クリスマスの犯人探し

 「クリスマスまでに恋人を作ろう!」と女二人で正月に立てた目標は今年も果たせそうになかった。厳密に言えば可能性はゼロではないけれど、クリスマスまで残り二時間を切っているし、今は殺人現場での捜査中だから、よほどの奇跡が起きなければこのまま独り身でクリスマスに突入することになるだろう。

 出会いがない、というわけではない。と宵子よいこは思っている。今年の正月以来、月にだいたい五人くらいは結婚適齢期の独身男性と新しく出会う機会があった。問題はその男性が、殺人の被害者となるか、あるいは殺人犯の可能性のある人物である、というところにある。

 神嶋宵子かみしまよいこは名探偵である。正確に言えば犯罪捜査のコンサルタントとして警察に無償の協力をしている。宵子の収入源は、名探偵として売れた名前を利用した本の執筆やイベント活動などである。だから職業としての純粋な探偵というよりは「名探偵」というキャラクターで売っているアイドルという方が近いかもしれない。宵子にとっては、実に不本意なことであるのだが。

「宵子先輩ー、寒くないですか? コーヒー淹れてきましょうかー?」

 部屋の中を歩き回る宵子を見ながら、十六寺絹じゅうろくでらきぬがニコニコと笑顔を作っていた。

 そもそも宵子がアイドル名探偵になったのは絹の提案だった。それ以前は絹自身がアイドルを目指して大学に通う傍ら養成所に通っていた。宵子が名探偵デビューしてからは、絹は宵子の助手兼マネージャーとして探偵活動とアイドル活動を共に行っていた。

「雑誌のインタビューでクリスマス何してましたかって聞かれて『殺人現場で犯人のトリックを推理してました』とか超ウケますね。ついでに死んだ被害者の霊が出てきてホラー展開とかどうですか」

「コーヒーは不要、あと探偵がそういう方向に話を盛るのはマズいだろ」

「あー、宵子先輩もそういうの気にするようになってきたんスねー。なんかちょっと感激」

「いや、気にしてないが?」

「コーヒー嫌いですか?」

「利尿作用があるからトイレが近くなる」

「まー寒いですからねー。じゃあ絹もコーヒーは我慢かなー」

「別に助手までここにいる必要はないぞ。部屋に戻れ」

「やですー、絹は助手なので宵子先輩と一緒にいますー」

 という割には絹は宵子の捜査を手伝う素振りは一切見せない。本当に一緒にいるだけだ。

 どうやら自分はどうしたって殺人に出会う星回りのようだ、と宵子は諦めている。今回の旅行だって、恋人のいない者同士、クリスマスに浮かれる人混みを離れて温泉でゆっくりしようということで人里離れた温泉宿までやってきたのに、このざまである。

「……まったく、なんで私はこんなことをしてるんだろうな」

「人が殺されたからじゃないっスか?」

「そうじゃなくて、別にこの事件、知らん顔で放っておくという手もあっただろうな、と思っただけだ」

 警察が一通り捜査した結論は「外部犯による強盗殺人」であったが、宵子はその結論に納得できていなかった。それで警察が引き上げた今も旅行そっちのけで勝手に捜査を行っているのである。

「気づいちゃったら、もうどうしようもない人ですからね、宵子先輩は。いつも全力疾走、素敵っす」

「人間としては駄目だけどな。幸せになれない」

「びっくり、宵子先輩は幸せになりたかったんですね」

「当たり前だろう。早く彼氏を作りたい」

「宵子先輩って男の人とお付き合いしたことあるんですか?」

「何か方法があるはずなんだ……被害者が死んだとき宿泊客全員にアリバイがあった……アリバイは他ならぬ私たちが証人なのだから、殺害時刻の方を何らかの方法で――」

 宵子は絹のくだらない質門を無視した。

 絹が大きなあくびを漏らす。

「宵子先輩、寒いのでそっちに行ってもいいですか?」

 絹の質門をしばらく放っておいたら、彼女は返事を待たずに宵子に近づくと、背中から宵子を抱きしめた。

「何をする」

「宵子先輩、体ひえひえですよ。絹があっためてあげますからね」

「お前も寒いって言ってただろう」

「自分も寒いのに宵子先輩のために体温を分けてあげる絹って優しくないですか?」

「はいはい優しい優しい」

「服の中に手を入れてもいいですか?」

「やったら投げる」

 宵子には護身術の心得がある。

 絹は宵子の警告を受けて、服の中に手は入れなかったが。代わりに、服の上から宵子のお腹を揉んだり、髪に顔を埋めてスーハーと匂いを嗅ぎ始めた。

「おいやめろ、思考の邪魔だ」

 宵子は背中に張り付く絹を振りほどいた。

「じゃあ事件解決したらヤラせてくれんのかよー」

「なんでグレてるんだお前は。ここにいても私の役には立たないんだから部屋に戻りなさい」

「宵子先輩と一緒にいたいですー」

「助手酔ってるの?」

「素面ですー。もうすぐクリスマスだから宵子先輩と一緒にいたいだけですー」

「じゃあ何としてもその前に推理を完成させないとな」

「うーん。そうは言ってもこの調子だと今日中は無理そうですよね。はい、絹の勝ちです。メリークリスマス」

「まだ勝負はついてない。二時間もあれば解けるさ、こんなトリック」

「でも時刻誤認トリックがあるはずって発想自体が――おっと」

 絹が慌てて口を閉ざしたが、宵子にははっきりと聞こえていた。

「おい。お前、まさか――」

「あれ、絹何か言いましたか?」

「も、もしかして、真相、分かったのか?」

「あははー、絹ってぇー、お馬鹿だからぁ、難しいことはわかんないかなー?」

「取材受けるときの馬鹿キャラをやめろ、お前私と同じ大学行ってただろうが」

「いやいや、誤解っすよ。別にこれは、絹がそうかなって思っただけで、別にこれが真相って決まったわけじゃないし、それを話す必要はないんじゃないですかね、もしかしたら宵子先輩の推理に悪い先入観を与えてしまうかもしれないし」

「……何で黙ってた?」

 宵子は絹が逃げないように彼女の肩を両手で掴んだ。

「あー……絹が宵子先輩の助手をやってて一番嬉しいことが何か分かりますか?」

「何だそりゃ。……取材されてちやほやされるときか?」

「それはあまり思わないです。絹は可愛いのでちやほやされるのは当たり前なので」

 絹は真顔で答えた。本心からの言葉だと、宵子は分かっていた。

「絹が嬉しいのは、宵子先輩があーでもないこーでもないってめちゃくちゃ間違えながらちょっとずつ真相に近づいていく様子を見ているときですね。ふと気づいた違和感や矛盾を最後まで捨てずに自分の最善に忠実であろうとする名探偵宵子先輩、めっちゃ燃えます」

「じゃあ何か、お前はこれまでも自分が先に真相に気づいてもあえて黙ってたってことか?」

「よっぽど無理そうならこっそりヒント出したりしてましたごめんなさい」

「うわぁ……」

 宵子は膝をついた。足が一瞬で冷たくなる。

「あのー、先輩……?」

「思い返したらめっちゃ心当たりあったわ。っていうかそしたら私完全に道化じゃねえか」

「いや、そんなことないですって! 推理の速さなんかより宵子先輩の『真実に向かう意思』のほうが大事だし、宵子先輩は道化かもしれないけど良い道化ですから!」

 フォローになってねえ、と宵子は力なく毒づいた。

「それに……クリスマス、宵子先輩と一緒にいたかったんですよぅ……今事件解決したら、これから絹と二人きりじゃなくなっちゃうじゃないですかぁ……」

「お前、クリスマスまでに彼氏作るって言ってたじゃないか」

「宵子先輩よりも素敵な男の人がいたらその人を彼氏にします。……まだそういう人に会ったことがないです。絹のランキングでは先輩が暫定一位です」

「あー……。念のために聞いておくけど、助手はそういう意味で私のことを……」

「ぶっちゃけそうです。今も弱った先輩に付け入ってベッドに誘う方法を考えてます」

 一度線を超えると歯止めが効かなくなるのか、絹は酔っ払ったような、あるいは寝ぼけたような表情で告白した。

 膝の冷たさが限界に達したので宵子は立ち上がることにした。

「で、私を落とす方法は思いついたか?」

「絹と寝てくれたら真相を教えます」

「お前は二つ間違えているぞ。ひとつ。取引で私の体をどうにかして、お前は本当に満足なのか?」

「だって……そうでもしなきゃ――」

「ふたつ。そうでもしなきゃ私がお前の気持ちには応えないと、どうして分かる?」

「え、あ、そ、それじゃ先輩――!」

「まあ応えるつもりはないが」

 ズコーッ、とバラエティ番組で鍛えられたリアクションで絹がズッコケた。

「……それにしても、恋愛の取引材料に使われるなんて、殺された被害者が浮かばれない」

「あ、その点は大丈夫ですよ、これ自殺なんで――あっ」

 絹が慌てて自分の口を塞いだがもう遅い。

「自殺? 偽装自殺か! いや、でも、現場には凶器は――あっ」

 宵子の脳裏に宿での出来事がフラッシュバックする。真実の方向性は見えた。あとは細かい部分の検討が必要だが、これなら矛盾はない。見つけた!

「……そういうことか。私は、真相にたどり着いたぞ」

 これまたイベントのときの癖で、芝居がかった言葉が宵子の口から無意識に飛び出た。

「よし、さっそく警部に連絡して、推理を披露しよう。助手」

 見れば、絹は自分の失言の連続に頭を抱えていた。これまで何年も黙っていたのに、クリスマス前だから気が緩んでいたのか。

「……さっさと事件を解決して、二人でゆっくり過ごそうじゃないか、今年のクリスマスは」

 あまりに恥ずかしくて、目を合わせないようにして宵子は付け足した。


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