第21話 巡る季節(2)




 私としては、暖かい季節になれば路上ライブを再開するのだろうと思っていましたが、実際はそうなりませんでした。わけを尋ねると、「さすがに受験勉強しなくちゃ」とまつりは答えたので、納得しないわけにはいきません。考えてみれば中学三年生は受験生でした。


「師匠、これからは進路相談もしてもらいますからね」


 まつりはにこやかに言ってくるものの、私みたいな学業から遠のいた大人が役に立つのか懐疑的でしたので、親にでも相談しろ、と言いかけてやめました。あの男のことを考えれば、まつりの父親の方が不適正に思えたからです。一応「期待はしないでよね」とは言っておきました。



 まず始めに、志望校の決め方について相談されました。


 本人は高校卒業後の進路を楽器系専門学校に決めていますが、一方で高校在学中に気が変わって大学進学を志す可能性もあり得るため、ひとまず「頭のいい学校にした方がいいのでは」と言っておきました。人生の選択肢は多いに越したことはありません。


 ただ私の勝手なイメージですが、進学校はスパルタ教育で自由がないという印象があり、その部分では彼女に合わないのではないかと思いました。まつりは一見、容姿や学力は典型的な優等生ですが、しかし幼いながら一人で路上ライブをするようなアクティブさがあり、さらには事情があったにせよ金髪にして親を殴り倒し、果てには教室をペンキで黒く塗りつぶすというアウトローな一面もあるため、真面目過ぎる学校では彼女を受け止めることができないのではないかと感じました。かといって本当にアウトローな学校を選ぶのは得策ではありません。そういった学校はやんちゃな生徒を律するのに校則や生徒指導で雁字搦めにする傾向があるため、閉塞的になりがちです。


 以上を踏まえて、「なるべく頭のいい学校」「進路の選択肢が多い学校」「校則が緩い学校」という要素に加え、日々のモチベーション維持として通学に時間がかからないことと、女の子なら制服が可愛い学校の方がいいのではと助言しました。


 しかしまつりは「そんな学校あるんですか?」と呆れた表情で一蹴したのです。こちらとしては、不慣れながら真面目にアドバイスをしたのになんて言い草だ、と若干頭にきましたが、まつりは微笑みながら「探してみますね」と答えてくれた。参考にしてくれるのなら相談に乗った甲斐があります。まつりは最後に「師匠もやっぱカワイイ制服が好きなんですか?」とはにかみながら聞いてきて、どういった意図の質問なのか考えないようにしつつ「老若男女問わずカワイイは正義でしょ」と答えておきました。



 そうして彼女の中学三年生の一学期という時期でも、相変わらず夕方の柏駅前にて雑談をしていました。聞くに、まつりは学校が終わってから図書室での受験勉強や進路情報集めなどをして放課後の時間を潰し、私の帰宅時間を見計らって学校を出て駅前で会話をしたのち帰宅して、一人暮らしの家事をこなしつつ勉強を再開する、といった日常を過ごしているそうでした。


 まつりの制服が夏服に変わる頃には、彼女はいくつかの志望校を絞り込んだそうです。話を聞くところによると、私がアドバイスした要素を満たした学校が意外と多かったとのこと。以前から柏の街は学生街という印象があり、それだけ周辺には学校が多くありますが、多いだけに柏で探せば条件に合う学校は案外見つかるものなのかもしれません。電車通学する学校だとしても柏駅から一駅か二駅程度です。ひとまず夏は実際に学校を見学してリサーチをするそうでした。



 そして実際、彼女は夏から忙しくなりました。柏駅前で会うときに開いている本は小説から参考書に変わり、そもそも会う日も一週間のうち二日か三日程度になり、まつりのことを見かけない日が増えました。受験生にとって夏は大事であることは承知していますが、こうも露骨に忙しくなるものだとは思っておらず、実に大変そうでした。自分の受験生時代のことはもう記憶にないので比べようがありませんが、傍から見たらまつりのような忙しさだったのではと、少しばかりの郷愁感を覚えました。



 それでも夏休み前や夏休み中などはまだ時間に余裕があったのか、まつりに会う機会はありました。しかし休み明けした二学期からは忙しさが増したのか、一週間のうち一日会えばいい方で、全く会わない週も出てくるほどになりました。そうして秋に、一応邪魔にならない程度にSNSのダイレクトメッセージを送ってみると、返信から受験によって弱気になっている彼女の様子が窺えました。


 どうやら最も理想的な学校を第一志望校としたそうで、偏差値を調べるとなかなか頭のいい学校でした。模試などの結果に鑑みると、学力面では余裕で合格ラインを超えているらしく、むしろもうひとランク上の高校を選んでもよかったのではと思えます。しかし彼女には素行不良に加え登校拒否の期間が半年ほどあり、それが受験にどう影響するのかが不安で、悪い内申点等をカバーするつもりで勉強に躍起になっているそうです。学校の先生とかにも相談しているそうで、話を聞く限りでは絶望的とは言い難くまだまだ希望は持てる範囲ではあるそうですが、真面目な性格をしている本人にとっては気休めにならないようです。


 このことに関しては、私が力になれることはないように思えました。私は所詮部外者でしかないのです。ただ部外者なりに、話を聞いてあげることはできます。誰かに不安を話すことで心が落ち着くこともありますので、私の存在が彼女の支えになるようなら、話くらいいくらでも聞いてあげるべきです。どうせ帰り道で会うことになるので手間にはなりません。


「たまには息抜きでもしたらどう? 甘いもの差し入れするよ」と返信すると、翌日の夕方いつものシャッター前にまつりがいるものですから、最近の女の子は現金だな、と思わずにはいられませんでした。ただせっかく受験を頑張っているのだから、私としてもいいものを食べさせてあげたいと思い、幸い柏の街にはまだ営業している百貨店があるものですから、普段食べないようなお菓子を買ってあげることにしました。相変わらず礼儀正しいまつりは遠慮していましたが、あいにくこの程度の出費など働いている大人として痛くも痒くもなく、「気にするな」と気さくに声をかけてあげました。そうして実際に百貨店に行き、普段見かけないようなお菓子を目の当たりにすると、躊躇いがちだったまつりは途端に目を輝かせたので、やっぱり女の子は現金だな、と思いました。


 お菓子を購入した営業中の百貨店とは対照的な、例の閉店した百貨店の寂れたシャッター前まで戻ってきて、二人寄り添って枯れた噴水に座り込み、話をしながら購入したお菓子を食べました。受験勉強のせいか少し疲れ気味だったまつりは、お菓子を口にする度に表情が柔らかくなり、明るい笑顔をするようになりました。私はそれを眺めながら、自分もお菓子を食べました。私には甘すぎて口には合いませんでした。



「ねえ師匠。わたし、師匠の話が聞きたいな」



 私の傍らでお菓子を食べているまつりは、唐突にそう言い出しました。私としても「いきなりどうした」と言わずにはいられません。この日まつりと会ったのは、彼女が抱える受験の鬱屈を晴らすのが目的であり、彼女の愚痴を聞いてあげるべきであって私自身の話をするのは本末転倒のように思えました。


「考えてみたら、わたし師匠のこと全然知らない」と答えたのち、「今までわたしのことばっか話して相談してもらってたから、今度は師匠についてのお話が聞きたい」と、小柄なまつりは下から見上げるように伺ってきました。「興味あるの?」とたまらず聞くと、「すっごくあります」と即答するものですから、私は観念するしかありません。


 思えば、息詰まっている受験の気晴らしとしてこうして顔を合わせているのであり、私自身の話が興として役割を持ち彼女の気が晴れるというのであれば、趣旨としては合致していることになります。


 そのことに気がついてから、私は一度盛大に溜め息をついたのち、「自分語りは苦手なんだけど……」と呟いてから、「面白い話でもないよ」と前置きをして、私は自分自身について語りました。




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