第5話 敵襲

 女は少女を連れ、誰にも言わずに館を出た。車に乗り、街の北から中心部の方へと走り出した。

 少女は言われるがままに従っていたが、その頭の中ではずっと謎の声と問答を繰り返していた。声には出さず、頭の中だけで。

 ………………

 …………

 ……

『何を欲す?』

 ……あんな風に、死にたく、ない。

『ならば、何を欲す?』

 あの人が言っていた戦いとは関わりたくない。

『無理だ。既に力を手にしたお前ではな』

 じゃぁ、こんな力、いらない。

『その力、誰かに分け与えて、お前も死ぬか?』

 …………。

『無様、だな。本当は自分でも逃げるだけでは駄目だと分かっているんだろ?』

 でも……。

『分かってるんだろ?認めろよ、自分の奥底の願望を』

 自分の、奥底の……?

『そうだ。死なず、逃げず。そんなお前の望みの為には何を欲すればいい?』

 それは……力。強い、負けない力。

『そうだ。それでこそ、我がーーーー』

「これが、私の力……」

 少女が声に出して呟くと、女は少女を横目で見た。その表情に何処か、危うい物を感じたが何も言うことなく、目的地へと運転を続けた。


 その頃、館では女と少女がいなくなっていることに周囲の者が気づき始めた。

 女へと連絡を試みる者、館の中を探す者、我関せずを貫く者。反応は様々であったが、皆一様に脳裏には女からの一斉メールが浮かんでいた。

『侵入者有り。見つけ次第抹殺せよ』

 故に、館の主だけではなく、二人も殺害されているのではないか、そう考える者も多かった。しかし、唯一人、女と共に和室へと来た男だけは別の可能性を危惧していた。それは、能力の強奪。

 七つの罪業、傲慢、憤怒、嫉妬、怠惰、強欲、暴食、色欲。それらの家系にはそれぞれ悪魔に与えられし能力がある。それは世代により異なるが、罪業から生まれたものであることは同じである。

 故に、男は強欲、もしくは暴食の者が『能力強奪』の類いの能力を持っていたら、と仮定していた。もしそうであったのならば、一族が長年かけて培ってきた力の全てを奪われ、そして、それが敵に回ることを意味していた。それだけは何とかして阻止しなくては、そう思っていた。

 しかし、館内に侵入者は見つからず、少しずつ諦めの雰囲気が漂い始めた。そして、とうとう、探索範囲を外へ広げよう、と言い出す者が現れた。そして、館の外へと出ようとした瞬間、館内に声が響き渡った。

「やぁやぁ、皆さん。ご機嫌如何かな。無惨にも主人は殺され、残されたのは雑魚の雑兵ばかり。それでは、今から残党狩り、と行きましょう」

 瞬間、館内の空気が一変した。張り詰め、全員が敵の襲撃に戦闘体勢へと頭を切り替えた。しかし、侵入者はそんな空気を意にも介さぬ様子で歩き始めた。

 この侵入者は当然、主人を殺した本人ではない。しかし、館内の全員はそうは思ってはいなかった。この者が主人を殺したのだ、とそう思っていた。

 そして、侵入者は愉悦に浸っていた。にも、暇潰しに敵側の本拠地の一つへと侵入した。そして、そこには主人の死体が存在していた。誰がそれを行ったのかは分からない。しかし、ここでその様な事を行う人物が自分以外に存在していると言うことが心の底から楽しかった。

 そんな侵入者の前へと五人の男達が姿を現した。問答無用、とばかりに前の二人は障壁を出し、後ろの二人は氷の刃を作り出し、侵入者へと射出した。

「……雑魚が」

 たったその一言で侵入者へと向かった刃は霧散した。驚きつつも、中央にいた男は静かに、怒りを込めて侵入者へと別の角度からの攻撃を試みた。

「溺れ死ね!」

 その言葉の通り、侵入者の足元から大量の水が現れ、巨大な水球となって侵入者を包み込んだ。しかし、それは一瞬の事で、水球は重力に引かれるように破裂した。

「所詮はこんな程度か。下らんな。圧政プレッシャー

 興味が失せたようにそう呟くと、障壁があったにも関わらず、男たちはその場に潰れてしまった。

「俺の前にそんな障壁など意味があるはずなかろうに。雑魚狩りは、つまらんな。終わらせるか。圧政プレッシャー

 その言葉の直後、館全体が巨大な力によって一瞬にして押し潰された。

 残されたのは瓦礫の山ではなく、平らとなった空き地。その中心に立つ侵入者は文字通り、その場を飛び去った。彼は空を飛びながら、一台の車を探していた。

 俺に気付いたのか、偶然か、逃げた車がいたな。同じ雑魚でも少しは俺を楽しませろよ。

 そんなことをに思いながら。

 しかし、その傲慢さには本人の実力が伴っていた。彼の家系では最高の能力を産まれながらに持っていた。故に、周囲は彼を王の中の王、皇帝、と呼んでいた。

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