第5話

 「さて……どうするか」


 冒険者ギルドに戻り、私達は今後の方針をどうするか話し合うことにした。『教団』なる組織について、私は何も知らない。ラットも、そしてガラニカも、それについては『マガ・ノストルムを信仰の対象とする魔神使い達の集団』ということ以上の事は知らないようだった。


「どうするも何も無いんじゃねえか?足使って聞き込みする、以外に無いだろ」


「情報は足で探すモノだからね」


「スマートではない。が、異論も無いな……そういえば昔、魔神召喚の際には甘い匂いがする、と聞いたことがある。それも念頭に置いて聞き込みをしてみてくれ」


「わかった。甘い匂いだな」


「ああ。二時間後にここに集合してくれ」


 そうして私達は別行動を取ることとなった。



***



 30分程街を練り歩いたが、甘い匂いだけを頼りにしても、見つかるのは菓子屋ばかりだった。その内の1つに至っては押し売りされてしまい、私は今飴玉を入れた瓶を抱えてベンチに座っていた。あくまでも休憩のためである。

 苺味の赤い飴玉を口に入れようとして、指が滑る。最早蟻の餌と化してしまったそれの行く末を見守っていると、道行く人の足に当たったのが見える。黒いフード付きマント……珍しい装いではない。自分がナイトメアであることを隠したいだとか、顔に傷があるとかいう理由で、冒険者ならこういった格好をしている者もいるのだ。

 そいつが私に近づいてくる。私は。そいつの口の中に生えそろった牙を偶然見つけた私は、そいつの顔面に飴玉の瓶を投げつけ、先手を取る。左腰から剣を抜き放ち、魔力を込め、練技の呼吸により、筋力と視力めいちゅうりょくを増強し、更にブリンクの魔法で幻影を纏う。一切の容赦も躊躇も無く、横薙ぎに一閃した。

 鮮血が舞い、周囲の人々の悲鳴が響き渡る。私は別に錯乱したわけではなかった。

 このローブの人物は魔神使いだ。口に生えた牙はデモンズファングという魔法によって変質した証拠に違いなかった。私に斬られたそいつはたたらを踏んだが、すぐに体勢を立て直すと、その身を敏捷性に優れた肉体に変形させた。デモンズイベイジョンという、魔神・バルーサビヨーネに似た体質を得る魔法による効果だ。自身に一撃で仕留められる腕力と魔力が無いのが恨めしい。魔神使いは確かに貧弱な魔法使いだが、その肉体を魔神のものに変える魔法によって、時に一流の戦士すら凌ぐ戦闘力を手に入れる。

 魔神使いが動く。魔力を纏わせた牙による攻撃。否応なしに本能的な恐怖を呼び起こすそれは、しかしブリンクの効果によって私に届くことはない。私が高位の魔術師だと理解した魔神使いは、近接攻撃を辞め、魔法を撃ってくるつもりらしかった。だが。


「その隙、見逃すかッ!」


 魔力を纏わせた武器による攻撃の後にはおしなべて魔法に対する抵抗力が下がる。そして私は剣による攻撃と魔法行使を間髪入れずに行える。

 突きが魔神使いの胸に突き刺さる。そしてそのまま、魔法の発動体として加工したレイピアで男の胸に魔法文明語を刻む勢いで詠唱を開始する。


真、第五階位の攻。衝撃、炸裂ヴェス・フィブ・ル・バン。ショルト・スラーパ――――――絶掌ダルラッド!」


 絶掌ブラスト。私が最も得意とする魔法。あのクロウリーなる男には決定打を与えられなかったが、この実力レベルの魔神使いになら十二分に効力を発揮する。魔神使いは吹き飛び、そのまま気絶した。当たり所が良かっクリティカルしたのだろう。私は剣に付いた血を払うと、武装解除をするために魔神使いの身ぐるみを剥ぎ、手近な街路樹に縛り付けた。


真、第七階位の感。理解、共感、発音ヴェス・セヴティ・ソ・セナ。カタラン・サンバテ・ポネマ――――――解話コンロクウィム。さて、話を聞かせて貰おうか、魔神使い。いや、『教団』の一員か?」


 解話タングの魔法だ。未知の言語による会話も、この魔法を使っている間は聞き取り、理解出来る。


「くそっ、魔女め……」


「死にたいか?魔神使いというのは往々にして利己的なものだが、『教団』などに属している連中はやはり、連帯感が強かったりするのかな?」


 魔神使いはしばらく私を睨んだが、やがて諦めたようで溜め息を吐くと、素直に喋りだした。


「別に、『教団』への帰属意識なんぞありゃしない。ここでアンタが解放してくれるってんならなんでも吐くさ。解話タングも必要無い。交易共通語で喋ってやる」


その言葉を聞いて私は笑い、彼ののど元に突きつけていた剣を収めた。勿論解放してやる、とでも言うように。


「喋らない、という選択をされるのが一番困ると思っていたところだ。私のマナも無限ではない。喋り出したタイミングで解話タングを発動しても、もう遅いだろうからな」


「ふん……だが『教団』のボスは強い。俺もお前も敵いはしないだろう。潰すつもりなら相応の覚悟が要る」


「ボスはどこにいる?」


「住んでいる場所までは、さあな。ホントだぜ。だが、月に一度、『教団』のメンバーで集まる日がある。その日には確実に現れるだろうが……勿論集まる連中も魔神使いだ。実力はまちまちだが。場所は毎回変わるが、いくつかの決まった場所をローテーションしてる。それも教えてやるよ」


 そのまますらすらと集合場所と、次の集会の際のそれも教えてくれた。随分気前が良いし、嘘を吐いている様子も無い。本当に帰属意識などは無いようだった。全く、大当たりを引いた。


「何故私を襲った?」


「おいおい、あの紅蓮の魔女様がこの地区のあちこちを歩き回って情報収集してる、なんて、すぐに噂になるに決まってるだろ?アンタハイペリオン級の冒険者なんだぜ。『教団』のことが知られちゃ俺達魔神使いは活動しにくくなる。消そうと思ったが、見ての通りだ」


「なるほどな」


「そろそろ良いだろ、解放してくれよ」


「ああ、そんなこと言ったか?私は一言も言った覚えが無いが」


「お、おい、そりゃ無いだろ!約束を反故にするつもりか?」


「だから、私は本当にお前にそんなことを約束していない。はっ、魔神使い向いてないよお前、私に捕まらなくても、魔神に隙を突かれて死ぬのがオチだったろうさ、じゃあな、お前のその牙は隠しようが無い。その内ちゃんとしたヤツに捕まるか、脱出するか、飢え死ぬかはお前次第だ。ああ、身ぐるみ剥がされて放置される可能性の方が高いかな?」


「なっ……くそっ、魔女め!」


「何を言う。私は情報を吐かせるだけ吐かせて、お前を殺すことも出来たんだ。他人に自分の命を握られた時点で、お前は終わりだったのさ。じゃあな」


 魔神使いの罵声を背中に受けながら、私は意気揚々とギルドへと帰っていった。

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