求婚されたはずなのに夫は私に興味がないようです。

高里奏

序 たぶん夢だと思ってた


「アンジェリーナ、私の妻になって下さい」


 それはまるで御伽話の一場面。絵に描いたような美形が跪いて求婚してきた。

 彼はジュリアン・ジェリー。多分今日夜会に参加していた中で一番の美形。それに、身分も高いしとても穏やかな優良物件と言われている人物だ。その彼が。なぜか変人と名高いアンジェリーナ・ハニーに求婚している。この状況はおかしい。

 ジェリー侯爵家は特に金に困っていると言う噂も聞かない。間違っても彼は黄色と黒の縞模様のドレスを着て、頭に蜂の巣を飾っているような女に求婚してはいけない人物だ。一体なにを考えている。

 頭の中で散々突っ込みを入れたいが、彼はとても真剣な眼差しで見つめてくる。これはジョークを返して良い状況ではない。

「そうね、特に断る理由はないわ」

 もっとマシな返答があるだろう。あたしの中に残っている常識が叫ぶ。けれども十九年もアンジェリーナ・ハニーとして過ごしてきたのだ。もう他の何者にもなれない。

「ありがとう。大切にすると誓うよ」

 彼は本当に御伽話の王子様のようにあたしの手を取って指輪を通す。

 あらぴったり。どうやってサイズを知ったのかしら? なんてどうでもいいことばかり考えてしまうほど、現状は現実離れしている。

 どこかうっとりとしているような彼の視線が落ち着かない。いや、顔が赤いような気がする。それどころか足取りも少しあやしいぞ。

「おーい、ジル! アンジーの承諾がもらえたなら次は伯爵家に挨拶だぞ! お前一気にやらないと動けなくなるだろ」

 御伽話の雰囲気をたった一言でぶち壊す声が響く。

 チャドだ。彼は兄の友人らしくよくうちにも出入りしていたから面識はある。悪い人ではないけれど、空気は全く読めない。

「チャド、ああ。そうだね。もう少しアンジーと居たかったけれど……アンジー、支度が調ったら迎えに行くよ」

 うっとりするほど美しい笑みで言われる。

 が、どうせ夢だろう。手を振って彼を見送る。

 なんだか会場が騒がしい。それもそうか。夜会の最中にいきなり求婚する人間が現れるのだ。誰だって注目する。それに、こう言った場だと断りにくいと思われるだろう。きっと離れたところで彼がこっぴどく振られるのを楽しみにしている人だっているはずだ。

 まぁ、どうせ夢だろう。

 そうでなければあたしに求婚する美形なんて存在するはずがないのだから。



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