第4話 情勢

「総合軍事力はクンツァイト帝国が1番強いけど、個人資質はアダマント王国が群を抜いて強いのよ」


 そう語る母様もその辺りには矜持があるのか、若干自慢げに見える。


「そして経済力ね。これに関してはアダマント王国はかなり有利な場所にあるわ。4国の交易の中心にある国だからね。貿易都市としても有名なのはアダマント王国の王都ヴァイスを中心に、東にルージュ、南にブラウ、西にローザ、北にネーロね」


 確かに立地的に見て、交易をするなら道が短縮できるアダマント王国を通るのが1番だ。しかもアダマント王国が軍事的にも強いのなら、道の安全が他よりも保障されているというのもあるかもしれない。


「もちろんアダマント王国を通らず、他の国に直接行く交易路もあるけど、クンツァイト帝国とアガット教国の間には、龍王山脈があって山越えはかなり危険だし、ネフィライ連合国とヘリオラ公国の間には、精霊が住むと言われるミュルクヴ大森林が広がっているの。実質その2つを越えて行くのは無理だから、アダマント王国が交易で盛んなのよね」


 そう考えると他の国から見たら、立地的にアダマント王国がとてもいい場所にあると言える。野心家であればこの土地を制圧できれば、周辺国への足掛かりともいえる場所ということだ。


「アダマント王国は立地的に四方を国に囲まれているけど、ここを逆に制圧しようとしたら、他の国が困る場所でもあるわ。どこの国にも隣接することになるからね。アダマント王国が落ちて困る国は、ヘリオラ公国とネフィライ連合国。ヘリオラ公国はアダマント王国ととても仲がいいわ。今の君主はアダマント王国王家の親族でもあるからね。私達の母様であるグリタ王妃の妹が今の君主の妃だから」


 国のトップの妃が王妃の姉妹か。姉妹が仲がいいなら、そりゃ攻められたら協力体制ば抜群でしょうね。


「そしてもう1つがネフィライ連合国。ここは隣のクンツァイト帝国と睨み合っている国ね。連合国というのでわかるように、複数の国だったのが今は1つの国として統治されているけど、その原因となったのがクンツァイト帝国なのよ。クンツァイト帝国が北に侵略して国を1つ併合し、さらに先へと侵略する前に、連合を組んだのがネフィライ連合国の始まりね」


 なるほど、北と西が対立しあっているのか。


「そして連合国だけに考え片や、国としての成り立ちは結構バラバラで、それでもクンツァイト帝国の侵略を防ぐために協力体制を布いた経緯があるから、自分たちの領域を犯すことに敏感な気風だわ。そしてそれは神への信仰もそう。アガット教国が教国と言われる所以は、国が一神教だからよ。他の信仰は認めないわ。複数の信仰宗教があるネフィライ連合国なのに、そんなのが隣に来られると困るでしょ?クンツァイト帝国と対立しているのに、対立するとわかっているアガット教国が隣接してきては困るのよ。ネフィライ連合国は」


 確かにそう考えると、アダマント王国がアガット教国に対して緩衝材になっている今がクンツァイト帝国と事を構えた時にも、対応しやすい状況であるのか。


「クンツァイト帝国は結構攻撃的なのですね」

「そうね、侵略して大きくなったっていうのもあるし、あそこは欲しいものがあるのよ」

「欲しいもの?」

「ええ、クンツァイト帝国がネフィライ連合国へ侵略した理由でもあるのだけど、クンツァイト帝国は海が無いの」

「海が無い?」

「そう、クンツァイト帝国は龍王山脈の険しい山々で南から南西、西付近までグルっと囲まれている国なの。そしてさらに北西はイヴェリル大砂漠が広がっているわ。鉱山があるから裕福だけど、海が無い。岩塩だけでは国民全員分の需要を賄えないから、塩を海に隣接しているネフィライ連合国やヘリオラ公国、アガット教国から輸入するしかないの」


 なるほど、話が見えてきた。


「一騎当千の多いアダマント王国を侵略しても、交易する国は変わらない。アダマント王国は海に隣接していないのだから。そして3国はクンツァイト帝国が海に隣接していないのをわかっている。アダマント王国を侵略し併合したとしても、さらに高い金額で侵略で弱ったクンツァイト帝国へ追い打ちをかければいい。むしろ売らないでネフィライ連合国のクンツァイト帝国対立の援助というのもありえるわ。クンツァイト帝国が侵略するとしたら、ほぼ絶対に最初はネフィライ連合国だろうと誰もがわかるのよね」


 母様の話を聞き、大体の周りの国についてはわかってきた。そして今回のアガット教国での特使幽閉の思惑は恐らく……


「ノワもわかってきたみたいね。さすが私の娘!賢いわぁ!」


 考えていた顔色が変わった途端に、先ほどまで出来る女みたいな感じで説明していた母様が私を撫でてデレデレになる。もうちょっと凛としたままでいて欲しい。


「今回の幽閉に対して有利に働くのは、教国とクンツァイト帝国。おそらくクンツァイト帝国の入れ知恵でしょうね。教皇がトップの神の代理として統治しているアガット教国と帝王が絶対のクンツァイト帝国が仲良くするなんてことは、まずありえないでしょうけど、ネフィライ連合国にアダマント王国が助けに入るのは困るし、アダマント王国は常に弱らせておきたい思惑がクンツァイト帝国にはあるのでしょうね」


 侵略を是としているクンツァイト帝国にとっては、アダマント王国が目の上のたん瘤みたいなものか。


「アガット教国は交易路としてアダマント王国が欲しい、あそこは枢機卿になるほど、地位が上に行けば行くほど腐敗が進んでるから、金目的でしょうよ。どうせアダマント王国を占領したとき、クンツァイト帝国が侵略しないとかの密約でも結んだんじゃないかしら。皮算用が過ぎるわほんと」


 呆れたように溜息をつく母様。まぁそれに巻き込まれた立場であるのだから、そう思うのも当たり前だね。もちろんそれに巻き込まれている私もそうだけど。


「幽閉なのはもしかして、攻められたら負けるからですか?」


 現状に対して答えであろう質問を母様にぶつける。


「そうよ。アダマント王国と戦争してはアガット教国は勝てないのよ。一対一でも負けるのに、戦争になったらヘリオラ公国と手を組んで攻めてくるのだから、アガット教国としては戦争なんてしたくはないけど、旨味は欲しいのよ。ほんとバカな国よね」


 アガット教国に対して母様が辛辣である。まぁわからなくもないけど。


「それではこのまま何かあるまで、ここで過ごすことに?」

「そうね。今頃アダマント王国へあることないこと言って関税やら貿易品の譲歩やらを求める算段をしているんじゃないかしら。自分たちは懐を開いたのにこの仕打ちは!みたいなこと言って。そしてアガット教国とアダマント王国がこうなっている間に、クンツァイト帝国がネフィライ連合国へちょっかいをかけていることでしょうよ」

「ということは、ここでの交渉は長引きそうですね」

「ええ、こちらから自国へ連絡が取れればいいのだけど、アガット教国の言い分を確かめるためにアダマント王国から密偵が来るまで、状況は引き延ばしになるかしら」


 なんとも記憶が戻ったのはいいものの、幽閉という牢獄からスタートとは…前世も今世も私は余程神に嫌われているのかね。ま、称号を見るに興味を持たれた神もいるようだが、はてさてどうなることやら。

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