第2話 テンプレ展開……あれ?

 瞼越しでも目を焼く強烈な光が収まり、孝志と義昭は目を開ける。

「こいつぁ……どうなってんだ?」

 呆然とした義昭の呟きに、孝志も義昭の腕の中から抜け出して周りを見る。 そこには想像していた通りの光景が広がっていた。

 中世のヨーロッパを思わせる壮麗な空間に居並ぶ全身鎧の兵士たち。 部屋の奥には玉座に王冠をかぶった壮年の男性が座っている。 そしてその脇には豪奢なドレスに身を包んだ妙齢の女性と少女。

 孝志は思わず身震いするのを止められなかった。 ネット小説で読んで少なからず憧れたことが自分の身に起きたのだと。

 孝志を見て女性と少女が顔を見合わせると少女が頷きこちらへと近付いてくる。 孝志と同じくらいの年でゆるくウェーブのかかった綺麗な栗色の髪を背中まで伸ばした、思わず見とれてしまうような美少女だ。 孝志よりも頭一つ分以上小さく、おっとりした感じの顔立ちと合わせてどこか小動物的で庇護欲をそそられる──孝志の本音をぶっちゃけるとこんな娘が彼女だったら、と思わずにいられない娘だった。

 そんな少女は孝志の前にくるとスカートをつまみ優雅に礼をする。

「ようこそおいでくださいました、勇者様。 我が国の危機にあたり召喚に応えていただけたこと、誠に感謝いたします」

 にっこりと花のような笑みを向ける少女にどぎまぎしながら孝志も頭を下げる。

「ど、どうもご丁寧に……その……俺は草尾 孝志と言います」

「素敵なお名前ですね。 タカシ様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」

「はい! それでその……君は?」

「あ、申し訳ありません! 自己紹介が遅れました。 私はこのミスフォード王国の第二王女、システィアと申します」

 システィアはまた軽く孝志に頭を下げると玉座の方を手で示す。

「あちらにおられるのが私の父上──国王であるディグノー=デリック・ミスフォード、そして私の姉で第一王女のユーミスです。 後程、父上からタカシ様にもお話がありますがまずは私から色々とご説明させていただきますね」

「よろしくね、システィア……さん」

「システィとお呼びください、タカシ様」

 システィアの笑顔が眩しくて照れてしまい、孝志は頬を赤らめながら目を逸らす。 こんな可愛い娘に話しかけられて嬉しくはあるけど初な性格のせいでまともに向き合えない。

「その……よろしくね、システィさん」

「システィ、ですよ? タカシ様」

「で、でも、お姫様を呼び捨てなんて──」

「我が国を救うために戦っていただく勇者様がそのようなお気遣いはなさる必要はありません。 それに私はこれからタカシ様のお手伝いを色々とさせていただくのですから親しく呼んでくださるとうれしく思います」

「えっと……じゃあ──」

「おい、嬢ちゃん」

 動揺しながらも浮かれ気味に話す孝志を遮るように義昭が声をかけると周りがざわつく。 王族に対する礼儀がいらないようなことは言っていたもののここまでぞんざいな口を利く人間がいるとは思っていなかったのだろう。

「お静かになさってください。」

 システィアが周りに声をかけるとざわつきが収まる。 咎め立てして勇者の機嫌を損ねることがないよう、事前に通達されていたことも効果があった。

「貴方はタカシ様のお知り合いでしょうか?」

「そいつは俺の孫だ」

「そうでしたか。 どうやらお祖父様はタカシ様の召喚に巻き込まれてしまったようですね。 ご迷惑をおかけしてしまい大変申し訳ありません」

「先の短いジジイのことなんざどうでもいいやな。 それよっかよ、こいつぁ何なんだ? いきなりわけわかんねぇことが起きてっけど……俺ぁともかく可愛い孫を変なことに巻き込まれちゃたまんねぇんだがな」

 義昭の眼光に貫かれたシスティアが怯えて後退る。 孝志も知ってる、普段は穏やかな義昭が相当怒った時にしか見せない顔だ。 中学の事件の時に一度だけ見たその恐怖は忘れられない。

「ちょ、ちょっと待った、じいちゃん! これはシ……システィが悪いわけじゃないんだ! それに俺を危険に晒そうとかいうわけでもなくてさ──」

「おい、孝志。 可愛い嬢ちゃんにデレデレすんのもいいけどよ、俺ぁまだそこまで耄碌してねぇぞ? その嬢ちゃん、さっきはっきり言ってたよな? 『この国のために戦ってもらう』ってよ」

 孝志の背後に庇われながら恐る恐る覗いていたシスティアが義昭に睨まれて慌てて顔を引っ込める。

「だからさ、落ち着いてってば。 これは小説とかでよくある異世界召喚ってやつなんだよ」

「異世界召喚? 何だぁ、そりゃ?」

 聞き慣れない言葉に義昭が怪訝そうに顔をしかめる。 とりあえず話を聞いてくれる様子になったことに安堵しながら孝志は説明を続ける。

「ここはさ、俺のやってるゲームとかにあるみたいな世界なんだよ。 よくあるとこだと魔王とかに国が滅ぼされそうで勇者として他の世界の人間を呼んだりするんだ」

「……よく分かんねぇけど何だかけったいな話だな。 するってぇと何か? お前がその勇者だってぇのか?」

「システィの言うことが確かならだけど……まずは詳しく話を聞いてみようよ」

 孝志の説得に義昭はひとまず怒りを収める。

「嬢ちゃん。 どういうことなのか聞かせてみな」

「は、はい……」

 システィアがまだ怯えながら孝志の背から出ると二人に話を始める。


 この世界──フラムナードには七つの大陸があり大小様々な国がある。 人間、獣人、亜人、そして魔族──様々な種族が混在している。 魔族の国でも中には人間と友好的な国もあり、また時に友好的な関係から敵対的な関係になったりその逆も当然ありながら、種族を問わずに様々な関係を築いている。 ただし純魔五王国と呼ばれる五つの国は完全な例外だ。

 魔神の血を受け継ぐとされる一族が支配するこの国は人類に対して極めて敵対的で、過去には何度も戦争を引き起こし、その強大な力で大きな被害をもたらしてきたと伝えられている。

 しかし千年の昔に神と魔神の戦争が起き、魔神に従う純魔五王国と多くの魔物、神の加護を受けた様々な種族が争う世界大戦──神魔大戦により大きな変化が起きた。

 敗北した魔神に従っていた純魔五王国は神が創った障壁により隔離されることになったのだ。

 しかし魔神と同様に戦いで傷付き疲弊した神の創った障壁も完全ではなく、数百年に一度──この千年の間に三度、魔神の加護を受けて魔王と化した五王国のそれぞれの王により障壁が無効化され人類に戦いを仕掛けてきている。


「純魔五王国に隣接し五王国の侵略の盾となる役割を果たす五つの国には神より『勇者召喚の儀』が授けられました。 我がミスフォード王国もその一つ。 勇者を召喚し支援し、ともに魔王を倒し純魔五王国を封印する──それが我が国に神より与えられた使命なのです」

 義昭に怯えながらシスティアが話した内容に、孝志は高揚を抑えられずにいたが義昭はつまらない話を聞いたというように頭を掻く。

「つまりは孝志にその魔王とやらと戦えってことか。 はっ! 戦いなんかと無縁に生きてきたガキにそんなことができるわけないだろ?」

「じいちゃん。 普通ならそうだけどこういう時は違うんだって。 ちゃんと力が与えられるようになっててさ──」

「そ、そうです! 勇者として召喚されたタカシ様には神より戦う力が与えられています」

 義昭にまた睨まれ怯えながらシスティアは孝志に寄り添う。

「タカシ様。 今、貴方の胸には神より授かった力の証が刻まれています」

 言われて胸元から覗き込むと心臓の辺りに奇妙な紋様が刻まれていた。

「その紋様に意識を集中しながら『ステータス』と唱えてください」

「──『ステータス』」

 孝志が言われたようにすると空中に画面が浮かび上がり様々な情報が表示される。


名前 草尾 孝志

称号 勇者

LV 72

HP 8625

MP 6243

攻撃力 13870

防御力 11274

体力 756%

筋力 824%

敏捷 981%

智力 534%

精神力 1026%


スキル:『剣術 LV8』『体術 LV7』『思考加速 LV6』『苦痛耐性 LV5』『危険感知 LV5』「魔攻耐性 LV8」


経験値 124938


「これは……俺の能力値なの?」

「厳密に言うなら違います」

 孝志の呟きに玉座近くに控えていたローブ姿の女性が孝志へと近寄り頭を下げる。 30手前くらいで長い黒髪を結い上げた、少しきつめの顔立ちだが中々の美人だ。

「ミスフォード王国軍、魔導部隊第三隊所属魔導師、イリアス・クライアッドと申します。 勇者様の供を仰せつかった私から説明させていただきます。──『ステータス』」

 イリアスが唱えると同じように情報が表示される。 LVは68。 孝志よりは若干低く数値も総合的には若干劣るものの魔法関連と思われる数値は孝志よりも高い。

「『ステータス』とは『神の加護』──創造神ネストリアス様より授かった力でこれを持つ者へ能力補正を与えてくれます」

「能力補正?」

「はい。 例えば防御力という数値がありますがいくら鍛えていようと、相手が非力な子供で武器が小さなナイフであったとしても、心臓を刺されたら死ぬのは自明の理。 それはお分かりになりますね?」

 それはその通りだろう。 ゲームを成立させるためのシステムが現実に適用されるわけがない。 HPといったシステムだって1になれば動けないような瀕死になっているなら戦闘なんかできるわけもなく、逆に戦闘もできるくせに石が当たったくらいでいきなり死ぬような状態とかあり得るわけもない。 非現実を通り越して馬鹿馬鹿しいの一言だ。

「『神の加護』はその理を越える力を授けてくださいます。 勇者様の防御力は11274──無防備な状態でもそれ以下の攻撃力ではダメージを負うことはありません。 実際にはもっと複雑で、攻撃力も武器の攻撃力やこのように数値化することのできない本人の技量などが関わるのでステータス上は大幅に下回る攻撃力の相手からダメージを喰らうこともあり得ます」

 イリアスの説明を孝志は食い入るように聞いている。 イリアスのLVは68。 勇者に同行するというのならそれなりに強いはずだ。 それを越えるLVの自分は確かに勇者として大きな力を与えられているんだと、興奮せずにはいられなかった。

 それとは対照的に、義昭は険のある目でイリアスを睨んでいる。

「HPというのは受けたダメージを肩代わりしてくれます。 痛みや衝撃はありますがHPが尽きるまでは死ぬような怪我をすることはありません」

「つまり一定以下のダメージを通さない防御力ってバリアと削られるまでは守ってくれるHPってバリアがあるってことだね」

「その通りです。 召喚された勇者様は元の世界での経験や鍛練を基に我々の10倍のレベルで『神の加護』が与えられその後のステータスの伸びも我々とは比較になりません。 祖父君のように召喚に巻き込まれた者も過去にいましたがその場合は勇者様の半分程度。 それと比べれば勇者様がいかに大きい力と可能性を持っているかが分かってもらえると思います。

 現に勇者様のLVは72──これを上回るのは我が軍においても50人もいませんしそれを上回り、我々では限界と言われるLV100を越えるのもそう難しい話ではありません」

「聞いたろ、じいちゃん? 心配しないでも十分戦えるだけの力はあるんだ。 それにじいちゃんに鍛えられてたんだからさ。 自分が誰よりも強いなんて思い上がって油断するほどバカじゃないよ。 だから──」

「それがどうした?」

 興奮しながら義義昭を安心させようとする孝志に、義昭は大きくため息を吐く。

「じ、じいちゃん……?」

「力があるから大丈夫だなんの……それが何も分かってないガキだっていうんだよ」

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