第2話

 魔導飛行船から降り立つと、そこはもう王都アイリスである。馬車を使えば一ヶ月近く掛かる距離を、魔導飛行船はたった三日である。

 定期便は月に一度とはいえ、便利な世の中になったものだ。


 それにしても……暑いな。

 フレイムフィールドと冠するだけあって暑いと聞いていたが、ここまで暑いと思っていなかった。まだ春だというのに、リムリア国の夏くらい暑く感じる。


 もう少し薄着をしておくべきだったか? いや、魔導飛行船に乗ったときは寒いくらいだったし、薄着だと魔導飛行船で凍えていただろう。

 ……仕方ない、耐熱の魔術を使っておこう。


 これでよし、と。

 後はフレイムフィールドのお城に向かうだけだが……あれか。大通りの向こうに城としては小さめの、けれど立派なお城が建っている。

 幸いにしてそれほど遠くなかったので徒歩でお城に向かった。


 門の前では、門番の兵士に師匠に渡された紹介状を見せる。

 月に一度の定期便ですぐに来たため、先触れはなかったはずなんだが、俺は待たされることもなく入城を許可され、ほどなく応接間へと通された。


「キミがノエルくんだな。私がこの国の王、アランド・フレイムフィールドだ。このたびは私の願いを聞き届け、遠路はるばるよく来てくれた」


 俺を出迎えたのは、温厚そうな見た目の男だった。だが温厚そうに見えても国王であることに変わりはないので、俺はすぐに跪いて最敬礼を取る。


「いやいや、そう堅苦しくする必要はないぞ。国王とはいえ、大国のリムリア国でいえば伯爵くらいの権力しかないからな。楽にして、まずは掛けてくれたまえ」

「……分かりました。ではお言葉に甘えます」


 アランド陛下の言葉に二重の意味・・・・・で驚きつつも従う。それにいまの俺は、礼儀とは無縁の冒険者だから、丁寧語くらいがちょうど良い。


「さっそくだが本題に入ろう。フィーナ様の紹介状を持っているということは、キミが娘の家庭教師を引き受けてくれる、と言うことで良いんだな?」

「はい、そのつもりで話を聞きに来ました。師匠たっての頼みだったので」


 いまの言葉には、師匠の頼みだから引き受けただけで、本当は権力者と関わりたくなかったというニュアンスをわずかに込めた。俺を取り込もうとする相手への牽制のつもりだったんだが、アランド陛下は気にしたような素振りは見せなかった。


 ……ふむ。師匠の言うように、本当に家庭教師を探していただけなのかもしれないな。もちろんまだ断定は出来ないが、少なくとも付き合うのが面倒な相手ではなさそうだ。


「家庭教師を引き受けるに当たって、いくつか聞いて構いませんか?」

「むろん、なんなりと聞いてくれ」

「ではお言葉に甘えて……なぜ冒険者を家庭教師に?」


 むろん、上流階級の娘が剣術や魔術を学ぶことは珍しくない。だが、冒険者は基本的に実践向けというか、あまり行儀の良い戦い方ではない。

 こういうのは普通、騎士や宮廷魔術師を雇うものだろう。


「それについては、私も良く分からんのだ。末娘のシャルロッテが突然ワガママを言い始めてな。理由を訊いても教えてくれなくて困り果てていたのだよ」


 シャルロッテという娘が俺の教え子になる相手のようだ。

 彼女は素直で聞き分けの良い娘だったが、ある日を境に冒険者を家庭教師としてつけて欲しいとねだるようになったらしい。


「実力もあり、信用も出来る冒険者となるとそうは見つからぬ。そう言って説得したのだが、どうしても必要だと譲らなくてな」

「……冒険者に憧れた、と言ったところでしょうか」


 貴族の子供が物語の英雄に憧れることは……まぁたまにある。

 だが、実際の冒険者は物語と違って泥臭い職業だ。貴族階級でなくとも反対するのが普通なのだが、俺を家庭教師に雇うというのは、そう言うことなのだろうか?


「剣術と魔術を教えれば言い訳ではない、と?」

「うむ。末娘のシャルはいままで剣を握ったこともなく、魔術については既に才能がないと言われている。ゆえに、そなたに頼むのは……」

「……現実を教えろと言うことですか」


 これもまぁ珍しくない。冒険者に憧れる子供に冒険者の現実を教えて諦めさせる。そういった依頼は、過去に何度か聞いたことがある。


「娘は将来、政略結婚で何処かに嫁ぐことになるだろう。だが、可能な限り娘の要望は聞くつもりだし、それまでは自由にさせたいと思っているのだ」

「……なるほど」


 貴族にとって政略結婚は当たり前で、ましてや一国の姫様ともなれば自由など存在しないのが普通。王族や貴族基準で考えると、アランド陛下は娘想いの部類に含まれるだろう。

 この時点で、アランド陛下にある程度の好感を抱く。


「よって、諦めさせるのは確定だとしても、出来る限りは娘の要望に応えてやって欲しい。むろん無理なモノは無理で構わぬし、それに応じた報酬も支払うつもりだ」

「わかりました、そういうことであればお引き受けしましょう」


 喜んでと言うつもりはないが、師匠の頼みを考慮すれば受けるに値する。そう判断して、アランド陛下の依頼を引き受ける。


「そう言えば、期間はいつまででしょう?」

「娘が納得するまで、もしくは留学するまでだ」

「最長で一年弱ですか……分かりました」


 依頼の内容に問題がないことを確認して、それから報酬などについての話を進める。幸いにして冒険者として成功した俺はとくにお金に困ってはいない。

 アランド陛下の提示した金額にも不満はなかったので、すぐに話は纏まった。


「これでそなたはシャルの家庭教師だ。ただ一つだけ言っておく。娘の要望には可能な限り答えて欲しいと入ったが、娘をたぶらかせて泣かすような真似は決して許さぬ」

「そんな不埒な真似はしませんよ」

「あぁ……娘が同意のもとであれば構わぬぞ。むろん、その場合は責任を取ってもらうがな」

「だから、不埒な真似はしないって言ってるでしょうが」


 思わず言葉遣いがぞんざいになってしまった。さすがに少し不味いとは思ったが、こればっかりはハッキリさせておく必要がある。


「さきほどはスルーしましたが……俺の過去を知っていますね?」

「うむ。フィーナ様から冒険者の心当たりとしてキミの名前を聞いたとき、同時に経歴についても聞かせてもらった。優秀な冒険者であり、もともとは――」

「その先は結構です。ここにいるのは冒険者のノエルですから」


 それは捨てた過去だから、触れてくれるなと含みを持たせた。アランド陛下は俺の意図を読み取ってくれたようで心得たと頷く。


「ではあらためて冒険者のノエルに依頼するとしよう。娘をよろしく頼む」

「引き受けました」

「うむ。では、さっそくシャルを紹介しよう」


 アランド陛下がハンドベルを鳴らすと、ほどなく応接間の扉が開いた。そうして姿を現した娘を前に息を呑む。その少女は、亡くなったはずの師匠の孫娘だった。

 

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