センセーのくせに

 けさも、きりつ、れい。そうやってはじまるあたしたちの朝。


 いつも通り。とかゆって、あたしはきょうもナプキンしてる。ちょっと慣れてきたかな。二回め、だし。ほんとに毎月来るんだなあってカンジ。……天王寺さんにはお礼をしたいけどなんかできていない。あんなの見ちゃったし。おうち行くんじゃなかったかな……。あたしは毎日えーちゃんとるかとたむろってる。

 センセーはにこにこしてる。センセーは男だから最初はコワいと思ったけどあんま怒んないからまあまあ好き。


「けさはみんなにお知らせがあるぞ」


 えーっ、なになにーっ、と声がいっぱい飛ぶ。


「なんと、天王寺公子さんの絵が、市の展覧会の市長賞に選ばれました! 天王寺さん、おめでとう!」


 教室、いっしゅん、シン、ってなった。……そりゃそうだよ。だって天王寺さんのことでしょう? みんなそんなのどんな反応するのがセーカイなのかわかんないよ……。

 あたしは天王寺さんをちらって見た。

 天王寺さん、めちゃくちゃびっくりしてた。あと、青ざめてた。たおれちゃうんじゃないかってくらいに。

 天王寺さんがそこまで表情を変えるなんてめずらしいし、……あたしはこのあいだ泣いてるとこ、見ちゃったけど。


「ほらほら、おめでとうおめでとう、天王寺さん! 立って、立って! 市長賞なんてすごいんだぞー?」


 先生がふざける感じで言った。ひゃ、ひゃいっ! とかゆっておとなっぽい天王寺さんっぽくもなくガタンガタンって立ち上がった。


「拍手!」


 先生が両手を高く上げて拍手すると、やっとぱらぱら拍手が起こったけど。

 ……あたしは、あたしだけは、たぶんこの教室で天王寺さんのことオメデトーとかではなくカワイソーって思ってる。

 あたしは、あることを決めた。



 職員室入るとき、失礼します! って言ったあたしの声、ちょっと大きすぎたかもしれない。先生たちみんなこっち見てる。恥ずかしいしなんか嫌なきもち。あたしは目立つの好きじゃない。えーちゃんとか、るかとは違って。えーちゃんの目立ちかたは笑えるけどるかの目立ちかたは笑えないからキラい。けど、あたしのこういう声がマジでかくなっちゃうとことかもマジメに笑えないんだろうなって、思う。


 あたしはぴょんこぴょんこ頭持ち上げて花ちゃんセンセーをさがす。職員室ってなんか広く感じるんだよね、五年生になっても知らないセンセーとかいっぱいいるし。それは公立だから仕方ないんだってお姉ちゃんは得意そーにハナ鳴らしたりするけど、なんだよ、お姉ちゃんだって小学校は公立だったくせに。自分が私立の高校行ったからって、いばりんぼなんだ。


 あたしがあんまり跳ねながら困ってたからか隣のクラスのおばさん先生が声をかけてくれた。


「あら、えっと、餅崎さん。どうしたの? だれ先生をさがしているの?」

「あ、えっと、花ちゃ……花代先生、……です」


 です、ってなんかちょっと気恥ずかしくない? って、あたしは思う。

 おばさん先生はちょっとヘンな顔をした。


「花代先生? 花代先生は三年生の補助……ああ、いいえ、三年生の先生だけど。なにか用かしら?」

「あ、その、クラブの」

「クラブ?」


 まったくもう。知らないんだろうか。自分だってセンセーのくせに。センセーってけっこーいいかげんだ。


「あたし三年生じゃないけどイラスト美術クラブで花ちゃんセンセーの教え子なんです!」


 言ってからすぐあたしはカアッ、ってなった。だってまた大声出しちゃった。ああもう。こういうのってどうしたらお母さんとかお姉ちゃんが言うみたいに、辛抱とか我慢とか、することができるの? だって、だって、出ちゃうもんは出ちゃうもん、嫌んなったりパニくったら、大きな声なんて、カンタンに出ちゃうもん。


 けどシューカクはあった。あたしがふだん行かないほうの職員机で、花ちゃんセンセーがかわいらしくぴょんこと頭を伸ばして、右手まで挙げていた。なあに? って首をかしげた。おどけている、ちょっとおどけている。センセーのくせに。あたしはちょっと嬉しくなっちゃって、わあ、って言っちゃった。職員室は静かだからやっぱ声が響いちゃう。


「花ちゃんセンセーって灰色の職員室の机って似合わないよー」


 あたしは楽しくなっちゃってそう言いながら花ちゃんセンセーに突進していった。花ちゃんセンセーはおうおうなんて若いジョセーなのにそんなオトコみたいなこと言いながら、両手でがばっとあたしの頭をまるごと抱えて受け止めてくれた。

 あたしは花ちゃんセンセーの腰にぎゅーっと抱きついた。


「うんうん。どうしたの? 餅崎さん。昼休みに職員室に来るなんて珍しいじゃない」

「あの、あのね、このあいだ天王寺さんのおうち、遊び行ったの」

「……へえ? そうなの」


 花ちゃんセンセーはナゼかさりげなーくあたしの背中の上のほうに腕をずらして、そっちからも抱きしめるようにした。あたしから抱きつくことはあったけどセンセーってだいたい受け止めるだけだからちょっとびっくりした。花ちゃんセンセー、……センセーなのに。


「……ねえ、餅崎さん。センセーにその話、詳しく聞かせてくれない?」

「うん。でも、ジョーケンがある」

「なあに? 先生に、なんでも言って」

「天王寺さんきっとすっげえ怒られちゃうから天王寺さんのチカラになってあげて。……天王寺さんち、ヘンなの」


 あたしはなんだか自分のことってワケでもないのになのに泣きそうだった。

 おかしな天王寺さん。あたしはなんかずっとモヤってる。


「――もちろんよ。ええ。餅崎さん。……先生は、先生なのよ? かわいいかわいい教え子のためならドーンと来い、だわ。……とくに絵のこととあっちゃね」

「え?」

「ううん、ええ、ありがとう餅崎さん、……場所を変えましょうか。まだお昼休みが終わるまでに二十分はあるわね」


 花ちゃんセンセーはあたしからからだを離した。

 花ちゃんセンセー、笑っていた。

 にこにこ、にこにこって、いつも通り。

 じゃあ美術室かあ、お昼休みに行くなんてはじめてかもなー、と思って、花ちゃんセンセーと職員室出ようとした、……そのときだった。


「おう、餅崎。……それに花代先生じゃありませんか。どうもどうも。どうしたんです、こんな組み合わせなんて珍しい」


 うちの担任だった。田畑たばたけ先生。若い男の先生。


「あ、田畑先生、いえ、その。イラスト美術クラブのことについてで。餅崎さんが相談があるというので」

「そうなのか、餅崎」


 あたしはうなずく。……なんであたしに聞く? べつにセンセーである花ちゃんセンセーがそう言ってんだから、あたしになんか確認しなくたって、いいじゃん。


「なんの相談だ?」


 あたしは黙ってしまった。……え、なんか、いつもよりずっと怖い。

 花ちゃんセンセーはあたしをかばうように肩にそっと手を乗っけた。……手が、あっつい。


「個人的なことだ、とのことでして。……同性としていろいろと役に立てることもあるかな、と」

「え、センセー、あたしそんなことなんにも……」


 花ちゃんセンセーはあたしを見た。

 ――ビクッ、とした。

 笑顔なのに……笑ってない。なんていうの。仮面?

 気がついたら田畑先生までコワくなってた。……え、なに、なにこれ。

 すれ違っただけなのに。


「……花代先生。あなたが優秀な芸術家でもあることは知っています」


 え、なんの話?


「けど、ここは、学校です。ここでは、あなたは、芸術家である以前に、教師なんです。……児童のことを第一に。そしてなにより、学校全体のことをよく考えてくださいね。なにかあったときに、けっきょくいちばんつらいのは、児童なんですよ」

「……もちろん。存じ上げております。わきまえております。……でもそれと児童の才能の芽をいきいきと育てるというのは矛盾しないことなのではないですか。……それにいまの話の主役は餅崎さんです、お言葉なのですが、その話をするのは不適切ではないでしょうか。そういったことは、あとでいくらでもまた私のお考えをお伝えしますので、……あ、ごめんね、餅崎さん。たいしたことじゃないのよ、行きましょ」


 花ちゃんセンセーにあたしは背中を押される。


「あっ、餅崎――」


 あたしは、振り向く。

 田畑先生ヘンな顔してた、……なんか、あたしに、助けでも求めてる? みたいな。……センセーが、子どもがわに助け求めることなんて、ある? 逆ならふつーにわかるけどさあ。

 田畑先生は自分で呼んどいて首を横に振った。


「……いや。なんでもない。授業には遅れないように」

「行きましょ」


 あたしは、花ちゃんセンセーに追い出されるようにして、職員室を出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る