6

「死体が足りなくて困っているんだ」


 雨上がりの夜更けに路地裏をふらついていると、数少ない顔見知りに出くわした。消毒液のニオイが漂うフィールドパーカーを着用し、口元には微笑んでいるように見える落書きの施されたマスクを装着している、正直に言えばあまり近付きたくない風貌の女性である。彼女は名をヨモツという。

 僕と同じく住所不定の輩だが、なんでも屋を営んでいるため無職ではないのが大きな相違点である。


「なんて?」

「死体だよ、死体。人の行き着く先さ。ほら、ササくんに頼んでさ、ささっとやってもらえないかな。ササだけに。いるんだろ?」

「いないと言ってください」

「いないよ」

「君たちは一蓮托生と聞いたが、はて。ま、いいよ。少し待っていてくれ」


 自動販売機で缶コーヒーを買い、プルタブをつまむほどの時間が経っただろうか。

 また雨が降り始めそうな気配を感じる、と空を仰ぐと眼前をかすめるように何かが落ちてきた。視線を下へと向けてみればそれは二人の少女で、まだ息があるようだった。彼女たちは両足を紐で繋がれるように縛られていたが、落下した衝撃で緩やかにほどけた。


「やあお待たせ。この廃ビルの上でわちゃわちゃやってるのが見えたからこれは儲けもんだな、と思って待っていたんだけどさ。なかなか飛び降りなくて。だから手助けしてあげたってわけ……あれ、まだ生きてるんだ」


 戻ってきたヨモツが片一方の少女の顔を覗き込み、気怠そうにわざとらしいため息をつく。そして、パーカーのポケットから年季の入った錆と手垢で黒ずんだ金槌を取り出して、うめき声を上げている少女の顔――特に、両目を執拗なほど――に叩き付けた。その行為が機械的に幾度となく行われ、処理が済んだのだろうか、額の汗を腕で拭いこちらに声をかけてきた。


「いやぁ、ごめんね。ちょうど出先でこんなものしか持ってなくて。もうひとりの方もすぐ終わるからもうちょいお待ちを」



 どうにも腐葉土の臭いがする缶コーヒーをなんとか飲み干した頃、二人の少女の遺骸を無理やりに小さく折りたたんで巨大なスーツケースに詰めていたヨモツは「これでなんとかなるかな」とケースの蓋に体重を掛けて閉めていた。


「どうせ死ぬなら言ってくれればいいのにね。綺麗なまま逝けて、さらには人の役に立てるんだから。ま、これでドクターにどやされずに済むよ。彼……いや、今は彼女だったかな。ああ見えて怒るとなかなか怖いんだ」


 親指で首を掻っ切る仕草をしてみせ、それじゃあまたどこかで、とヨモツは去っていった。

 辺りには元々の静けさが残り、僅かに漂っていた血生臭さはやがて霧散した。



「あの人、嫌いです。命をなんだと思っているのでしょうか」


 自らが悪霊であり他者に害をなす存在であることを棚に上げているのは置いておくとして、ヨモツは他人のことをただの素材としか考えていない節がある。だからこそ店名に『ゆりかごから墓場まで』などと名付けるのだろう。


 ここは閂。人でないものが集まる天気の悪い町である。


 久しぶりに会った記念だからとヨモツに貰った缶コーヒーを少女たちが落ちてきた場所に供え、今夜の寝床を探し求めて歩くのだった。[了]

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