第28話 友と共に、いざ復讐へ


 次のデートでアーニャさんに告白すると決めてから数日が経ったある日。俺は昼前近くなって強さを増した陽ざしにうなされるようにして目を覚ました。寝すぎてぼんやりとした身体を起こすと、部屋の静けさが異様なことに気づく。


(ん……?)


 枕元に立てかけられた銀杖からはいつものような使い魔の気配がしていない。家の中も誰もいないようだった。


(シルキィまでいないのか?皆で買い物にでも行ったのかな?)


 だが、俺に一言もなく全員がいなくなるというのは極めて珍しかった。俺は唯一足もとで揺らぐ気配の主に声をかける。


「ブラッディ、みんなが何処に行ったか知らないか?」


 すると、影の中から漆黒の外套を纏った青年が姿をあらわした。カーテン越しの陽光を鬱陶しそうに睨めつけたかと思うと、艶やかな長髪をサッと払ってベッドに腰かける。


「メルティ達なら少々野暮用でな。皆で連れだって出かけているようだ」


「野暮用?」


「そうだ、野暮用だ。ああ見えて彼女らは年頃の娘だからな、男である契約者には内緒にしたいことのひとつもあるのだろう。なぁに、心配することはない。不測の事態が起こればきっとメルティが我に兄妹専用ペアレンタルテレパシーで連絡を寄越すだろうから」


「年頃の娘って……みんなで下着でも買いに行ったのかな?」


「まぁ、きっとそんなところだ」


「ならいいか」


 ほっと息をついた俺に、ブラッディは『コーヒーでも淹れるか?』と問いかけてくる。思えば朝から誰にもベタベタと甘えられないのは珍しく、たまには男同士こうして穏やかに話し込むのも俺は好きだった。ブラッディは他のみんなと違ってなんかこう、守ってあげなきゃ感が少ないのだ。だからこそ、俺はブラッディに対してだけは頼りがちになってしまうところがあった。


「なぁブラッディ?皆がいないならさ、お願いがあるんだけど」


「なんだ?」


 首を傾げるブラッディに、俺は先日QB再生機構で手に入れた資料を見せる。


「『アーク』の裏株主総会が行われる場所がわかった。そこでは必ず『箱舟計画』の進捗が発表されるはずだ。でなければ資金を集められないからな。資料によれば、今期で『箱舟計画』は最終段階に入る。だとすれば、『箱舟』を動かすのに必要な動力エネルギー転換コンバージョンの基盤になるシステムについては、何かしら説明が入るはずだ」


「マスター、まさか……」


「ここには必ず『姉さんの魔力転換・循環機構』を利用したシステムが組み込まれているはずだ。その鍵はきっと、姉さんの仇が握ってる。株主総会は『アーク』の本拠地付近にある地下集会場で行われる予定だ。皆がいないなら好都合。今夜、一緒に来てくれないか?」


「何故今日なのだ?シルキィやメルティはともかく、事を荒立てるのであればメアリィやセラフィは戦力として申し分ないだろう?」


「それは――」


 言い淀む俺の意図を理解したブラッディは、短くため息を吐くと頷いた。


「わかった。他の者はなるべく危険に晒したくないのだろう?そういうことならマスターは我が責任をもって守ろう。大切な者が多いというのは悩ましいものだな?」


「勿論、俺はブラッディにも危険な目にあって欲しくないよ。けど、ごめん。少し頼らせてくれないか?俺を守るとかじゃなくて、背中を預けて一緒に戦って欲しい」


 素直に頭を下げると、ブラッディはいつものようにフッと笑って足もとに消えていく。


「何を今更。言ったであろう?地獄の果てまでお供すると。では、今夜『約束の地』にて」


「ああ。ありがとう……」


 俺は、胸に秘めたこの想いを今一度抱く。


(アーニャさんに告白する前に、これ以上大切な人が増える前に――)


 俺の復讐を、終わらせよう。


      ◇


 夜になり、写真がどうとか言って騒がしかった使い魔たちが寝静まったのを確認し、俺は『約束の地』を訪れた。森の奥にそびえるのは、白亜の古城『アーク』の総本部。そして――


「地下集会場の入り口はここか……」


 足元にはただ草花が生えているだけの野原が広がっているが、それにしてはあまりにも自然物の魔素マナが少ない。おそらく野原これは、ただのカモフラージュだ。


「ブラッディ、周囲に破壊できそうな結界のポイントはあるか?」


 闇夜に紛れるように姿をあらわしたブラッディは周囲を見回すと『アレだな』と頷く。そして――


「――【鮮血の鋭槍クリムゾン・ランス】」


 赤黒い槍を召喚したかと思うと一振りで穿ち、その結界ポイントの一部を破壊した。


「残りの三つも破壊するか?」


「いや、一個で十分。これで多分……」


 足元に視線を向けると野原が揺らぎ、怪しげな紋章と共に一枚の床板が現れた。コツコツと爪先で叩くと空気の音が中から聞こえてくるのがわかる。俺はそれ以上の結界や呪詛が掛かっていないことを確かめると、床板を開けて地下へと足を踏み入れた。


(最奥まで行って何かしらの保管物を派手にぶっ壊せば、きっと奴も出てくるだろう……)


 この裏株主総会は年に一度の組織的に重要なイベントであり、その被害を捨て置くことができないものだからだ。だから俺はこの株主総会に賭けてきた。


 思えばここまで長かった。姉さんを奪われてからその仇が『アーク』であると突き止めて、その目論見と姉さんが襲われた原因が『箱舟計画』であったことを知り、主要施設と頭を特定するまでに数年。その上で最も襲撃しやすいタイミングと『必ず』頭が出てくる場所とイベントを探して、力になってくれる使い魔や強力な術を探して、探して……ようやく手にした好機。


 勇者たちのパーティにいた頃はその明るさに当てられたのか、忘れられるものなら忘れたいと思っていた復讐。でも、『想いを遂げることで前に進めることもある』とわかった以上、もう心にもやもやを抱えたまま生きていくのは嫌だった。


(これ以上、大事なものが増える前に……)


「ケリをつけよう、ブラッディ」


 俺は静かに佇む吸血鬼にそう告げると、奥へと繋がる廊下を歩きだした。


      ◇


 見渡す限り壁、壁、壁。

 さすがは来客用の施設と言うべきか、罠や仕掛けを解除するまでもなく廊下は奥へと繋がっていた。壁にはただ『アーク』の創設当時からの『崇高なる目的と歴史』についてが淡々と描かれている。


(『箱舟計画』『新人類の誕生と旧人類の駆逐』?『少数精鋭による争いと略奪の無い人類の理想郷』?こんなものの為に、姉さんは……)


 俺と姉さんは名家でもなんでもないしがない魔術師だった父の元に、何故か類まれなる魔術の才を持って生まれてきた。その才と巡りあわせを『突然変異種』『祝福されし福音の申し子』と呼んで、奴らは俺達の前に現れた。


 奴らの目的は姉さんと俺を組織に取り込み、その細胞や魔力回路を分析、そして『増産』することだった。いったいそれがどんな方法で、魔術的な儀式なのか、単に姉さんに沢山子どもを産ませようとでもしたのかはわからない。

 だが、ただ純粋に魔術で人の役に立ちたくて、魔族の良さを人々にわかってもらいたくて、幼い俺を女手一つで育てていかなければならなくて……そんな風に慎ましやかに暮らしていた姉さんがそんな途方もない計画に加担するわけがなかった。姉さんには、崇高な使命の前に守らなければならないものがあったから。


(あのとき、俺にもっと力があれば……)


 目の前に見えてきたのは総会の会場となる広間と大舞台。まるで歌劇オペラのコンサートホールのような華美な造形に反吐が出そうだ。


「全部、ぶっ壊してやるよ――ブラッディ、受け取れ!!」


「――【魔力増幅ブースター神を嘲笑う因果律ハーモニーブレイカー】!」


「御意」


 頷くと、ブラッディは天井付近まで飛翔して右手を構えた。その周囲の空間から、膨大に膨れ上がった魔力に呼応するように何百、何千という禍々しい槍が顕現する。ブラッディは会場をぐるりと見渡すと、それらを一斉に解き放つ。


「――【荒野を埋め尽くす災禍の磔刑サウザンド・ステイク】」


 一瞬 ――だった。


 無数の槍が会場を穿ち、砕いて、見るも無残な有様に変えていく。ぽつりと残された舞台は面積が半分になり、ひしゃげて傾いていた。その光景を一瞥したブラッディは俺を振り返る。


「こんなものか?」


「ああ、上出来だよ」


(過ぎるくらいにな)


「……来たか」


 その声に顔を上げると、壊れた舞台の床板が開いて一人の男が姿をあらわした。俺より少し年のいった、それでも『総帥』と呼ばれるには年若いベージュの髪の男。白のスーツを上品に着込んで、杖の代わりにステッキなんてものを持っているなんて、どこまでも魔術師を舐めた野郎だ。だが、リリカの言う通り悔しいけれどイケメンだった。余裕があれば殺さずに捕縛して『ヴァルプルギス』に売り渡すのもアリかもしれない。そうして一生、飼い殺しにして貰おう。


「お前が『アーク』の……」


 恨みのこもった眼差しで睨めつけると、男はこの惨状をため息ひとつで片付けて、飄々とした態度で俺に向き直る。


「はぁ……まさか、侵入者がかの有名な最強魔術師、ジェラス殿だったとは。これでは客席に配備していた衛兵が出て行くのを躊躇するのも無理はありません」


 言われるままに客席に目を向けると、ひしゃげた椅子の下で呻いている者たちが。どうやら、ブラッディは彼らに構わず一掃したらしい。一応手心を加えていたのか、そのどれもが腕や脚を貫かれた程度で命に別状はないようだ。

 だが、部下が手酷くやられた状況に悲しみの色を全く見せないこいつはなんなんだ?


「勇者のパーティを抜けて尚この実力。聖女からの魔力増強サポートも無しにこのような破格の使い魔を使役できるとは、一体どんな魔力回路をしているのだか。まったく、恐れ入りますよ。クク……」


「何がおかしい?」


「いやぁ?今日は私に会いに来てくれたようで、それがつい嬉しくて」


 気色が悪い。


 なんなんだこの、薄ら笑いを浮かべる余裕。まるで俺達が飛んで火にいる夏の虫とでも言わんばかりの――


「待っていたんですよ?」


「は?」


「私は、こうしてあなたが来てくれるのを待っていた。どれだけ刺客を差し向けようと、あなたの屋敷は全てを拒む。かといって『アーク』としてスカウトに赴くわけにも参りませんので困っていたんですよ?それではたちどころに始末されてしまいますし、勇者のパーティにいた頃は、あの『聖剣』が恐ろしくて引き抜けませんでしたからね?」


「何が言いたい?」


 冗長な語り草に嫌気がさした俺は、単刀直入に問いかける。男は恍惚とした笑みを浮かべるとまるで戯曲の役者かのようにやんわりと首を垂れた。


「おかえりなさい、我らが新人類の同胞よ。お姉さまが、お待ちです」


「てめぇ!どの口で言いやがる……!!」


「早まるなマスター!」


 思わず詠唱しようと構えると、それを制止するブラッディ。確かに、こんな冷静でない状態で強力な術式を展開しようものなら、下手をすれば暴走していたかもしれない。


「チッ……!」


 思わず手を引っ込めると、ブラッディは俺の傍にふわりと舞いおりた。庇うようにして一歩進み出て、凍りつくような眼差しを総帥に向ける。


「戯言はそこまでだ。我が主が貴様のような下衆な男に与するはずもあるまい」


「おやおや。姉同様につれないお方だ」


「挑発だ、マスター。耳に入れるな」


(わかってる!わかってるけど……!)


 胃から酸が込み上げるようにきりきりと痛む。呼吸が乱れて落ち着かない。


(ダメだ、それこそ相手の思うつぼだ)


 深呼吸をし、冷静さを取り戻した俺に、男はにやりと目を細めた。


「ほう……感情制御も人並み外れているようですね?それこそが良き魔術師たる由縁。そこまでの力を持ちながら何故勇者のパーティを抜けたのです?それも『魔王に挑む直前に』なんて、まるで腰抜けのような真似を――」


「我が主を愚弄するか!貴様っ!!」


「挑発だってば、ブラッディ。落ち着け」


 思わず激昂したブラッディを、今度は俺がなだめにかかる。だが、拳を構えたブラッディはその怒りを鎮めるのに必死だった。俯き、らしくもなく声を震わせて言葉を零す。


「だが、マスターがパーティを抜けたのは――!」


「マヤにフラれたからだよ?」


「違う!そんなものは後付けの理由に過ぎん!マスターが勇者のパーティを抜けざるを得なかったのは、魔王に牙を剥けなかったのは――」



 『我のせいだ……』



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