A-5 精算 ―融解―

 納得したかは分からないけど、『氷下美人マッチメイカー』もとりあえず当面の危機はないことを理解したらしいので、私達はまた歩を進めることにした。

 サイカはダッシーの上から頑として降りず、レミの方はサイカと言い争ってちょっと気が紛れたか、今は顔を上げて私の横を歩いている。

 「そうだクルルさん。レミがマスコットなら、わたしは私はどんな風に見えるの?」

 サイカがひょっこりとこちらに顔を出してくる。クルルは手綱を握りながらも上を向いて考えている風。

 「うーん、どう、と言われてもなあ。まださっき会ったばっかりやし。」

 「じゃあさ、第一印象は?凄腕の商人だっていうなら、やっぱり即判断するわけでしょ?」

 そういえば初めての護衛の時も、すぐに私を雇うと決めていたっけ。

 クルルは今度はああと軽い声で応えた。

 「一言で言うなら『変な人』やな。あ、悪い意味ちゃうで。」

 「いや悪い意味以外で『変人』ってどんなよ。」

 「いやなんちゅうか。ダッシーにぶつかってくるくらい抜けとんのに、レミちゃんと違って隙がないっちゅうか。まあ商売目線で言うなら抜け目がなさそうやとは思ったな。」

 「まあレミとは年期が違うからね。あ、十五才だけど。」

 「むしろ私はダッシーにぶつかったりしないですけど。」

 暗に抜けてると言われたレミは不満な様子だけど、サイカの方は納得したように頷いている。

 「そういえばサイカが『最強』と聞いてもあまり驚いてなさそうだったけど、それも分かってたの?」

 「いやそこまでは分からんかった、ちゅうかあの噂聞いたらもっとごつい奴想像するやろ。」

 まあ気持ちは分かる。

 「で、驚かんかったんは……なんちゅうか、そんなもんなんかなって思って。ほら、魔女の人らって名前変わると雰囲気まで変わったりするやん。レミちゃんもそんな感じやったし。」

 レミはちょっと違う気もするが、確かに新しい名前をもらうと、その名前に引っ張られる人はよく見る。なんとなく名前とずれた行動をとりづらくなるのだ。特に『人』の名前は、それが顕著に表れる人も少なくない。『概念』となればよけいにそうなることだろう。

 『叡智』と呼ばれる者が、知の探求をやめないように。『正義』と呼ばれる者が、信じるものを裏切らないように。『高潔』と呼ばれる者が、自らの行いを恥じないように。

 「やから魔女の人らにとって名前が変わるっちゅうんは、生まれ変わるくらいの気持ちがあるんかなーと。」

 「ふむ、なかなか興味深い考察ですね。生まれ変わるというのは流石に言い過ぎだと思いますが、私達にとって、名付けの儀式はそれくらい大きな意味があるかもしれません。」

 思うところがあったのか、『氷下美人マッチメイカー』も頷いている。一方のサイカは口をとがらせてなにやら考えている様子。

 「じゃあ、クルルさんにとって私が元『最強』ってことは、例えば私の母親が『最強』っていうのとあまり変わらないってこと?」

 「まあ……そんな感じかな。そら影響はでかいことやろうけど、やからといって今のサイカさんを怖れる理由にはならんかな。それにレミちゃんがなんや鍵にぎっとるみたいやし、そんならなおさら大丈夫やろうなと。」

 それでクルルはあっけらかんと笑う。それにつられるようにサイカも笑った。


 少し経って。レミとは逆側の、私の肩に白い鳥が止まった。と思ったら「エレノラさん」としゃべり出した。驚きながらそっちの方を見る。

 「どうしました、エレノラ。」

 「え、ああいや。なんんでもない。」

 不思議そうにこっちを見るレミに笑いかけてごまかす。ちょっと考えてみたら、さっきの鳥の声はサイカの声だった。つまりこの鳥はサイカの魔法か。たぶん秘密にしたいことなのだろうから、声を抑えて鳥に話しかける。

 「どうしたの、こんな回りくどいことして。」

 「こんなことエレノラさんに言ってもしょうがないというか、むしろ言わない方がいい気もするんだけど。……エレノラさんの言う通りだったんだと思う。」

 なんの話かと思ったけど、昨夜の話くらいしか思い当たるところがない。

 「やっぱりわたしは、今のわたしは、わたしがしてきたことに罪悪感を持ってる。レミの友達として、もっとわたしががいい子だったらよかったのになって、そう思う。」

 サイカの方を見るが、ダッシーの毛の中に顔を埋めていて様子がうかがえない。

 「念のため言っておくけど、だからといって私があなたを許す理由にはならないからね。」

 「分かってる。ただ、改名が生まれ変わりなら、罪悪感を持つことくらいは許せる気がしたから。あれだけのことをしたことを、後悔してもいいのかなって。」

 つまり罪悪感を持つこと自体に罪悪感があったのか?なんかややこしい話だな。

 「……まあいいんじゃない、それくらい。別にそれで罪が許されるわけでもないし。」

 「そういうことはっきり言うエレノラ、結構好きだよ。」

 「あなたに好かれても別に嬉しくないわ。」

 ぼやいたら小鳥がくすくすと笑った。

 「まあなんというか、いらついてたのもそれが原因だと思うから。そこはゴメンね。」

 「……ま、そっちの謝罪は甘んじて受けましょうか。ちゃんとレミにも謝りなさいよ。」

 「私がどうかしましたか?」

 自分が呼ばれたと思ったのかレミが反応した。とりあえずまた笑ってごまかしてると、小鳥は空へと羽ばたいて、そのまま溶けて消えていった。


 *****


 何はともあれ、厄介の種は一つ消えたらしい。そうなると気になるのはレミのことだ。

 レミの世界の事情は考えてもよく分からないけど、ただ人に戻れれば、たぶん関係なくなるだろう。その方法についてなら、何か手伝えることがあるかもしれないな。

 とはいえアカデミアでも聞いたことがないテーマだし。何か別の方向から考えないといけない。

 「そういえば『氷下美人マッチメイカー』といえば、確か魔術師団の人でしょ。」

 前にどこかで名前を聞いたことがあるのを思いだした。『氷下美人マッチメイカー』もちょっと周囲への警戒の気を抜いて、こちらに頷いた。

 「確かに私は魔術師団の一員です。それが何か?」

 「いや、そっちの方で魔女をただ人に戻す研究してる人とかいるのかなって思って。アカデミアじゃ聞いたことなかったけど、そっちはまた全然違う研究したりしてるでしょ?」

 「エレノラ?」

 少し困惑した顔をこちらに向けるレミ。その中に隠れているだろう不安をかき消そうと、レミの頭をなでる。

 「選択肢は多いに越したことはないからね。」

 昨日は身近なところで短絡的にないと考えたけど、そもそも私の知っている世界なんてそんなに広くない。それこそ同じ大陸でも魔術師団がなにをしているかも深くは知らないのだ。

 『氷下美人マッチメイカー』はしばらくあごに手を当てて考えていたようだったが、やがて首を振った。

 「ご期待には添えませんが、私もそういう研究は聞いたことがありませんね。そもそもただ人に戻りたいという発想がありませんでしたし。」

 「まあ、そうよね。」

 結局はそこなのだ。魔女がただ人に戻るメリットは普通ない。魔女には変人が多く、無駄と思えるようなことをやる人もいる。でも、ただ人に戻るというのは、自分の一部分を否定するようなものだ。そんな研究を特別な理由なくあえてするというのは変人を通り越して狂人だ。

 「お役に立てず申し訳ない。」

 「いやいや。こちらこそいきなり変なことを聞いたわけだし。」

 そうなるとどうやって調べようかと考えていると、横から袖がちょいちょいと引っ張られた。

 「あの、エレノラ。私、いらない子ですか?」

 ……はい?思わず足が止まる。

 「ちょっと待って、なんでそうなった?」

 「だって、ただ人に戻すって、私のことですよね。そうしたら召喚士サモナーじゃなくなるから。」

 一緒に立ち止まったレミの段々と声が小さくなる。

 「あー!エレノラがレミ泣かしたー!」

 「泣いてないです!」

 ダッシーの上のサイカに反論するレミ。まあ仲が良いのはいいことだけど、とりあえずはレミの方だ。

 「えっと、確かに魔女から戻す方法があるかははレミのために聞いたことだけど、それは単にレミが故郷に帰る方法を探してるだけで。」

 「それってやっぱり私に帰って欲しいから。」

 「そうだけどそうじゃなくて!あー、えーっと。」

 自分の頭をガシガシとかく。またレミがネガティブモードに入ったか。

 「別に帰ったってまた戻ってくればいいじゃない。一度こっちに来れたんだから、あなたの世界に戻るより、絶対そっちの方が簡単でしょ。ただ人になったとしても、また魔女に戻ればいいわけだし。」

 「あ……。」

 どうも一方通行に考えていたらしい。よしよし、このまま押し切ろう。

 「それに一緒にいるのは別に私が召喚獣サモニーだからじゃない。むしろ一緒にいたいから、私がいつでもレミと一緒にいれるように召喚契約を捨ててないんだから。ね。」

 レミは小さく頷いて、そのまま顔を下げた。その頭をなでる。

 こうやって召喚サモンされている限り、契約破棄はやろうと思えばいつでも出来る。それをあえて残してるのが、どういう意味か。自由であるべき魔女が、目的を果たした後も人のものになっているのはどうしてか。

 当たり前と思っていても、言わないと伝わらない。

 の、だろうけど。

 は、はずかしい……。

 一緒にいたいと言っただけなのに、それを思い出したら顔から火が出そうなほどに熱くなっている。

 考えてみれば、レミばっかそういうこと言ってたから、私から言ったことがなかったかもしれない。そう思うと、さらに意識してしまう。

 「なんでもええけど、置いてくでー。」

 クルルの声に顔を上げると、気付けば馬車は少し離れたところにいってしまっている。

 「ひゅーひゅー!エレノラさん赤くなってんぞー!」

 「う、うるさい!」

  茶化してくるサイカへの反論も声がうわずってしまった。くそ、これはしばらくネタにされかねない。まあしょうがない。

 「とにかく、そういうことだから。行こ、レミ。」

 「はいっ。」

 レミと手を繋いで、小走りで馬車の方に向かう。


 馬車の向こうにはもう町が見え始めている。この町を過ぎれば、魔法都市までもあと数日といったところ。

 私達の旅ももうすぐ終わる。これからのことはまだ分からないけど、それでもレミが隣にいてくれたら嬉しいな。

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