第22話 式神


 ガラリ


 乙葉が湯舟で鴉を鷲掴みした瞬間、浴室の扉が開けられた。乙葉はタオルの下から懐中時計を引っ張り出し、鴉を中に戻した。


 「うふふ」


 「っ⁉」


 入ってきた人物は、湯けむりでシルエットしかわからないが、明らかに女性の体つきをしていて、声も女性のそれだった。


 「こんばんは。隣いいかしら?」


 「・・・・・ここ、混浴じゃなかったはずですが?」


 「ふふ、少し照れてるの、可愛い」


 茶化すように話すその女性に、乙葉は軽くいら立ちを覚えた。


 「なんのようですか?」


 「これよ」


 そういって、彼女は何かを乙葉に放った。乙葉は懐中時計を握っていない、右手でそれをつかんだ。


 「ピアス・・・・、霊力封印器か」


 「あなたのおじいさまのものよ。昔、もらったの」


 彼女はゆっくりと歩いて、乙葉の前にその姿をさらした。白い髪に、黄金の瞳。浮世離れした美しさは、彼女が人間でないことを語っている。一応タオルで隠している彼女の完ぺきな肉体は、どんな男でも魅了するだろう。


 「・・・・祖父から話は聞いてる。あんたが大頭様の」


 「ええ、式神よ」


 大頭。出雲担当の陰陽師であり、全国の陰陽師の頂点に立つものでもある。大頭の式神は代々引き継がれ、その強力さを保っていた。過去に、乙葉の祖父と関わったことがあった。


 「祖父がお世話になったそうで」


 「それはこっちのセリフよ。あなたのおじいさまのおかげで私はここに居られる」


 彼女はゆっくりと湯舟に体を浸けた。体を覆っていたタオルも外したが、乙葉はまったく動じない。


 「私が霊力暴走を起こして死にかけたときに、彼がこれをくれた。だから、私は生き残れた。いつか、お礼を言いたいと思ってたのだけれど」


 「あなたはここを離れられない。それゆえにあなたは強いのだから」


 「そういうこと」


 「「・・・・・・」」


 しばし、2人の間に沈黙が落ちる。乙葉は渡されたピアスを指でこねくり回しながら、ため息をついた。


 「1つ、いいか?」


 「なに?」


 「なんで、人型で来たんだ?」


 乙葉の質問に、彼女はうれしそうにほほ笑んだ。


 「なんでって。こっちのほうが興奮しない?」


 「・・・・・・人間は人間以外を恋愛対象にすることは稀だぞ?」


 「そういうこと言ってるんじゃないのよ!」


 不機嫌そうに目を細めた彼女に苦笑しながら、乙葉は腰を上げた。


 「はいはい。それじゃ、俺は上がるよ。ピアスありがとう」


 「あ、その前に1つ聞かせてもらってもいい?」


 上がりかけた乙葉に、彼女は問いかけた。


 「なに?」


 「あなた、?」


 さっきとは打って変わって、悲しそうな顔で彼女は声を絞り出した。乙葉は彼女のほうを振り返らずに、短く答えた。


 「・・・大丈夫ですよ」


 ※次回更新 4月22日 水曜日 0:00

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