第19話 幸三⑬

 彰とは、今では英語の講義で一緒だった。しかし彼は「あんな講義、出ても特に意味ないと思う」と、ずっと代返ですませていたので、滅多に姿を見ることはなかった。今日はテストも近いせいか、気まぐれか、珍しく後ろの席に座っていた。

 隣の席に腰かけると、顔を上げてこっちを見て、にやりと微笑んだ。もう先日の部室での出来事は気にしていないようだった。

 講義が終わると、流れで一緒に外に出て、ベンチに腰かけた。

「なんか買ってくるけど、何がいい?」

 何のことかと思ったら、自動販売機でジュースを買ってきてくれるようだった。こういう細かな気遣いは成吉や有泉はまずしない。新鮮な気分だ。

「最近あったかい日も多いけど、やっぱりまだまだホットが欲しい季節だね」

 二人とも、選んだのはミルクティーだった。

「そういえば、あの鈴木さんって、彰の彼女だったんだね」

 とたんに彰の表情が険しくなる。

「彼女がいるなんて知らなかったな。ちょっと前までは、彼女募集中ですって言ってなかったっけ?」

 できるだけ自然に、にこやかに話しかけようとするが、彰の顔が段々怖くなっていくので言葉に詰まる。

「なんで最近君は、そう不愉快な話ばかりするかな」

「なんで不愉快なの? 楽しい話じゃん」

「どうしてそう突然、人のプライベートに首を突っ込むようになったわけ? こう言っちゃなんだけど、僕達はそこまで親しい間柄ではないと、僕は思ってたんだけどな」

「いやあ、それは…」

 なんでだろう。岩村さんのためなのか。岩村さんが、早くこいつと今後どうするか決めてくれれば、自分にもチャンスが回ってくるという淡い期待を抱いているのだろうか。

それとも、有泉のためなのだろうか。有泉に無理やり占いを再開することを強いてしまった尻拭い、だろうか。

「彰のためだよ」

 と、できるだけスマイルを浮かべて、元気に言ってみた。

「お前、やっぱりあの成吉ってやつとよく似てるよな」

「はは。そういえば、君の相方の太郎君って、あいつもけっこう成吉君に似てるよね」

「太郎にも何か探りを入れてるのか。どこまでずうずうしいんだか」

「別に、僕は何も言ってないよ。岩村さんが、なんでアキラはピアノを辞めたのか訊いてたけど」

 彰はわざとらしいため息をつく。

「別に、飽きたから辞めただけだ。ゲームセンター行ったり、カラオケ行ったり、もっと遊びたかったんだよ」

 まったく、棒読みのような言い訳だ。

「あのさ、正直なことを言うと、岩村さん、すごく好みのタイプなんだよね。

 君達、幼馴染だとか言ってる割には全然口をきかないし、どこかで会えば睨み合ってるのに、仲悪いのかな、と思うとそれともちょっと違うみたいだし。だから、ややっこしいことになってるんだったら、さっさと決着つけて欲しいんだよな。そうしないと、僕が岩村さんにアタックできないじゃないか」

「お前はてっきり有泉かと思ってたけど」

「あれは違う。ただの知人だよ」

 彰は探るような視線を送るが、やがて飽きたようだった。

「まあ、いいや、お前の好みなんて知ったことじゃないもんな」

「じゃあ、応援してくれるんだ?」

「有泉との仲を?」

「ちがう~」

「それより、お前何で鈴木さんと俺が付き合ってるって知ってるんだ? ああ、あのバイキングの時か」

「そうそう、二人がルンルン帰って行った後に、岩村さんが『あの人須長君の彼女なんですよ』って教えてくれたんだよね」

 彰の様子を読み取ろうとするが、依然として何を考えているのかわからなかった。彼はやがて、

「この話はもうおしまい。じゃあ」

 と言って、去って行った。

 あーあ、と思いながら、結局払いそびれて奢られる形になってしまった残りのミルクティーを飲んでいると、

「何企んでんのよ」

 どこからともなく有泉が現れた。

「有泉さんは、やっぱり占いの責任を取ろうとしているの?」

「責任? 私なんか責任取らないといけないようなことした?」

「だって、有泉さんの占いのせいで、あの二人はぎくしゃくしてるじゃないか」

「そんなの知らないわよ。あの二人が勝手にぎくしゃくしてるだけじゃない」

「でも、岩村さんに近づいたりしてるじゃないか」

 有泉は軽蔑したように僕を見る。

「変な言い方しないで。私は、あの占いの後に、岩村さんから『私は友達があんまりいないから仲良くして下さい』って言われたから仲良くしているのであって、決してやましいことがあって仲良くしているわけじゃありませんから、誰かさんと違って」

「やましいだなんて、そんな…」

「私が気になってるのは、むしろ向こうの方よ」

「彰? ああいうのが好みだったのか?」

「馬鹿も休み休み言ってよ」

「ごめん、謝るから、教えてよ」

「あんたみたいなちゃらんぽらんに教えることなんて何もないわよ」

 当分回復しそうにない怒り方だった。

「それに、あの鈴木って女も気に入らないのよね」ふと、声のトーンが低くなる。「なんであいつだけ千円払わなかったのよ」

 それはちゃんと取り立てないからいけないんだろう、と思ったけれども、言っても全く意味がなさそうなので、止すことにする。

「僕にも何か手伝うことがあったら言っておくれ」

「じゃあ、とりあえず黙ってて」

 有泉らしい返答だった。

 しかし、人に干渉したりされたりすることを極端に嫌う有泉が、今回はどうして彼らに関わろうとしているのだろう。岩村さんと友達になったからだろうか? もしかして、ああは言ったものの、本当は彰のことが好みなのではないか。恐ろしさを覚えつつも、面白いことになってきた、とわくわくしている自分がいることも否めない。

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