転生した日①-1-3

「嘘だろ……そんなこと、するか?」


驚いた。


あり得ないと思った。


信じられなかった。


伝票の品名欄に書かれた【ラブドール】という文字。


おかしい。そんなことを書くなんて頭がおかしい。普通そんな風には書かない。


オリエンス工業ともあろう企業がそんなことをするのか。


仮にも紳士御用達の企業が、そんなことをしてしまうのか。


紳士なら、紳士を相手にする企業ならば、そこはPCパーツとか食器割れ物とかそれっぽい事を書いて偽装するのが常識ではないのか。


そういう細やかな気づかいを人はまごころと呼ぶのではないのか。


親切丁寧が当たり前のこのご時世で、ダイレクトに商品を記載するなどあってはならない手落ちではないのか。なんて事だ。これは紛れもない紳士協定違反だ。


クレームだ。クレームを入れなければ。これは直ちにクレームのメールをするしかない。


私の心は正義に燃えた。巨悪を前にした聖職者の如く私は肩を怒らせ部屋を後にしようとし――とある閃きを受けて立ち止まる。


その閃きとは、「こんな手落ちをするくらいだ――中身にも不備があるのではないのか?」という疑念であった。


――ありえない、とは、言い切れない。


私の心の中に膨れ上がる疑念。返品するなら開けるべきではないが。


「正義のためだ。これは必要な事だ」


段ボールに手をかけしばし逡巡した後、私は意を決して開封を決断する。


梱包テープをはがし段ボールを乱暴にこじ開ける。


「ッ!」


驚いた。


その造形に、私は神の業を見た。


中に収められていたのは――胎児のポーズをとっている人型だった。


なんという完成度か。その出来栄えは、まさに人と見まごうほど。


さすがは業界随一と言われた老舗企業。この世にここまで精巧に作られた人形が存在しようとは。


脱帽だ。敬意を表したい。あとで星五評価でレビューしなければ。


この点だけでクレームをつける気の失せた私は、早速同梱されていた説明書を読む。


――なるほどなるほど。電動なのか。スイッチは……え……ええ? ええええ?!


説明書曰く――使えばスイッチが入るとのこと。


マジかよいきなりハードル高いだろ! とは咄嗟に出た私の偽らざる心の声である。


ちょっとスイッチの入れ方を考えるべきだと思ったが、巡るようになった私の頭が(もしかしたらこれは不慮の接触でスイッチが切れないようにという配慮かもしれない)という仮説を拾い上げた瞬間、私はその先にある真意に気が付き、老舗企業の異常なまでのストイックさをそこで改めて痛感した。


――つまりこれは処女厨の最終定理。貴方色に染めてください理論に基づいた仕様なのだ……。


3以上の自然数nについてXn乗プラスYn乗イコールZn乗となる自然数の組(x,y,z) は存在しないというフェルマーの最終定理に匹敵する童貞種族の抱える超難問に対してオリエンス工業がだした一つの答え。


それはエロティシズムの原点にして頂点。本能の神髄。さすがは業界最大手のオリエンス工業。伊達に業界をリードしていない。


鬼才の集団か。どう見積もっても凡夫の発想ではない。私ではきっと未来永劫手にすることの叶わぬだろう天啓だ。だいたいアレをエネルギーに変換するっていったいどんなメカニズムなのだ。手がかりさえ見えない。


こんなものを作ってしまえるなんていったいどれほどの才能を囲い込んでいるのだオリエンス工業よ。


「……まさに神韻縹渺しんいんひょうびょう。なれば引くに能わず、か」


すっかりオリエンス工業の心意気に心酔した私は、まるで宗教にドはまりした狂信者のごとく説明書に書かれた工程通りに事を致した。

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