第33話 彼女が無職になったらしいので責任を取りたいけど……


 怪しげな宰相の気配が完全に消えたあと。新聞で改めて日付を確認すると、俺とアーニャさんが『アーク』に潜入したときから実に四年という月日が流れていた。

 西の聖女領はその間に魔族との共生を掲げた『帝国インソムニア』として生まれ変わったそうだ。何があったかは知らないが、世の風潮がそのようになったこと自体は魔族と親しい魔術師である俺としてはすこぶる好ましい。


 それはともかく。


(いやいや……四年て、こんな!?おかしいだろ!?だって、証拠隠滅のための記憶阻害と時間抹消の術式はきちんと仕掛けて――)


 そこで俺はひとつの可能性――大きなミスに気が付いた。


(うるう年か……!)


 あの日は確か四年に一度日数が多い日、うるう年だった。もし日付変更間際に術式を展開してしまったとしたら、計算式が勘違いをして『次のうるう年』まで空間ごと俺達を時間跳躍処理させてしまった可能性は否めない。


(あああ……!日付変更を視野に入れないなんて!なんという凡ミス!何が最強魔術師だよ!!)


「信っじられん……!!」


 俺は自己嫌悪と罪の意識に頭を抱えて、庭先でのたうち回った。すぐさまアーニャさんに連絡し、周囲の環境と齟齬が生じて困っていないかを確認する。


「あの!アーニャさんですか!俺です、ジェラスです!」


『はっ!はわはわ……!じぇ、ジェラスさんですかっ!?これ通話?音声だけ?顔映ってないですよね……?』


「そうです!今大丈夫ですか?というより、時間跳躍で四年経ってしまったらしくて。あの、色々と大丈夫ですか!?」


 焦るあまりにしどろもどろになる俺。説明不足も甚だしいが、アーニャさんは事情を理解したというより、元からわかっていたようだ。どこか元気のない声がテレパシーで頭の中に響く。


『その……大丈夫なような、そうでないような?』


「どっち!?」


『ええと……家に関しては使い魔たちがアルバイトをしてきちんと家賃を払ってくれていたみたいで、問題なく住めてます。ですけど、その、あの……』


 『ぐすっ』という音が聞こえたかと思うと、アーニャさんはテレパシーでもわかるくらいに震える声で言葉をこぼす。


『お仕事……クビになっちゃいましたぁ……!』


(ですよね!!)


 なんとなくそうじゃないかと嫌な予感はしていたが、住居に関してはさすがアーニャさん。使い魔グッジョブとしか言えない。俺はすぐさまフォローにかかる。


「すみません!俺を助けに来てくださったばっかりにこんな時間跳躍に巻き込まれて……!すぐに取引先から新しい仕事を紹介しますから!どんなお仕事が好きですか!?楽して稼げるやつ?やりがいがあるやつ?人と関わらないやつ!?」


『えっ。でも、ジェラスさんのせいじゃないですよ!私がクビになったのは、四年前に突如として社長が姿を消して、その際に会社の悪事がボロボロと世間に露呈して、経営破綻というか倒産しただけですから!決してジェラスさんのせいでは――!』


「……っ!」


(それ!100%間違いなく俺のせいじゃん!!俺が総帥をハムスターにしたからだろう!?)


『それで、昔の同僚の人に聞いたら皆にちゃんと退職金はたくさん支払われたらしくって。私は小切手の期限切れでそれを貰いそびれただけで……貯金はまだありますから、なんとかそれで次のお仕事を――』


(あああ……!ヤバイヤバイヤバイ!!)


「ちょっと!ちょっとだけ待ってて!」


 俺はそれだけ言うとすぐさまリリカに連絡し、事情を説明した。『あんたが養ってあげなさいよ♡』とか冷やかされながらも空席を確認して、再びアーニャさんに通話術式をかけ直した。


「アーニャさん!あの、魔女ギルドの『ヴァルプルギス』ってご存じですか!?今なら空席があって、俺の推薦で可愛い魔女なら大歓迎らしいんだけど……」


『ひえっ!『ヴァルプルギス』って、あの『ヴァルプルギス』ですか!?伝説の魔女の集まりっていう……!』


「そうそう。『世の快楽を追求せし魔女による、魔女のための夜会――ヴァルプルギス』。肩書き自体は胡散臭いけど、やってることは便利な魔道具の開発とか、錬金の秘術で無限に増やした菓子を利用してカフェや商店を経営したり、イースターとハロウィンにばら撒きイベントを行ったり。経費でスイーツショップ巡り、男漁り、女子会……その他もろもろ楽しいところだって聞いているんだけど、どうかな?」


『わっ。カフェにお菓子屋さんですか……楽しそう……』


「基本的にそっちはバイトの子で運営してるらしいから、『ヴァルプルギス』の在籍者はオーナーとしてそれらを管理したりして、空いた時間は好みのクエストをこなして荒稼ぎしてるサークルみたいなところだって。もちろん、アーニャさんが望めばカフェの店員さんをやることも――」


 そこまで言いかけると、アーニャさんは自信なさそうに声を荒げる。


『あのっ!でもっ!入る条件が『可愛い魔女』って……わたし、無理……』


「なに言ってるんですか?アーニャさんに無理なわけがないでしょう?ぴったりじゃないですか。もしご興味があれば、資料を請求しますけど……どうですか?やっぱり魔女ギルドは嫌?」


 思いつく限り良い条件のところだとは思うが、俺のせいで無職にさせてしまったという負い目がある。できれば早めに告白して養って差し上げたいが、アーニャさんをこんな憂き目に遭わせた俺にそんな資格があるのかどうか。

 そわそわとしながら返事を待っていると、アーニャさんはおずおずと返事した。


『ジェラスさんがそう仰ってくださるなら……私、自信持ちます。がんばります。是非やらせてください……』


(よかった……!)


「では!次のデートで資料をお持ちしますので!『ヴァルプルギス』の知り合いにはそう伝えておきますね。あと、『ヴァルプルギス』の面々と顔合わせする際は俺も必ず立ちあいます。どうせ冗談だとは思うけど、入団条件が『可愛い魔女』はちょっと怖い。アーニャさんに何かするようであれば、六倍にして返しますから」


『そんな……!好待遇なお仕事をご紹介いただいただけでなく、ご足労いただくなんて、申し訳なさ過ぎて!』


「いいえ。元はと言えば俺のせいなので。責任は果たさせてください。お願いします」


 そう心の底からお願いすると、アーニャさんはホッとしたような嬉しそうな声をだす。


『では、次のデートで……よろしくお願いします。えっと、楽しみにしていますね。本当に楽しみです』


 その声が、いつまでも耳に残って離れない。


 俺がこんな気持ちを思い出せたのは……


「アーニャさん……なんて、いい子なんだ」


 通話を終えた俺の口から出たのは、そんなため息だけだった。

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