【4/でもどうしても信じられない】

「ご機嫌よう」

 窓を開けると、待ち構えていたかのようにテレーゼは優雅にお辞儀した。

 今日の服は昨日のものより袖が広がってふわふわしている。

「……」

「あら、だんまり? つれないのね。でもこうして同じ時間に窓を開けたと言うことは、私に何か言いたい事があるんじゃないの?」

 僕は何も答えない。テレーゼは少しの間僕の返答を待っていたが、答えない僕に痺れを切らしてまた話し出した。

「貴方はご両親に疑念を抱いている。だから私とまたこうして話すことにした。そうじゃなくて?」

 テレーゼは言うと外見とちぐはぐな大人びていて不気味な笑みを浮かべた。僕は彼女から目を逸らす。

「……疑念を抱いているっていうほどじゃない。ただ、君の言っていたことも、もしかしたらって……、本当に少しだけもしかしたらそうなのかもしれない、って思ったんだ。だって、本の中の登場人物達は普通に外に出たりしている。人間は外に出られるのに、吸血鬼は出られないっていうのはちょっと変じゃないかって……」

「でしょう?」

 今日のテレーゼは妙に上機嫌だな、と思った。すごく嬉しそうにしている。

「でもどうしても信じられない。二人が嘘をついているだなんて」

 嬉しそうな表情から一転、テレーゼはむっとした顔をして僕を睨んだ。

「嘘じゃないっていうなら一体なんなのよ」

「それは……分からない」

「そうだ、良いこと思い付いたわ」

 テレーゼはまた急に表情を変えた。また上機嫌そうに笑う。

「良いこと?」

 テレーゼは悪戯を思いついた子供みたいな顔をしている。僕から見た、年相応の女の子の顔だ。今までテレーゼは大人びた表情しか見た事がなかったから、初めて見る表情に僕はどきりとした。

「盗み聞きよ」

「盗み聞き?」

「ご両親が貴方が自室にいると思っている時にこっそり二人が何を話しているのか聞くのよ。もしかしたらボロが出るかもしれないわよ」

「……でもそんな、盗み聞きなんて」

「気がひける?」

 僕は小さく頷いた。テレーゼは透き通った青い瞳で僕をじっと見る。全てを見透かすような青い瞳。

「でも、知りたいんでしょう?」

「そりゃあ、もちろん」

「じゃあそれしか方法はないわね」

 僕は目を逸らして「……考えておく」と答えた。何故かテレーゼの思うように僕の考えが操られているような感覚に囚われたのだ。そんなはずはないと思うのだが、彼女の青い瞳をずっと見ていると、通常のような思考ができなくなるような気がする。

 テレーゼと話すのは今日はここまでにしよう。僕が窓を閉めようとするとテレーゼが「ねえドナテラ」と声をかけてきた。ぼくは閉めようとする手を止める。

「何?」

「もしも貴方がご両親に疑念を抱いたなら、外に出ましょう? そして私のところに来て。私ね、お気に入りの場所があるの。一日の大半をそこで過ごしているわ。すぐ近くにある丘よ。夜空がとても綺麗によく見えるの。外に出ればわかると思うわ。そこにいらっしゃい」

 僕は「分かった」と言いながら窓を閉めた。

「ふふっ、約束よ」

 テレーゼの上機嫌そうな声が聞こえた。

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