2101年6月11日午後14時12分 "時任杏泉" -003-

「何が起きた!」


爆発音の余韻が耳に残る最中で聞こえてくる怒号。

それは間近の席に居た名も知らない選抜部隊の大男が発した叫びだった。


「こっちに!退路は確保してるから、早く!」


僕は誰とも分からない相手に叫びながら、目についた"イレギュラー"の足元に向けて銃を放つ。


「!」


45口径の弾丸がいとも簡単に弾かれる。

そんなのもお構いなしに数発撃ち込むと、ようやく一発が首元にめり込んだが…直後にポロっと弾が落ちてきた。


「何なんだ…」


僕は銃を撃ち込んでも何も反応しない彼らに得体のしれない不気味さを感じながら、動きを止めることなく周囲に目を凝らす。


武装した"イレギュラー"の周囲は、既に白銀の粉で埋まっていた。


「狙いはVIPじゃない?」


テーブルを見ると、そこら中に居た外人部隊の者達は既に姿が無い。


「これは何なんだ!」

「知るかよ、居ても邪魔なだけだサッサと出てけ!」

「うわぁぁぁぁぁぁ!」


周囲の状況把握を終えた頃、ようやく爆発の余韻から回復したお役人様を席から連れ出せる。

"イレギュラー達"に目を向けると、彼らは執拗に周囲の選抜部隊の連中を狙っていた。


「くそ!何にが起きてる?」

「知るか!それより何も打つ手がないぞ」

「畜生!何でもいいから奴を止めろ!」

「あああああああああああああああ!クソ!」


今なら、"イレギュラー"の3人が周囲の連中に構っている間に抜け出せそうだ。


「杏泉。奴等"変身"しない割には効かないぜ。弾の無駄だ」

「ああ。ったく。オマケに何なんだ?攻撃手段は?銃声がしないなら、辛木さんと同じか?」


VIPを近場に居た選抜に押し付けて逃がし、店内に残った僕と久永は物陰に隠れたまま会話を重ねる。


「理解する時間が無い。その前にこっちも離脱しよう」

「オーケー…僕が最後だ。宏成が先に行け」


威嚇射撃にもならない、45口径の拳銃の弾倉を取り換えた僕は、そう言って再び物陰から身を乗り出した。


「行け行け!」


背後では、宏成と久永が予め確保しておいた退路を駆けていく足音が聞こえる。

僕はそっと…未だに周囲のリインカーネーション達を殺戮している大男の"イレギュラー"の頭に銃口を合わせると、ゆっくりと引き金を引いた。


「こっちを向いてみたらどうだ?」


命中したものの、何も効果を上げたようには見えない彼に向って煽りを一つ。

すると、僕達には無関心だった…というより、周囲の抵抗に気を取られていた"イレギュラー"の一人がこちらを向いた。


「……」


それを目の当たりにした僕は、口元を小さく歪ませながら彼の"目"に向けて銃弾を放つ。

45口径ながらも軽い反動を受け流しながら、3発放った弾丸のうちの2発が眼球付近を貫いた。


それを確認した僕は、そっと後退を始める。

目を潰された"イレギュラー"は、喚き声にもなってない声を発しながら、周囲を見境なく攻撃し始めていた。


「何なんだ、何処から湧いて出てきた?」


自問を繰り返しながら、店内から脱出して、エレベーターホールの方へと駆けていく。

背後では未だに破壊活動が続いていることが、ひしひしと伝わって来た。


突然の襲撃に逃げ切れたのは、店内のおよそ3割と行った所だろう。

退路を行きながら、時折威嚇射撃を行う最中に見えた"白銀の粉"の多さがそれを物語っていた。


「杏泉!こっちだ」


エレベーターホールの奥。

非常階段の当たりから顔を出していた久永が僕に気づいて手招きする。

手にしていた拳銃の安全装置を掛けて、上着の内ポケットに仕舞いこむ。


「攻守交代だぜ」


非常階段の扉の前まで来た僕に、彼は散弾銃を投げ渡す。

僕は口笛を吹きながらそれを受け取ると、もう一つ飛んできた散弾の入った小さな箱を受け取って、中身を上着に押し込んだ。


「どこから?」


散弾銃を手にした僕はそう言いながら久永の方に目を向ける。

すると、非常階段の…久永よりも奥に数人の人影が見えた。


「ここの警備だと」

「警備にアレの相手は割に合わないって?」

「そういうこと」

「ジージェ達は?」

「下に向かわせた。下に居る連中に状況を伝えて来いってな」

「了解。で、土産物がこれ?」

「散弾じゃ不満か?」

「どうせなら7.62mm弾が欲しかった所だけど」

「そう言うなよ、先発隊はもう来てるんだぜ?」


受け取った散弾銃を確認し終えた僕に、久永はそう言ってエレベーターの方を指さした。

振り返ってみてみると、エレベーターが数基、下から上がってくる。

直ぐにエレベーターはやってきて、この状況では気の抜けた音に聞こえる電子音を響かせて、扉が開いた。


中に詰め込まれていたのは対イレギュラー用の武装を揃えた"委員会"と"選抜"の混成部隊。

先陣に居たのは夏蓮だった。


「夏蓮?」

「ヤケに早いお出ましだが…どうなってやがる」

「料理屋の人間には知らされず…夏蓮達は知っていた?」


非常階段の物陰から散弾銃を持ったまま見張る僕達は、サッサと退避させたVIP達に警備員をつけてビルの下層へと避難させる。

下層には既に警察隊が出張ってきているから、彼らに任せておけばいいだろう。


「出るか?」

「邪魔になるだけだろう。こっちに奴等が出て来れるようなら迎え撃てばいい」


僕達はエレベーターホール付近まで戻ると、近場の壁に寄り掛かって店内の方から聞こえてくる銃声に耳を傾けた。


向こう側ではドンパチにまで発展しているというのに、僕達は疑似煙草を咥えたまま何も動かない。

手にした散弾銃の安全装置はとっくに切っているし、引き金に何時でも指を掛けられる…が…

徐々に静まり返っていく店内の方を見る限り、引き金に指を触れさせる必要も無さそうだった。


「……」


静まり返ったフロアに、数人の話し声が聞こえた後、店の入り口から見慣れた同居人が青を出す。


「どうしたの?そんな物々しい格好をして」


僕達の手に持った銃器を見てそう言うと、彼女は小さく口角を上げた。


「ちょっとした成り行きでね。随分と早いお出ましじゃないか」


彼女は場に似合わないスーツ姿で…アタッシェケースを左手に下げている。

右手に持った巨大な拳銃だけが、唯一この場に似合う装備品だった。


「呑気に会食してる貴方達の方が私には不思議に見えるけれど?」


彼女は手にした大型拳銃を掲げると、近場にあった窓を指さす。


「"イレギュラー"化した観光客が暴れまわってるの」

「何時から?」

「さっき」

「知るわけないだろう。城北は平和だ…って待って。城北が何もないのに何故ココで?」

「鋭いね。観光客っていうのは便宜上で、本当は外から来た廃棄物とでも言えばいいかな」


彼女は視線を鋭いものに変えて僕達を見回すと、一呼吸置いたのちにエレベーターを呼び出す。


「詳しい話は下で…御免なさいね。強制的に現役復帰させちゃって」

「あ、ああ」


狭いエレベーターの中で壁に寄り掛かっていた僕は、表情を一切崩さない彼女の表情を見ると、ふーっと一つ溜息を付いた。

エレベーターで1階に降りてビルの外に出ると、つい先日あたりまではお馴染みだった外人部隊の野営テントに案内される。


既にテントの中にはジージェ達が居て、装備品を慌ただしくチェックしている最中だった。


「お疲れ様。そして助かった。最低限守らなければならない対象は無事に保護できたと聞いてる」


そこに、夏蓮の冷たい声が通る。

その声を聞いて、一斉に夏蓮の方へと振り向いた。


「つい数時間前、この島から程近いところに現れた外国船から小さな船が出てきて、この島の岸壁にたどり着いた」


彼女は手にしていた銃をテーブルに置いて、アタッシェケースを開くと、中に入っていた用紙を取り出してテーブルに広げて見せる。


「城南の海岸沿いは知っての通り35メートルの高さを持つコンクリート製の壁になっているが…小船に乗っていた者達はそれを易々と乗り越えて上陸してきた。先ほどの襲撃者もそれらに該当する」


彼女はそう言うと、徐に疑似煙草を取り出して口に咥えた。


「船の所属は?さっき襲ってきた連中が何処の国の連中なのか分かってるのか?」


久永が疑似煙草に火を付けようとしている夏蓮に問いかける。

彼女は最初の煙を纏いながら、小さく首を横に振った。


「現在情報収集に追われてる。襲撃してきた"イレギュラー"も元の人種が多様なせいで何も掴めてない」

「…浸透してきた数は?」

「監視カメラに映ったもので26。駆除数はさっきの含めて17…まだ9匹隠れてる」

「……委員会に思い当たる勢力はいないの?」


久永と夏蓮の会話にフラッチェが割って入ると、夏蓮は小さく頷いて見せた。


「無くはない。リインカーネーションになれず"イレギュラー"となり果てた元人間で作られた組織が地下に潜ってテロ組織化したと聞いてる」

「イレギュラーが?そんなの駆除し終えたはずじゃ…」

「何にでも漏れがあるもの。兎に角、9匹の駆除に協力してほしいのが一つ…ま、各々の組織に居れば変な仕事じゃない…1人を除いて」


彼女はそう言ってテントに集まった僕達の顔を見回すと、最後に僕に目を付けた。


「ジージェはフラッチェと杏を連れてココのあたりを…久永と宏成はココを。外人部隊と警察隊が散開してるから上手く連携して掃討に当たって」

「了解…休日手当は?」

「危険手当も込みで倍にして出すって、貴方の上司から聞いてる」

「……なるほど、嫌な情報だ」


彼女は僕のことを一旦横に置いて、それ以外の面々に指示を出す。

出自はバラバラだが"委員会"にいる"最古参"のリインカーネーションには逆らえないといった所か、彼らは彼女の言葉に頷いて見せると、直ぐに行動に移った。

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