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 イドは絶倫です。蛮族だからでしょうか。


 師匠といる間にそういう仲にはなりませんでした。ただ、単なる旅人にしてはあまりに博識な師匠の教育を受けて食事のマナーから人間の殺し方まで身につける中でついでに性教育も受けましたが、イドは師匠が自分より遥かに強い生き物だとなんとなく察していたのでそういう気分にならなかったようです。一度子供を産めとは言いましたがあの時はまだ何も知らない子供だったので。


 師匠と別れ山を下りた後、イドはまず近くの町(と言っても道のない山を越えてなのでかなり遠いのですが)へ行きました。


 彼が選んだ初めての仕事は用心棒です。住み込みオーケーだったので。


 そうやって転がり込んだのがいわゆる娼館。田舎なのでそう大きくはありませんでしたしあんまり美人もいませんでしたが、そこでイドは暇な娼婦から技術講習を受けることで将来手に入れる嫁との戦いに備えていたのです。


 結果はさんざんでしたが。仕方ないね。


 旅費が貯まったらいよいよ大きな街へ。とは言え、石壁の街へ行くまでにいくつかの街を経由しました。


 実はそこでナンパに励んだこともあったのですが、今捕まえても養える下地がないのでやめました。女のヒモなんて言語道断。


 それに田舎者のイドがシティガールをナンパするのは戦いより難しい。それで有無を言わせず孕ませることにして女奴隷を手に入れる方向へシフト。それで奴隷売買のある最前線の街へ行くことにしたわけです。


 そうやって辿り着いた石壁の街でガームと出会い、しばらくの間世話になったりもしましたがいつの間にか世話をする側になったり。人とのまともな繋がりが荒んでいたイドの心を少しだけ潤したりもしました。


 そうやって何度も何度も戦い、捕虜を売って、金を貯めて。そして、運命の女奴隷たちと出会ったのです。※ここで使われる運命とは奴隷から見たイドという存在に対する印象でありイドから見ればどいつもこいつも厄介者です。情が湧いても厄介は厄介でした。







 アルテミシアは幼少の頃から誰一人他人を信用せず来たるその一瞬まで従順を演じてきた生まれながらの反逆者です。親兄弟に向かう感情があと少し歪んでいれば家を更地にしてから旅にでも出たかもしれません。


 ですが唯一、こっそり味方していた兄が一人いました。無関心を装いながら自分に与する存在に対し彼女は特に思うところなく利用することにしましたが、彼のおかげでアルテミシアの実家は滅びずに済んだと言っていいでしょう。


 さあ無事家を出たものの、アルテミシア自身はただのお嬢様でしかない。どう生きるかと悩んでいたところ思いついたのが誰かに養ってもらおうという邪悪な発想でした。


 口先八町でもって歴戦の奴隷商人を脅かし、見事ねぐらの確保に成功した彼女は奴隷商人を背後から操りながら自分の目的を達成するにふさわしい男を探します。


 そう、自分の氏族を持つために必要な、強い種を持つ男を。


 ……あるいは、彼女なりに自分が安心できるいばしょが欲しかったのかもしれません。


 彼女が一番に孕み、そして奴隷の中で一番多く子供を産みます。


 たくましくも麗しい彼女は今度こそ多くの家族たちに慕われ、描いた野望とは違いますが幸せな一生を過ごすのでしょう。






 イリシアも実は貴族の令嬢でした。昔からアホほど強かったのでそうはなれなかっただけです。


 パワーと天性のバトルセンスを備えた彼女は若くして国の騎士となり、その武勇で多くの兵士を救ってきました。


 彼女にとって不幸だったのは常に強いことでしたが、それ以上に不幸だったのはどこまでも強くなれることでした。出会うのが遅ければイドでさえ手を焼く正真正銘の怪物となっていたでしょう。


 騎士として崇高な理想の下多くの戦場を戦い抜く中で自分の成長を感じ続けるのは彼女にとっての恐怖でした。


 故に、己の無敗を破って見せたイドこそが我が運命、と臣従を誓います。


 臣従です。なんやかんや染みついた騎士根性はなかなか抜けませんでした。


 それでもイドの下で奴隷として過ごすうち、力はちっとも弱くなっていないのにいつの間にか成長が止まっていることに気付いた時にはわんわん大泣きしさっぱり事情がわからない奴隷仲間を困惑させ、その日はエリーにあやされながら眠りにつきました。


 孕んだのは四番目。最初は歳の近いウルザや後輩のエリーに先を越されたことを焦ったりもしましたがその時にはすっかり自分の強さに悩むことはなくなっており、家族たちの世話を焼いているうちにオルガのセクハラがきっかけとなり妊娠が発覚。


 念願の第一子を得た時の彼女は、紛れもなく彼女が夢見た幸せそうな女の子そのものだったことでしょう。







 復讐者ウルザ・ノベンバーは祖国の終わりを見届けて死にました。


 それからは今度こそただの女奴隷ウルザとしてイドによく仕え、里の復興に最も貢献してみせました。


 と言うか、彼女がいなければ復興とかまともにできなかったです。新生尖り歯の頭脳担当がいなければなんか城みたいな建物が山の中に突如出現していたことでしょう。


 夜の方はと言うと、以前に比べればあまり熱心ではなくなりました。イドとしては主導権を取られずに済むのでとても喜ばしいことですが、別にイドへの情が失せたわけではありません。むしろ家族として情は一層深まっているのです。


 家族。かつて彼女が理不尽に奪われたもの。


 喪ったものは戻りません。命とは重いものです。軽々しくその手に掬い上げられるものではなかった。


 だからこそ彼女は復讐者だったのです。


 実を言うと、彼女の復讐は完全に成就したわけではありません。


 腐った国は滅び直接の仇は戦時中の悪事がバレて投獄されましたがそれでも、喪失を癒すのはいつだって略奪です。


 仇は指を一本ずつ奪って殺す予定でしたし間諜として教育を受ける過程で「教育」という言葉を振りかざし自分を凌辱した教官の男は内臓を抉り出してやるつもりでした。他にも色々恨みつらみを積み重ねて、それに全部間諜の仮面を被せて塗り固めたのがかつての彼女。


 結局ヘマをやって捕まり奴隷にされてしまいましたがそこで偶然出会ったのが同じように人生狂わされたイド。復讐のためにも桁外れに強いイドに捨てられるわけにはいきません、彼女はなんでも懸命に尽くしました。これ以上失敗できなかったので。


 失敗。彼女は祖国を滅ぼすために敵国たる石壁の街へ潜入し軍人に情報を流しましたが、裏切った軍人に捕まって拷問を受けた挙句に奴隷商人へ流されたのです。


 ただ、軍人の非道は彼女が喋ったことを全部信用した上での行いでした。


 裏切り者とは言え敵国の間諜との接触はキャリアに陰を落としますし、敵と通じていないというパフォーマンスは必要ですし、処分はせざるを得ません。なら、脱出して本国へ復讐に帰る可能性を残してやるのが得というもの。


 彼女の暴走で敵国になんらかの隙ができればそれは御の字ですから。


 実際には敵国そのものが崩れるほどの予想外をぶつけられたわけですが。


 人前で一切笑みを見せたことのない冷徹で知られた軍人も、イドによる魔女陥落を聞いた時には人目も憚らず大笑いしたそうです。


 魔女戦後に一度、イドに復讐を問われたことがありました。


「今が最後だぞ」、と。


 戦後の混乱に乗じてなら、人間が何人か消えようと誰も気付かない好機であると。


 そんな迂遠な問いに対し彼女はこう答えました。


「そうね…じゃあ、ちょっとお暇をもらうわ」


 そう言って彼女は他の女奴隷を誘ってショッピングに出かけていきました。


「は?」


 復讐は?


 主人の金で戦勝に湧く石壁の街を一日中堪能しまくった女奴隷たちが帰りお土産のアクセサリーやら変わった形のパンやらで全身を飾られながらイドは尋ねました。


 聞かれた彼女は寂しそうな表情を見せ、


「いいのよ」


 とだけ答え、すぐに他の四人と共に主人の飾りつけへ混ざりました。脱ぎたてのパンツとか被せたりしました。イドはオルガの魔法で抵抗を封じられてそれ以上の質問ができなかったしそれ以降も機会に恵まれずついぞ答えを聞くことはありませんでした。


 遂げられなかった復讐は、彼女にとって決して軽いものではありません。


 新たな家族ができたからと墓標もない地面の下からじっと見つめてくる家族が消えるわけではありません。


 でも、それ以上に手がかかるのです、今度の家族は。


 いいとこ育ちと世間知らずの集合体はほっといたらもらったお金全部使い果たして魔法の移動要塞とか作りかねません。後に妨害むなしく魔法の馬車は建造されてしまいました。


 そう、一族のまとめ役たるウルザには、復讐なんてやっている暇はないのです。


 止まっていた時間は容赦なく流れ始めました。時間は彼女に他人を家族と認めるほどの情を芽生えさせ、己と愛した男の子供を授け、そしていつか悪夢からも解き放つかもしれません。


 復讐者の末路とは、残酷なものですね。







 エリーは他の奴隷たちと違い、一度実家へ戻りました。


 無理矢理イドを連れて。


 運命で結ばれた夫の紹介は当然ですよね。


 さすがに田舎の小金持ちであるご両親や育ちのいい兄姉も困惑し難色を示しましたがましたがそれでもエリーは改めて自分の意志を伝えました。


 わたしは、この人にもらわれます、と。


 かたくなな娘に対し強硬な姿勢を取る母親を諫めたのは、他ならぬ父親でした。


「わがまま一つ言ってこなかった末娘の最初で最後のお願いだ。聞いてやれずして親は名乗れんよ」


「お父様…!」


「きみ、イドと言ったね。わたしは娘に与えられる限りの幸せを与えたつもりだ。今度はきみが、わたしには与えられない幸せを与えてやってくれたまえ」


 愛しい人に愛されるという幸せを、ね。


 イドは何言ってんだこいつと思いました。でも娘から家族から使用人からみんな泣いているので何も言えませんでした。後にも先にもイドが空気を読むことを強いられたのはここだけです。逆によくここだけで済んだもんだと彼は後に語ります。


 無事女奴隷としての奉仕が認められた後の彼女はと言えば、一転して危うい部分がほとんど顔を出さなくなりました。


 相変わらず得意な料理は肉をよく刻んだものを固めて焼くやつだとか包丁がよく似合うだとかビジュアル的には不穏ですがしかし、まるでその立ち居振る舞いは本物の新婚の奥様。ああいえ本人は元々そのつもりでしたね。


 そもそも。普通に一夫一妻の家に生まれ育っておいて何故一夫多妻(エリー視点)を許容しているのか。運命の夫への執着は正直「ま ず い」の一言でしたが、最初から他の女奴隷たちとは仲良くやっていましたし先輩奴隷を立てたりと全く問題行動を起こしていません。最初のメンがヘラっていたのはなんだったのでしょう。


 これに関しては本当になんとも言えません。何故なんでしょうね?


 女奴隷たちの間でも下の子として存分に可愛がられ、元々根が素直で末っ子育ちなのが良かったのでしょうか。甘え上手で自立的で、時たま年上のフォローに回ることも。時代に対して備える属性の概念が追い付いていません。オルガは常々時代の最先端を行く女として密かにエリーを尊敬しています。


 ともあれ、家族みんなに愛され家族みんなを愛する彼女が幸せでないはずがありません。めでたしめでたし、です。






 オルガはカーラ撃破後もイドのそばを離れず、いつの間にかすっかり新生尖り歯の一族に溶け込んでいました。


 セクハラ三昧の日々を送りながらもイドが増やした女奴隷や次々生まれる女奴隷たちの子供の面倒も見たりして。意外と家庭的な女。と言うか、人間の尺で言えば立派な才女です。


 主なところでは薬学、衛生学、簡単なところまでなら医学も。妊娠鑑定から妊娠生活の補助、助産の知識と経験は女社会の魔女として常識。発明やまじないを利用した加工も好き。何故か料理はダメ。


 イドによる新たな尖り歯の一族の始まりに付き従う五人の女奴隷、その一人として数えられる魔女、オルガ。


 そう言えば、魔女オルガは何故イドの狩りに協力したのでしょう。


 答えはこの先の物語で語られるでしょう。それまで飽きなければ。


 一つだけ言えるとすれば、彼女なりに妹分を運命から救ってやりたかった。


 いつの間にかそのために利用した男も。その女奴隷も。そしてその血を引く愛し子たちも。


 いつの間にか救いたくなってしまって、彼女はその命を賭け今度こそ運命と対峙することになります。





 このあたりで女奴隷を集めた傭兵のお話は今度こそおしまいです。まだ語られていないことはこの次か、その次か、もう一個次か、いつになるかはわかりませんがいずれ語るでしょう。回収漏れって苦手なんですよね。余さず知りたい。


 次の物語の主人公は王様。…に、なる男。兵士から王様になるサクセスストーリー。


 次作、『女奴隷を集めた王様のお話』へ続く。

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