3

 何が起きたのか、分からなかった。

 トキオの提案に対して、拒否を示しただけなのだ。それなのに、ニコニコしていたトキオの顔は一変し、突然暴力を振るった。

 訳が分からずにトキオを見ていると、馬乗りになられて殴られ続けた。視界が血に染まり切って初めて、抵抗するという選択を忘れていた自分に気付いた。

「何をやっているんだ、君!アカネちゃんから離れろ!」

 上手く抵抗できないでいると、所長がトキオを引き剥がした。だが、所長はあっという間に薙ぎ倒されて、トキオは再び私に向かってきた。

「トキオ!いい加減にしろ!」

 トキオが私の髪を掴もうとした瞬間、アオが走り込んで来てトキオの腰に組み付いた。トキオはバランスを崩し、所長がトキオを地面に押し付けた。

「離せ!離せよ!これは何かの間違いだ!おかしいだろ!」

 トキオは尚も暴れるが、数人の警備員が駆け付けてきて抑え込んだ。大人数に組敷かれて動けなくなったらしいが、それでもトキオは口泡を飛ばして呪詛を吐き続けた。

 私が何一つ受け答える事が出来ないまま、トキオはどこかに連れていかれてしまった。所長は息も荒く乱れた服を直していて、アオはぐったりと芝生に寝転んでいた。

「大丈夫かい?アカネちゃん」

「ひゃ、ひゃいろうふ」

 所長に尋ねられても、上手く答えられなかった。どうした事かと自分の顔を触ると、大きく膨れており、顎も震えていた。

「大丈夫……大丈夫だから。怖かったね」

「こわ……い?」

 所長に抱き絞められ、――と言われて、初めて覚えた。

 私はトキオが怖かったのだ。腫れた頬に涙が流れ、嗚咽が漏れた。状況が現実感を持ち、浮遊していた気持ちに追い付いた。走馬灯のように駆け抜けていた景色が、自分の体験したものだという裏付けを持って胸に襲い掛かった。

「大丈夫?アカネ」

 啼いて、泣いて。泣き止んで、哭いて。

 私が十分に時間を使ってから、アオは平坦な調子で尋ねてきた。

「うん、大丈夫……どうしたの?アオ」

「いや、それ何かなと思って」

 アオは怪訝な顔をして、地面を指さしていた。いや、地面に散らばっている沢山の紙を指さしるらしかった。

「何コレ?」

 その一枚を拾ってみる。

「っ!!」

 その内容に頭が真っ白に成り、急いで全部の紙を拾い集める。

「なにこれ……なにこれ……!」

 紙だと思ったのは、私の写真だった。それも私が着替えてたり、スカートが捲れてたりする瞬間を捉えた盗撮写真。

「うそ……うそ…なにこれ……!!」

 慌てて写真を破り、全て影の中に押し込む。胸の中で嘔吐感が膨らんで、蛇の様に口から飛び出してくる錯覚に襲われた。

 そんな私を見てか、所長は言い難そうに呟いた。

「さっきの男の子が……持ってた様子だった……うん…この写真……」

「トキオが!?なんで!」

「それは……アカネちゃんに、よからぬ感情を持っていたから…なんじゃないかな…」

「気持ち悪い…信じられない!そん……ああ、もう!」

 訳が分からなくなって、怖気がして……!訳が分からない!

「……ちゃん?……ネちゃん」

「え?」

「アカネちゃん、大丈夫?」

「所長?」

「警備の人が話を聞きたいって呼んでるけど、行けそう?今度にしてもらう?」

「ううん……大丈夫、行く」

「……そうか」

 私は立ち上がり、所長に手を引かれて歩く。

 一度グラリと世界が揺れたが、何とか踏み留まった。

「吐きそう……」

 それにしても世界っていうのはこんなにブヨブヨしてて、ヌラヌラしてて。

 息を吸うのも嫌になる程気持ちの悪いものだっただろうか?

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