2101年4月23日午前10時02分 "フランチェスカ・スメドレー" -004-

「なぁ、一体なんだってこんなところを?」


遺体を見つけてから3時間後。

私の提案で、この裏城南に蔓延っている違法な民泊施設だったり…地上では有り得ないほどの低価格な賃貸部屋を探って回っている時に、ふと我に返ったようにジージェが言った。


もうすでに数十件を当たって、何も情報が得られていない中で放った言葉は私の背中に突き刺さる。

証拠集めのために足で稼ぐ刑事の基本をやっているだけなのだが…一方でそんな手間が大嫌いな私はその言葉を聞いて足を止めた。


「第一、フラッチェ、お前こんなの嫌いだったろう?」


裏城南の通りから外れて、地下空間を下側に貫いていく集合アパートの通路の壁に背を預けた私は、そう言って汗を拭うジージェの方に顔を向ける。


丁度、ここはT字路になった通路の交差部分。

3方向に分かれた通路には、私達2人の姿以外は見えなかった。

通路に規則正しく並んだ扉の奥には、こんな場所にしか住めない人間だったり、地上から隠れたい人間が潜んでいるのだろうが…不気味なほどに生活感を感じなかった。


「嫌い。だけど何かピンと来るまではこの手に限る。そう思ってたけれど。違う?」

「合ってるがな。お前の場合2,3やって諦めてただろ。何か見えてきてんのか?」


ジージェがそう言って私の横に並んだ。

私はゆっくりと、小さく頷いて見せる。


「この勘が当たってるって、少し確信が持ててきた」


私がそう言うと、彼はほんの少し驚いた顔を見せる。


「見当違いもいいところだと思ってたんだが」

「そう?」

「むしろこっちで稼ぐ場所を探しに来てるのかと思い始めてたくらいだぜ」


ジージェはそう言うと、今日既に10本目くらいの疑似煙草を咥えた。

左腕に付けた腕時計を見ると、時刻は既に午後3時を回っている。

昼食も取らずに今の今まで働きづめだったが…不思議と空腹感は感じなかった。


「だって、3日3晩も経ってて、上は野宿できる環境じゃない。となると裏城南に潜るしかないじゃない。まずはそれが一つ」


私は疑似煙草休憩に入ったジージェに言う。


「そして、見たところここも野宿できるとは思えない。裏とはいえ、人の目はあるし、何よりもお尋ね者と知れれば賞金首と化すでしょう?この島は公式に認めてるのだから」

「まぁな」

「で、さっきまで回ってたのは民泊業者か賃貸の部屋貸し。何人かは後でしょっ引くとして、何人かは口の堅い人間ね。情報産業に居る人間のように」

「それでマキタと繋がってる人間がそこに一人でも居れば当たりだって?」

「そう考えてるわ。じゃないと3日も誰にも悟られず過ごすのは、この島では無理だもの」

「だとしてもだ、事を起こしてるんだろ?夜に動いてるといえど出入りを悟られずってのは無理だろうし、何より上に出てきた段階で破綻する。24時間、何処かに誰かは必ずいるもんだ」

「でしょうね。生活はそれで保障されたといえど、そこは考えないとダメでしょうけれど」「考えてないのか」

「ええ。あの医者に整形して貰って、用済みになったから消したってのも考えたけれど、あの柱の穴を考えれば可能性は低いしね。医者の人間関係からマキタが上がらない限り、それは無理筋と取るのが普通でしょ?」


私がジージェにそう話していた頃。

私達が寄り掛かった通路の壁に付けられていた窓が微かに揺れた。

通気口もあることだし、多少の揺れなら気にならないが…今度の揺れは相当激しい揺れだった。


私とジージェは会話を止めて、窓の方に振り返る。

そこから見えた光景は、何の変哲もない裏城南の通りと、向かい側のビルだった。


「地震の前触れ?」

「いや、違うはずだ」


私とジージェは微かに警戒感を強めながら窓を凝視する。

そして、その視線は窓の上…廊下を伝う通気用のダクトに向けられた。

私とジージェは、金具が乱雑に取り付けられているものの、頑丈に付いているダクトに目を止めると、その後で互いに顔を見合わせる。


ゴン……


ダクトから鉄板の軋む音がして…それが金具を通して近くの窓枠に伝わり、窓が揺れていた。


「ネズミかしら?」

「それにしてはデカいぜ」


ジージェと私は互いに言うと、ジージェが持っていたライフル銃のストックをダクトに近づける。

そっと…あと少しでダクトに届こうかという時。

不意にダクトの鉄板が歪な歪みを見せた。


「!」

「危ない!」


私はジージェよりも早く、彼の腕を引っ張ってT字路の一方に退く。

ジージェの手から離れたライフル銃が床に落ちる瞬間を見ることもない。

飛び出した直後、ダクトに背を向けた私の背後からは鉄が貫かれる鈍い音が鳴った。


バン!


飛び込んでいる私達の背後から聞こえてくる、何かが地面に落ちた音。

その直後に聞こえてくる足音。

そして、その音は私達が飛び込んで動きを止めた時には聞こえなくなっていた。


私が彼を引っ張って飛び込んだのは、通路の先にある外付けロッカーの影。

影に隠れると即座に臨戦態勢に入る。

見えなくなったT字路の奥にサブマシンガンの銃口を向けた。

ジージェは銀色のマグナムハンドガンを取り出すと、少々毒づきながらそれを構える。


「何だ一体?」

「何かが貫いてきた。ダクトに居るのはネズミじゃないのは確かね」


私達は短く言葉を交わすと、ゆっくりと影から体を出して元の位置まで進んでいく。

元の位置にあるのは、ジージェが持っていたライフル。

その銃口の一部が、こちらから確認できるだけで、その先がどうなっているかなんて分かりやしなかった。


2人でゆっくりと…それでも手間をかけずにT字路の角に張り付いて、合図を交わした後に曲がり角を飛び出して通路の奥に銃口を向ける。


「!」


…だが、通路には既に人の影も何もなく、さっきまでと同じように静寂が戻っていた。

あるのはジージェのライフルだけ。

上を見上げると、何かで綺麗に切り取ったように空いたダクトが見えた。

その穴は、まるでさっきの空きテナントで見た柱に空いた穴と同じように、日々も何もかもを一切生じず、まるで最初から空いていたかのように綺麗な断面で空いている。


「銃は無事?」


私はその穴に目を奪われながらも、床に落ちたライフル銃を拾ったジージェに尋ねる。

彼は各部を点検すると、カシャン!とレシーバーを引いて薬室に入っていた弾薬を排出し、次弾を薬室に入れた。


「ストックとシャーシに付けてたバンパーが守ってくれたみたいだな」

「なら別に引かなくてもよかったんじゃない?」

「気分だ」


彼はそう言って排出した7.62ミリのフルメタルジャケット弾を拾い上げると、ポケットに仕舞う。


「それよりも、何処に消えた?この長い通路の何処かに何かが居るはずだぜ」

「それが居ないのよ。落ちてきた音まではしてたんだけど……」


私はそう言って、ハンドガードに付いたフラッシュライトの明かりを付ける。

窓が途切れ、真っ暗になっていた部分もあるアパートの長い通路に白い光が差し込んだ。


「何が飛んできたか分かる?」

「刀だ。日本刀だな。随分と刀身が長かった」

「怪我は?」

「無い。掠めてすらない…ラッキーだった。きっとシュミットとかいう医者を殺った奴だぜ」

「今日の所は行方不明者捜索は止めにして、新種の"イレギュラー"ハンターにでもなった方が良さそうね」

「ああ。まだ近くに居るはずだ」


私とジージェは少々落ち着きを取り戻して通路の先に銃を向けている。

銃口を向けた先に、襲い掛かって来た何かは居ない。

通常の"イレギュラー"であれば、パニック映画に出てくるゾンビの如く、後先考えずに突貫してくるのだが…今回はそうじゃない。


普段と違う事があればあるほど、嫌な汗が背中に吹き出てくる。

私は奥歯を噛み締めながら足を進めていく。

どうせ裏城南には行くつもりだったのだが…こんな時に横に居るのがジージェで助かった。


「一体どこに…?」

「さぁ…な……おっと、フラッチェ。1,2…8つ奥の扉見てみろ」


ジリジリと足を進めていく最中、ジージェが言った。

私は彼の言う通り、今いる位置から8つ先の扉に目を向ける。

扉は人がそっくりそのまま入っていけそうな大穴が開いていた。


私達は顔を見合わせると、私が先行して大穴の空いた扉の元まで駆け寄っていく。

ジージェがすぐ後ろに付いてきて、私達は扉の横に張り付いた。


「……」


足音も止み、静寂が支配した通路で私は呼吸を整える。

背後に付いたジージェはそっと私の肩を叩いた。


私はもう一度呼吸を整えると、下に向けていたサブマシンガンの銃口を素早く扉の奥に向けていく。

銃口を向けるとともに、ライトが扉の向こう側を照らし…即座に私はライトで明るくなった室内へと入った。


人間がそのまま素通りできるほどの大穴。

私が突入していき…次にはジージェも続く。

横目に見た彼は、大柄なライフル銃ではなくマグナムハンドガンを構えて室内に入ってきていた。


素早く玄関口をクリアして奥へと押し入る。

取り回しの良いサブマシンガンを左右に動かして、部屋の隅々の光景を目に入れては隅に追いやっていく。

簡素なワンルームアパートの室内を見て回るのに、数十秒と掛からない。

私達は素早い動きで部屋の奥まで押し入って入ると、誰も居ないことを確認し終えて、ゆっくりと息を吐き出した。


「クリア」

「…クリア」


アパートの奥は、窓も何もなく…唯々一面がコンクリートの壁だ。

私達は、薄いカーペットが敷かれた居間の上に立ち、周囲を見回す。

薄っすらと生活感を感じられた部屋には、私達以外の何者も居なかったが…それでも、何かがついさっきまで居たという痕跡が十分に残っていた。


「ここから、別の場所に逃げるとして…何処へ行ける?」

「そうだな…そこに空いてる大穴に飛び込んでみるか?」


私が周囲に散らばった生活感の残る品々に目を落としている間に、ジージェは既に次の証拠を見つけていたらしい。

私が彼の声に反応して、声の方を見てみると…彼は天井に空いた大穴を見上げていた。


「賃貸でしょ?修繕費が高くつきそう」

「言ってる場合か、さっきのコンクリートよりも分厚いぜ…」


私達は天井にぽっかりと空いた大穴を見上げて言った。


「どうする?」

「……この上って、どうなってるか知ってる?」

「地上のビルと同じだ。配線だの配管が入り組んでるだけ。人っ子は1人ずつなら通れるだろうな」

「そう。なら諦めましょう。行っても生命保険会社がニヤリとするだけ」


私はそう言うと、肩口に付いていた無線機を取り出した。

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