神と魔王の戦い

『神と魔王の戦い』


 これは古くからあるおとぎ話である。


 誰もがこの話を知っているし、誰もがこの話を聞いて神を信仰するようになる。


 ただ、僕だけは知らなかった。


 屋敷にはこんな名前の本もあったかもしれない。


 ただ単純に、僕は興味が無かったのだ。


「有名なおとぎ話の本が厳重な箱に保管されていました」


 だから、彼女が持っている本の内容は知らないし、興味も沸かない。


 そう、思っていた。


「魔力に覆われているな」


 その本は、禍々しい魔力に覆われていた。


「みたいですね。なんだか危険な香りがします」


 読んでみようと思い、その本を受け取る。


 どこか気味の悪い表紙を静かにめくる。


 内容は、勇者の冒険の話だろうか。


 昔々、神と魔王がいて、世界の均衡が保たれていた。


 しかし、その均衡は魔王によって崩されることになる。


 魔王が魔物を従えて、人間を滅ぼそうと世界中で虐殺を始めた。


 そこで立ち上がったのが一人の勇者。


 勇者は、神に協力してもらい、世界中を旅してまわり、多くの街や国を救う。


 しかし、神の協力を得た勇者でも魔王には力及ばず、神が魔王を打倒すべく世界に降臨した。


 そこで、物語は終わっている。


 いや、ページが破れていてそこから先は無い。


「・・・様、リダ様!」


「ん?」


 なんだと思い顔を上げると、


「大丈夫ですか?リダ様」


 気が付くと、夕日が差し込んでいて辺りが暗くなり始めている。


「もうこんな時間か」


「はい。本を読みだしてからすごい集中していた様ですね」


「この本はどこかおかしい。故郷に帰ったら研究に回そう」


 どう考えてもおかしい。


「読んでみろ」


 渡す。


 彼女は頷き、本を読み始める。


 すると、何が起こっているのだろうか。


 本からにじみ出る魔力が彼女の体を覆い、包み込んでいる。


 魔力が彼女の体の中に入り込んでいる。


「そこまでだ」


 僕は彼女から本を取り上げて、


「どうだった?」


 聞く。


「・・・え?まだ何も読めていません・・・」


「この本は危険だ。僕が保管しておく」


 よくわからないことが起きているのは間違いない。


 なんとなく危ない気がするのでアインにでも渡しておこうと思う。


「そういえば、故郷に帰るのですか?」


 話してなかったな。


「ああ、あと一月くらい経てば帰るつもりだ」


「そう・・・なんですね」


 彼女は悲しそうに俯く。


「私も・・・私もついて行ってもいいですか?」


 どうしようか。


 彼女が付いてきても別に問題はないはずだ。


「ああ。いいよ」


 途端に彼女が笑顔になる。


 よく考えてみれば、彼女の故郷であるリフテンは僕が滅ぼしてしまったんだ。


 彼女には、もう故郷が無いのだ。


*

 僕達はシンシアのギルドに報告のために来ていた。


「報告は以上です」


 アンが受付の人に報告を済ませる。


 そうそう、ドラゴンがいたとか、変な本を拾ったとかの話は報告しない。


 予め決められていた調査内容は、生存者の捜索と滅びた原因解明。


 それと、なんの成果も得られなかったため、調査を本当にしたのか疑われたくないので教会の跡地に埋もれていた魔石をごっそり貰ってきた。


 これで、別に報酬が貰えなくてもある程度の金は手に入るというわけだ。


「わかりました。さすがは勇者ですね」


 だが、別にそんな心配は必要なかったみたいだ。


 勇者というだけで信用される。


「それと、魔物の大量発生の原因ですが、おそらく死んだ人間の魔力に魔物が引き寄せられたものだと思われます」


「そんなことが・・・」


 別に僕の受け売りの情報でも、彼女が言うだけでその信頼性は爆発的に高くなるのだ。


 ちなみに僕は入り口の近くの柱に背をつけて寄りかかり、彼女をじっと観察している。


 どうも、このギルドは平和すぎる。


 僕の今までのイメージでは、必ずどこかの馬鹿が喧嘩を毎日のように起こすものだとばかり思っていた。


 だが、実際はどうだろうか。


 まるで、平和そのものだ。


 こんなことが、認められるのだろうか。


 いや、認められない。


 というわけで、ここらで少しばかり騒ぎを起こしてもらおうと思う。


 僕はブラッドスーツを影のように動かし、酒を呑んでいる男の体に忍ばせる。


「ふふふ・・・」


 そして、その体を動かし始める。


「な!なんだこれ!?」


 男はそのまま、隣にいた男を殴り飛ばす。


「ちっ!違う!俺じゃないんだ!」


「あぁん!?意味わからねえこと言ってんじゃねえ!」


 そのまま男たちがつかみ合い乱闘が始まる。


「ふふふ・・・」


 そうそう。


 僕はこういうのを求めてたんだよ。


 こういう、世紀末で野蛮なのがギルドであるべきだと思う。


「大体なあ!お前の事最初見た時から胡散臭いと思ってたんだよ!」


 男が暴れる。


「このギルドなんてどうせそんな奴らしかいねえだろ!あぁん!」


「なんだとっ!?」


 騒ぎはどんどん大きくなる。


「くくく・・・」


 いい感じだ。


「リダ様。これはいったい・・・」


 報酬を受け取ったアンが僕の元に来る。


「さあ、何なんだろうな・・・」


「逃げましょう。巻き込まれると面倒です」


「ああ。そうだな・・・」


 僕達はそそくさとギルドを後にする。


「そういえば、報酬ってどれくらいだったんだ?」


 僕が聞くと、背後から酒瓶が飛んでくる。


「25万ゴールドほどです」


 避けつつ、アンが答える。


「結構多いな。しばらくは楽できそうだ」


 男が飛んでくる。


「そうですね。宿にもしばらくは泊まれるでしょう」


 僕らは男にかかと落としを食らわせる。


「お金の管理はアンがしてくれ。僕はそういうことが苦手なんだ」


 飛んできた男は気絶した。


 実際、僕はお金に関しては好きだが管理するのは嫌いなのだ。


「わかりました。意外ですね」


 壊れた扉を開きつつ、アンが僕に笑顔を向ける。


「意外?」


「はい。リダ様は、お金が大好きだと思ってましたので」


 その吸い込まれそうな笑顔に、思わず美しいと感じてしまった。


「宿に行こうか。明日も早い」


「ええ。そうですね」


 僕は彼女から顔を逸らし、ギルドをちらりと見る。


 割れた瓶に、壊れた机と椅子。


 そして倒れる人々。


 まあ、明日には治っているだろう。

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