5.5.李志傑

2101年5月11日午後19時33分 "李志傑" -001-

「キョウセン。コノ前手に入った"実験動物"はどうする気?」

「そうだなぁ…彼には"悲劇の主人公"になってもらおうと思ってる。まだコールドスリープ状態なんだっけ?」

「ソウ…ここに運び込まれてから何もしてナイ」

「なら好都合。適当にコンテナに詰め込んで、日本あたりにでも放てば良い。勇敢で、ちゃんと人間味が残ってる彼のことだ。あることないこと吹聴してくれるだろうよ」


目の前のデスクに居る男はそう言って小さく笑みを浮かべた。

リインカーネーションであることを示す銀色の瞳を持つ彼は、そう言うと窓の外に目を向ける。

真っ暗な空の下、美しくライトアップされた滑走路には、目の前の男も勤めている城壁選抜旅客航空公司の4発ジャンボジェット機が離陸の時を待っていた。


広い滑走路にただ1機。

この間起きた墜落現場の爆発騒ぎの後、城壁の人間の殆どが"リインカーネーション"へと変化を遂げたことは世界中に知れ渡っており、そのおかげて城壁へと旅客機を飛ばす航空会社は、我らが城壁選抜旅客航空公司以外には無くなったからだ。


それは人間にとっては得体のしれない恐怖。

城壁の殆どの住民にとってみれば、その実など人間と大差ないことは知れ渡っているものの、外部の人間達にしてみれば、リインカーネーションはある日降って湧いた人間のミュータントであることには変わりなかった。

そんな存在が1夜にしてとある島の住民を変貌させてしまったのだから、恐怖しない訳がない。


「そっちは?」

「ンー…特に変わらず。今は鎮圧部隊も暇してる見たいだね。昨日までで混乱は殆ど抑えられた」

「よーし…やっぱりリインカーネーションに寛容な人達は優秀だ」


キョウセンはそう言って満足げに頷くと、椅子から立ち上がって、ハンガーに掛かっていたジャケットに袖を通した。

何時もの癖で、記者であることを示すパスケースと、カメラを首からぶら下げる。


「W型の威力も確認できたし。ここまでは万事順調っと」

「何処に行く?」

「地下だ」


そう言って部屋のノブに手をかけたキョウセンは、俺の方を見て小さく笑う。


「しかし、リインカーネーションを"未知の病"扱いするとは、外野の"人間"は随分と愚かなものだよね」


空港の、関係者専用の通路を歩きながらキョウセンは会話の種を振りまく。

横を歩きながら、そっと疑似煙草に火を付けて咥えていた俺は、ほんの少しだけ頷いて肯定して見せる。


「病気でも何でもない。全ては"白銀の粉"が創り出した種族…今回、"意図的に"エア・オリエントの機体を堕として"実験"してみたが、良く分かった」

「言葉だけを聞くならば、随分エゲツナイ事だよナ」

「流石に数人に仮説を実証してもらってからやってるから、こうなることは分かってたけどね。"白銀の粉"を1度に大量摂取した人間がリインカーネーションになるんだって」

「なんだって"エア・オリエント"を堕としたんだ?」

「個人的な恨み…というのは冗談で俺の知ってる古株の機長がここの定期便勤務だって聞いてたから、彼に協力を依頼したのさ」

「……特攻隊?」

「まさか。彼も辛木さんみたいなハーフリインカーネーションでね。死ぬ心配は無かったし、あの日突っ込んだ機体の乗客乗員は全員僕の配下の人間だったのさ。乗客乗員298人全員がね」


キョウセンはそう言いながら、たどり着いた通路の一番奥の部屋の扉を開けて中に入っていく。

俺もその後に続いて、扉を閉めた。


「……それでもゾッとするナ。彼らは大した度胸あるね。白銀の粉に感応しなければ、そのまま木端微塵だ」

「そこは、ホラ。事前に分かってるからさ。リインカーネーションに成れるかどうかなんて」

「本当?」

「ああ。簡単な血液検査で分かるもんだ。だから、この島で適性のない人間は最初から分かってた。シャルトランも、ダリオも、彼らは残念ながらただの人間のまま死ぬってことも」

「……初めて知った」

「初めていったからさ。"イレギュラー"だけは分からなかったがね」


キョウセンはそう言って部屋を進むと、地下へとつながる扉を開けた。


「でも、50年ちょっとで分かったことなんてこの程度。不老不死だとか、銀色の目、若返ったままの体…そして今みたいなリインカーネーションに成れる人間の条件と変化の方法…それくらい」


彼はそう言いながら、明かりが灯った通路を歩いていく。

俺は疑似煙草を煙らせながら後に続いた。


「それが全てなんじゃなイ?」

「どうだか。ただ言えるのは人間の上位互換ってだけさ。死ななければ、老いもしない。最悪じゃない?」

「最高じゃなくて?」

「50年も経ってみなよ。流石に飽きてくる」

「それでもキョウセンは飽きてるように見えないネ」

「……やることが多いのさ。飽きが来ないように」

「……?」

「リインカーネーションってやつは何なんだ?っていう問いを求め続けていれば飽きることもないってことだよ」


キョウセンはそう言って小さく口元を笑わせると、通路の途中のT字路を右に曲がる。

この先はつい最近、哀れにも人間のまま変化しなかった刑事を1人捉えた場所だった。

目的地はその現場の奥…

この島唯一の"白銀の粉"精製工場であり、"白銀の粉"を研究しているラボだ。


「結局、僕達が世界で最初のリインカーネーションになったあの時も、"エア・オリエント"の飛行機が墜ちてきたんだ」

「前にも聞いたナ」

「そう。あの時も、あの飛行機には"白銀の粉"が積まれていた…今回のと違うのは、その飛行機の乗客乗員は全員死んだってことくらいって言ったよね?」

「ああ」

「でも不思議なのは巻き込まれた僕達数人がリインカーネーションとして"再誕"したことだ。あの飛行機には"白銀の粉"に相当する貨物は積んでいなかった…ただ、燃料系統の詰まりに起因するエンジントラブルで双発機のエンジンが止まり…油圧も失って突っ込んできただけ」


キョウセンは何度か俺に言ったことのある、2051年革命の1日目の事を口にする。

俺は、何度か聞くごとに内容が鮮明になっていくその話にじっと耳を傾けた。


「あの日を境に石油は凄まじい勢いで消えて行き…白銀の粉と呼ばれる白い砂が出てくるようになったってわけ。魔法の粉とはよく言われたものだよ。不老不死になれる粉…石油の代わりになれる粉って。持て囃されたのも数年だけだったが…」


キョウセンはそう言いながら、通路の最奥にある鉄製の扉に手をかける。

扉を開いて中に入ると、施設の廊下に出た。


目の前のガラス張りの向こうには無数の黒いガラス瓶がズラリと並び、一定の間隔で中身が小さな爆発を繰り返している様子が伺える。

ガラス瓶の中に見えるのは、ここに来る前、空港の部屋の棚に並んでいるような宝石のような"結晶"と、その結晶に囲まれて、手足を繋がれた全裸の男女。

爆発と同時に白い砂がガラス瓶の中を埋め尽くしては…それらが配管に吸い取られていき……"掃除"が終わると同時に元の人間の姿へと"再生"していく。

人間で居られなくなり、リインカーネーションである自分を受け入れなかった者たちの末路がこのガラス瓶の世界だった。


キョウセンはそのガラス瓶が並ぶ部屋を見下ろす位置にある廊下に立ち、そっとガラス窓の奥に目を向けると、小さくため息をついて廊下を歩き出す。


"白銀の粉"は自然界には滅多に存在しないもの。

そんな資源が何故この世界の主流エネルギー源になっているか?という問いの答えがガラス窓の奥の世界だった。


リインカーネーションが死亡し、その生命が持つ"核"を失った瞬間。

リインカーネーションの亡骸は即座に白銀の粉に様変わりするのだ。

1人が1回死ぬことで精製できる粉は、船積みのコンテナ1つを埋め尽くすほど…


これは、2051年革命の数年後に発見された、不老不死や外見的特徴以外の特徴だった。

発見したのは、当時唯一のリインカーネーション存在国だった日本。

この特徴は、今でも一般人には行き渡っておらず、俺もキョウセンに言われて初めて知った情報だった。


だが、あの国はもう45年前からこの事実を知っている。

それを知ってしまってから歴史の教科書を見返すと、リインカーネーションに対する世間の目は冷ややかなものとなっていき、不老不死であるはずなのにその数を急激に減らしていった時期は…日本が資源産出国になった時期は、丁度キョウセンに教えてもらった時期と重なっていた。


今ではそんな機密情報もリインカーネーションが各国で出現していることで、リインカーネーションが出現した国の役人には"公然の秘密"となっていて、彼らは大小なれど"エネルギー産出国"の仲間入りを果たしている。


石油も消えて、代替になる物が今までは石油が出なかった地域で採れる。

リインカーネーションの数十人程度、国にとっては安い代償ということだ。


キョウセンはそれに真っ向から対立しているわけだ…もう半世紀も前から…


「キョウセン。この先は…?」

「城中の一角にあるRTSBの倉庫」


俺は行ったことがない方向に足を向けたキョウセンに問いかけると、彼は隠し立てをすることもなく、何時ものように答えてくれた。


「何だってそこに?」

「ちょっとばかり、君に記者としての仕事をしてもらいたくてね」


キョウセンがそう言って俺の方を一瞬見る。

俺は普段通りの様子のキョウセンの顔を見返して、ほんの少しだけ眉を上げた。


「最近記者らしいことはシテナイんだけド」

「大丈夫だよ。内容はある程度考えてある」

「脚本付きなら猶更苦手ダネ。余程のスクープじゃない限り」

「スクープさ。それも、この島だけじゃない。全世界に向けたスクープだ」

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