4話 吠えるギターは劣等感 ③

 あの広い公園から離れて、アスファルトで舗装された広い歩道を、八鶴と龍真は横に並んで歩いていた。

 肩透かしを食らった気分だ。もちろん、勧誘を間接的に言えども断られた事は、少し悲しいけれど、なんだかあの鷹雄という少年を見ていると、無理やり入れてもなぁ。という気分にもなってしまう。

 一方で、八鶴は珍しく落ち込んでいるようだった。

 表情の動きは小さいが、確かに彼にも感情があって、それに反応する一人の人間なのだ。後輩を説得できなかったことに対して、何か思う事があるのかもしれない。

 声をかけるか否か迷っていると、


「鷹雄は……、あそこまで淡泊な人間じゃなかったんだ」


 弁明するような、八鶴にしては珍しく言い訳をするような言葉が、滑り落ちた。


「…………ん?」


 龍真がふと、顔をそちらに向けると、八鶴はハッと口を押えた後、首を横に振ってぼやいた。


「いや……、言い訳だった。すまない」


「あいや、そうじゃなくてですね、鷹雄と八鶴さんって、どんな関係だったのかな、と」


 落ち込みすぎて地面に埋まりそうな勢いの八鶴をケアしながら、龍真は疑問を八鶴に投げかける。

 

「あぁ……、そうか」


 納得したような声を漏らした後、八鶴は口元に手を置いて考え始めた。しばらく、適切な言葉を探すように考えていたが、やがて、ゆっくりと、あの冷静な声で話し始めた。


「龍真もなんとなく予想していると思うが、俺はあそこの公園とあそこで活動しているスポーツチームの人たちとは浅からぬ縁がある」


 淡々と、しかしどこか懐かしむ様な声音で、八鶴は続ける。夕陽の光が、彼の横顔を照らして、影を作っていた。


「鷹雄とは、俺が中学三年生の時に知り合った。一個下、当時中学二年生だった鷹雄とは、年も近く、ポジションも同じだったからすぐに仲良くなったんだ」


 さっきの鷹雄の対応からは考えにくいが、それでも何とか、想像することくらいはできる。きっとたくさんの後輩に恵まれたんだろうな、と、龍真は軽く妄想する。


「当時のあいつは……すごかったよ。強豪のチームの中でも群を抜いてセンスが良かった。試合全体をみる視野の広さ、相手を出し抜く冷静さ、体力や体格こそ、上はいるが、総合力で言ったら彼の方が圧倒的に上だった……。それほど、才能があった、という事だろう」


「けど、過去形って事は……」


「そうだな」


 その一言だけ、妙に機械的に処理されているような気がした。

 八鶴は重いため息を一つ、ついた。


「サッカーを純粋に楽しんでいたあいつは消えた。スタメンからベンチに落とされて、立て続けにベンチからも外されたらしい。俺がサッカーから離れて何年か経って、もう一度助っ人としてサッカーチームに入った時には、もう……な」


 シビアで残酷な話だ。

 やるせなくなって重くなる胸の奥から、諦観した言葉と、少しの苛立ちが、同時に漏れた。龍真はそれを口には出さなかったが、その雰囲気は、八鶴も感じ取っていた。


「…………何度かあいつと話した。だが、さっきみたく、するするとはぐらかす様な距離の置かれ方をされてしまってな」


「そっから、疎遠に……」


 八鶴は小さく頷いた。

 なんといえばいいのか分からなくなって、龍真は口をつぐんだ。二人とも何も言えずに、重苦しい静寂だけが流れた。



||||||||||||||||||



「はぁ……」


 和兎の家。ちゃぶ台に突っ伏して、龍真はため息をついた。

 この家は、二人で過ごすには手狭なくせに、一人で過ごすには少し広い。自分のいない空間が寂しくて、寒いような気がしてならない。

 ここ最近、和兎が家を空けることが多くなったような気がする。

 生徒会の活動が、忙しくなってきているのだろう。そろそろ梅雨に入って、夏がやってくる。それまでに、果たしてどこまでできるだろう。

 龍真は何処を見るわけでもなく、ぼんやりと突っ伏しながらどこかを見つめて考える。

 別に、あの場所に愛着がある訳ではないし、駄々をこねたって、あの時間が帰ってくるわけがないことくらい、頭では分かってる。

 ここ最近まともに働いていなかった理性が、急に働き出す。


「……随分とやばい事しでかしてんのかもな、俺」


「今更ですか?」


 ふと漏らした言葉が、急に返される。

 ハッとして振り返ると、昨日と同じように本屋の袋を腕にぶら下げている和兎がいた。


「珍しいですね、龍真さんがそんなに落ち込んでいるなんて。何か悩み事ですか?」


 手荷物を床において、袖をまくりながら和兎は龍真に語りかける。

 多分年下のくせに、何処か大人びているのは、一人暮らしをしていたからだろうか。


「別に、俺のことについては何とも……。ただ、ちょっと、」


「ちょっと?」


 あの手の話は、嫌いだ。ずんと重くのしかかってくるやるせなさを重いため息で押しのけて、龍真は口を開いて、説明を始めた。

 話すだけでもまぁ、気は楽になるだろう。そう思って。



「ってさ……」


 ぽつ、ぽつと龍真は、愚痴を漏らすように和兎に事の顛末をすべて、洗いざらい話した。

 和兎は料理をするその手を、龍真が話している間全く止めなかったが、話が終わると、その手に持っていた包丁をおいて、切り出した。


「それは……、難しいですね」


「……ナイーブな熊谷くんにしては随分と平気そうですね」


 案外平気そうな和兎がなんか気に入らなくて、龍真は一つ、嫌味を漏らす。

 なんですか、それ。と、ばつが悪そうに和兎は笑い、料理をちゃぶ台の上に運びながら、和兎は続けた。


「そういう人を、直接、というわけではありませんが、たくさん見てきましたから。……それで、龍真さんはどうしたいんですか」


 突然疑問を投げられて、一瞬面食らって言葉を詰まらせる。そこからゆっくりと、龍真は言葉を絞り出す。


「それは……、まぁ、なんか、元気になって欲しいとか……。別に企画がどうとかじゃなくて、いや……、他人事じゃねぇって言うか、まぁ、その……」


 子供みたいにいじける龍真を見て、いたずっらっぽく和兎は笑った。それから、和兎は龍真に言い聞かせるように、ゆっくり言葉を紡いだ。


「僕に彼の詳しいことは分かりませんし、彼がどうすればその呪縛から解放されるのか、それに解法も答えもありません。……ですから、もちろん、彼のことを考えながら、龍真さんがどうしたいか、それをすべきじゃないですか?」


「……分かんねぇ」


「ゆっくり考えましょう? 何度もいいますが、それに明確で正しい答えなんてありませんから」


 どこか達観してる物言いに、少しの反発と違和感を覚えながらも、龍真はおとなしく、和兎の言う事を聞くことにした。

 今晩はメンチカツだった。

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