッドが建つ広場に出るだろう。

〈異界神〉とは、どんな生き物なのだろうか?

 突然、明夜アキが話しかけてきた。

「私なら、仲間の居る方を助けるよ」

「え?」何のことか分からず、私は彼女に聞き返した。

「さっきの話……『トロッコ問題』とかってやつ……五人を見殺しにして一人を助けるか、一人を殺して五人を助けるか、どちらが正しいのかって話」

「ああ」

「私だったら、仲間の居る方を助けるよ。どっちの人数が多いとか少ないとかに関係なく」

「つまり、五人の命を救うか、それとも一人の命を救うかって究極の選択を迫られた場合、仮に一人の方が自分の仲間だったら、五人を見殺しにしてでも一人を助けるってのか?」

 私の問いかけに、明夜アキが「うん」とうなづく。

 私は重ねていてみた。

「その仲間っていうのは、例の〈夜叉護やしゃご財団〉とか言う団体のことか?」

「どうかな……でも……うん。たぶん、そうだと思う……今のところは」

「今のところ?」

「仲間って、その時その時で変わっていくものだから……以前は仲間だと思っていた人たちが何時いつの間にか仲間じゃなくなっている事もあるし……逆に、新しい生活が始まれば、新しい仲間が出来るでしょ? そして、その新しい仲間との関係だって、いつまでも続くとは限らない」

「ずいぶんと達観たっかんしているんだな」

「たっかん?」

「若いのに、考え方が年寄りくさいって事さ」

「ははは……かもね」

「ひとつ、教えてくれないか?」

「何を?」

「俺たちは今、この異世界を創造した〈異界神〉とやらを殺しに向かっているんだよな?」

「うん」

「そして、その〈異界神〉を殺すと、この異世界は消滅してしまう……と」

「うん」

「同時に、禁刃野いさはの村の住人たちも消滅してしまう」

「まあ、大体は……絶対に、とも言い切れないけど……運が良ければ、この世界に住み続けながら〈異界神〉の影響を受けずにいたかも知れない。〈異界神〉の影響が無ければ、その人だけは生き残って私らと一緒に元の世界に帰れるかも知れない」

「運が良ければ、か」

「まあ、確率としては宝くじに当たるようなものよ。あんまり期待しないほうが良い」

「そうか……」

「やっぱり、百合子ゆりことかって人にこだわってるんだ?」

 その問いかけに応えられず、私は黙ってしまった。

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